『美坂家の秘め事』118

「……何も泣く事ないだろ?」

 潤んだ瞳から涙が一筋零れ落ちると拓弥は指で涙を拭った。

 たとえどんな場面であろうと栞が涙を流す所を見るのは辛かった。

 涙を流している栞よりも辛そうな顔をしている拓弥は栞の頬に手の平を押し当てる。

「俺は口うるさいだけの目の上のたんこぶか?」

 世の中にはそういう兄妹がたくさんいるのかもしれない、けれど栞は拓弥を心から慕っていた。

 栞はその思いを言葉に出来ず何度も何度も首を横に振った。

「俺はお前達を守らなくちゃいけない」

 義務だとか面倒だとかそう思った事は一度も無い。

 二人で海外へ行く事を決めた両親に代わって弟と妹を守りたいと心から思った。

「拓兄…?」

 辛そうな拓弥の表情に栞は心配そうな顔で拓弥の頬に手を伸ばそうとした。

 小さい頃からこの小さな手は真っ直ぐ自分に伸ばしてくれた、あの頃から何の迷いもなく。

 それが拓弥には幸せだった。

 別に妹に対して恋愛感情を抱いているつもりはなかった。

 ただ少しだけ行き過ぎているシスコン、そう思っていたはずなのに…。

「俺は昔からこんなんだったか…?」

 それはまるで独り言のような呟きだった。

 口の中でボソボソとこもるような声は栞の耳にははっきりと届かなかった。

「明日、ゆっくり話を聞くよ」

 不安そうな栞に拓弥はわずかな微笑を見せるとくしゃくしゃと頭を撫でた。

 くすぐったそうな顔をするのは昔から変わらない。

 二人は数秒視線を合わせたがお互いに掛ける言葉が見つからずに黙ったまま門を開けようやく家に入った。

 二人を出迎えたのはテレビを見ていた優弥だった。

 いつもの調子で言葉を掛け合いながら着替えるために二人とも二階へと上がった。

「拓兄…ごめんね?」

 部屋に入ろうとした拓弥は後ろから聞こえた栞の小さな声に足を止めた。

 半分ほど部屋に入っていた拓弥は振り返ると栞の腕を掴んで部屋に引っ張り込んだ。

「そう思うならもうあんな場面を見せないでくれよ…」

 拓弥は栞の体を強くドアに押し付けると押し殺したような声で呟いた。

 その言葉の意味は言った本人の拓弥でさえよく分からなかった。

 それほどこの夜の出来事は二人にとっていつもの夜で済ませられるものではなかった。

「栞――――」

 部屋を出て行こうとする栞を少しだけ引き止めると耳元でボソボソと呟き何事もなかったように栞を解放した。

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