『美坂家の秘め事』119

 朝からトーストの香ばしい香りと目玉焼きの焼ける音、それに目の覚めるような濃いコーヒーの香りがキッチンから漂う。

 日曜日でも仕事の直弥と一日バイトの予定の優弥の為に朝食の用意をする栞の姿があった。

 それぞれの好みの硬さに焼いた目玉焼きを皿に盛りつけながらチラッと視線を上げた。

 ダイニングテーブルのいつもの席に座っている拓弥の姿。

 仕事がある日と変わらない時間に起きた拓弥は淹れたてのコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。

 その横顔は何らいつもと変わりはない。

 自分はあんまり眠れなかったのにあんまりだ…と栞は心の中でため息をついた。

 用意できた朝食をテーブルに運ぶと拓弥は新聞を畳んで顔を上げた。

「ありがとう」

 いつもと変わらない穏やかな笑顔。

「今日の予定は……」

 ついいつもの調子で聞いてしまった栞は思わず口を噤んだ。

 気まずそうに視線を泳がせる栞を見て拓弥は小さく笑いながら栞の顔を見上げた。

「昨日、伝えたはずだけど?」

「あ、あ……私、直兄起こしてくるっ」

 栞は逃げるように階段を駆け上がった。

 一気に階段を駆け上がった所でようやく立ち止まると乱れた息を整えるように深呼吸した。

 激しい動悸は駆け上がったせいだけではなかった。

(やっぱり冗談じゃなかったんだ……)

 昨日の拓弥の様子はからかっているようには見えなかったけれどまさか本気だとは思っていなかった。

 ――明日は朝から栞を抱くよ。

 拓弥は確かにそう言った。

 珍しく感情を露わにして怒りの表情を見せた拓弥の気持ちが分からなかった。

 兄として守らなくちゃいけないと言ったすぐ後で「抱く」と言った拓弥は一体何を考えているんだろう。

 栞の心もまた不安と期待が入り混じっていた。

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