『美坂家の秘め事』121

「いつまでそうしてるつもり?」

 一人掛けのソファに腰掛けていた拓弥は読んでいた雑誌から顔を上げた。

 ゆっくり振り向くと部屋の入り口に立ったままの栞の姿を捉えた。

「あ…う、うん」

(って言われてもぉ…)

 結局自分の意思で拓弥の部屋に来ていた。

 自分の部屋に向かっていたが足は部屋の前を通り過ぎ拓弥の部屋をノックした。

 短い返事が返って来て部屋に入ったのはいいけれどどうして良いか分からずに入った所で立ち尽くしたままだった。

 気まずい時間が苦痛に感じ逃げ出したいと思い始めた頃ようやく拓弥が声を掛けてくれた。

(何だか恥ずかしいな…)

 もう二回もしているのだから恥ずかしがる事はない。

 けれど自分から部屋へ訪れてそう言う事を期待しているんじゃないかと思われるのは恥ずかしい。

 そう思ったら部屋に入ったのはいいけれどいつものようにベッドに腰掛ける事も出来なくなってしまった。

 どうしたらいいか分からずモジモジしていると拓弥が声を掛けた。

「おいで。いくら何でもいきなり押し倒したりしないって」

 手招きをされて栞はようやく拓弥に歩み寄った。

 ソファに座る拓弥の前に立つと拓弥自分の膝の上を叩いた。

 それが膝の上に座れと言っている事が分かっていてもすぐに腰を下ろすのは躊躇われた。

(前向き、後向き…?)

 栞がそんなくだらない事を考えていると不意に強い力で引っ張られて体のバランスを崩した。

「キャッ―――」

 体を立て直す余裕もなく栞の体は拓弥の膝の上に着地した。

 膝の上に横向きに座らされて栞は恥ずかしそうに俯き耳に髪をかけた。

 背中に添えられた拓弥の右手は優しく栞の体を支え、左手は栞の膝の上に置かれた。

「昨日の続き…話すことがあるんだろ?」

「あ…」

 話の途中でグチャグチャになってしまっていた事を思い出した。

 一晩明けてあんなに必死に誤解を解こうとしていた事が恥ずかしくてたまらない。

(泣いちゃったし…)

「あれはね…本当に何でもなくて…」

「ホストに手を握られて嬉しそうにしてた」

「別に嬉しそうにしてないっ」

 拓弥が小さなため息を一つもらした。

 膝に置いていた手で髪を撫でると小さな声で話し始めた。

「可愛い一人娘がホスト遊びをしてるなんて知ったら親父とお袋が何て言うか…」

「だから遊んでるわけじゃなくて…」

「親が居ないからって遊びが過ぎるようなら両親の元で…アメリカで暮らすしかないんだぞ。自分のしてる事分かってるのか? 優だってまだ高校生なんだ、あまり夜に家を空けるな」

「だから違うって言ってるのにっ!!!」

 まるで覚えのない浮気を夫に責められる妻のように栞は金切り声を出した。


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