『美坂家の秘め事』42
パタパタとスリッパの音が近づいて来る。
拓弥は栞の腕をパッと離してテレビの方を向いた。
(チッ…タイミングが悪い)
拓弥は舌打ちをしながらギンッとテレビを睨みつけた。
「ただいまー」
もう一度した声はさっきよりも近くから聞こえる。
「おかえり」
「おかえり、優くん」
振り返った拓弥が先に言うと栞がその後に続いた。
リビングの入り口に立った優弥が不思議な顔をして二人の顔を見比べている。
普段なら何も思わないその動きも今日はさすがに緊張が走る。
(勘付いたか?)
優弥は兄弟の中で一番のシスコンだ。
どんな時でも栞の横を離れない、車に乗る時も外で食事をする時も家族でテレビを見る時もだ。
「しーちゃん、どうしたの?」
嫌な予感は当たるとでもいうように優弥が栞に聞いた。
「え?な、なにが?」
明らかに聞こえていた質問をこんな風に返したら何かありましたと証明しているようなもんだ。
誤魔化すのが下手な妹のフォローをするのも兄の役目かと拓弥は覚悟を決めた。
「優弥が帰って来る頃だから着替えて来いって言ったんだよ」
「なんで?」
拓弥の言葉に優弥はすぐに返して来た。
「飯、外に食いに行くから」
「ラッキー!俺焼肉がいい」
「バーカ、直哉がいねぇのに焼肉行ったら後で何されるか分かんねぇぞ」
兄弟っぽい会話が続いて拓弥はようやく胸を撫で下ろした。
けれどシスコン優弥の鋭さをすぐに思い知る。
優弥はパタパタと軽い音を立てながら近づいてくると栞の前に立った。
何も言わずに近づいてくる優弥を拓弥は固唾を呑んで見守った。
(一体何なんだ?)
他には目もくれず真っ直ぐ栞だけを見て近づく優弥の意図がまるで分からなかった。
―42/138―
[*前] | [次#]
コメントを書く * しおりを挟む
[戻る]