『美坂家の秘め事』122

「分かったから……。話してみろ」

 頭に血が上った栞を宥めるように拓弥は優しい声で何度も何度も囁きかけた。

 友達と一緒に行った店がたまたまホストクラブだった事、偶然スーパーでホストと再会した事、そのホストには婚約者がいて自分は溺愛する婚約者の元へ早く帰る為に使われた事。 
 
 拓弥は黙ったまま栞の話に耳を傾けて話が終わるとさっきまで無表情だった顔に笑顔が戻った。

「ホストに婚約者? 栞……嘘つくならもうちょっと上手につくんだ」

「ほんとなのっ! 本当なんだってば……疑うなら拓兄も会ってみたら分かるからっ!」

 端から話を信じようとしない拓弥の顔を見上げた。

 その表情があまりに真剣だったのか拓弥はようやく頷いた。

「まったく……」

 また涙を滲ませた栞の顔を撫でながら拓弥はため息をついた。

「拓兄……」

「栞の言うことを信じるよ。だからそんな顔をするな…ん?」

 今にも泣き出しそうな栞の顔を両手で挟みこんで額をコツンと合わせた。

 栞は拓弥のシャツの裾を握り締めたまま唇を噛んだ。

「黙ってて…ごめんなさい。すぐに言えば…良かった…」

「本当だぞ。栞に隠し事されるのはよっぽど堪えるよ。今回の事でよく分かった」

「ごめんなさい…」

「なぁ…栞? 彼氏が出来たら早めに教えてくれよ…受け入れるのに時間が掛かりそうだ」

「拓兄…―――ッ!?」

 いきなり強い力で抱きしめられた栞は言葉を失った。

(拓兄…? どうしたの…)

 両腕でしっかりと抱きしめ肩に顔を埋める拓弥にただただビックリして言葉が出なかった。

 けれど栞はなぜかそれを心地良く感じた。

「拓兄…彼氏なんて当分いらないよ…」

 拓弥の背中に手を回して小さく呟いた。

 まるで危うい恋の駆け引きのような言葉を口にしながらもその真意を聞く事も打ち明ける事も出来ずに二人はその言葉をかみ締めた。

(よく分からないけど拓兄のそばにいられるなら…)

 冷たく突き放される事があんなに辛いと思わなかった。

 栞はその気持ちの正体が恋なのか兄弟愛なのか分からないけれど今は拓弥のそばにいたいと思った。

「拓兄も彼女出来たら早めに…」

 心の中では違う事を思いながら栞が口を開くと拓弥は小さく笑った。

 小さい頃からしたようにポンポンと背中を優しく叩いた。

「彼女なぁ…多分作らないよ。どうしてだろうな…今は可愛い兄弟達の世話でいっぱいいっぱいだからかなぁ」

「なんで!? もしかして私達拓兄に迷惑かけてるのっ!?」

「ったくバカだなぁ。お前の方が大切だって事…それくらい想像出来るだろ」

「でも……私は…」

「分かってるよ。妹だって事……俺だって家族を壊してまで栞と……なんて考えてないよ。親父もお袋も直弥も優弥も大切だからな」

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