『美坂家の秘め事』120

「しーちゃん行って来るね! 今日は5時までだからね〜夕飯はオムライスがいいな!」

「分かった! 気をつけてね、行ってらっしゃい」

 元気よくバイトに行く優弥に手を振った。

 玄関のドアが閉まり鍵を掛けると小さく息を吐いた。

(二人っきり…になっちゃった)

 さっきまで賑やかだった家は静まり返っている。

 こんな事になるとは思わずに洗濯も掃除も昨日終わらせてしまった事が悔やまれる。

「ハァ」

 いつまでも玄関にいるわけにも行かず朝食の後片付けをするために戻るとちょうど拓弥が立ち上がった。

(拓兄……)

 ちょうど入って来た栞と目が合った拓弥は口元を緩ませる。

「部屋にいるから」

 それだけ言うと階段を上がって行ってしまった。

 自分でもはっきり分かるほど体が強張っているのを感じながらキッチンに立った。

 どんなにゆっくり食器を洗っても四人分の朝食の食器はたかが知れているのですぐに終わってしまった。

 ダイニングテーブルを拭き思いつく限りの事をやってもやってもすぐに終わってしまった。

(もう…限界かな…)

 エプロンを外すと覚悟を決めて二階を見上げた。

「なんか怖いんだよねぇ…」

 いつもと雰囲気の違う拓弥を敏感に感じ取りながら一歩一歩螺旋階段を上がっていく。

 二階へ上がった所で立ち止まって左に歩き掛けて立ち止まる。

 階段を囲むようにある四つの部屋は正面右から時計回りに拓弥、直哉、栞、優弥の部屋だった。

 拓弥と栞の部屋は斜向かいになる。

 チラッと右の方に視線をやるとドアの掛かった【TAKU】のプレートが目に入る。

「あんな風に言うから変に意識しちゃうじゃん…」

 最初みたいに軽い感じで声を掛けてくれればもっと気軽にあのドアをノックする事も出来たのに…。

(別に部屋に来いなんて言われてないもんね…)

 部屋にいるからと言われただけなのに自分から部屋に行くなんてそれじゃまるで期待しているみたい…。


 ここ数日で激しく揺れ動く心のせいか部屋に行く事も行かない事も決心がつかない。

(拓兄は今…何考えてるのかな…)

 気になりながらも栞は背を向けて歩き出した。

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