『美坂家の秘め事』55
「今、行こうと思ってたの!」
無駄なことだとは分かっていたけど強がってみせた。
案の定拓弥が小さく笑う声が聞こえてやっぱり無駄なことだったと分かる。
カサッと音がして拓弥が近づくのを感じる。
「ほんと真っ暗でびっくりだよね!」
(何でこんなに慌ててるんだろう)
自分でも声の上擦りを感じるほど落ち着かない。
「早めに電球替えた方がいいね。明日にでも見ておくよー」
自分で分かるくらいだから拓弥にはもう気付かれているはずなのに悟られなくて口数が増える。
(早くここから出ないといけない気がする)
栞は本能的に危険を感じ取ると足元に注意しながら足を踏み出した。
一歩一歩慎重に足を進める。
足元に注意しないといけないのにそれよりも背後から付いて来る気配が気になって仕方がない。
ようやく車の後ろまで来ると暗闇で歩く事にもなれて栞は一刻も早く外へ出ようと大きく足を踏み出した。
「お、おいっ!」
「ウワッ!!」
足元の荷物に気付かずに栞はバランスを崩した。
受身を取ろうと咄嗟に腕を伸ばしたが体に衝撃はない。
その代わりに長い腕が腰をしっかりと抱き背中が温かくなった。
「なにやってんの?」
頭上からは呆れたような拓弥の声。
(恥ずかしい…)
拓弥は普段と何も変わらないのに自分だけが一人でテンパっている。
この前の話の続きを拓弥が切り出すのを待っていたのにそんな素振りも見せずにいつもの兄の姿。
(自分から一回だけって言ったのに……)
いつもの拓弥の姿に少しがっかりしている自分にうろたえた。
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