『美坂家の秘め事』117

 音のした方を慌てて振り返るとスーツ姿の拓弥が立っていた。

「拓兄……」

 栞は悪戯を見つかった子供のようにバツの悪そうな顔をした。

 ガレージの前に立っていた拓弥はゆっくりと栞に近付いた。

(見られてないよね…?)

 心の中でそうであるようにと祈りながら拓兄の顔を見た。

「今、帰ったの? 土曜なのに遅かったんだねー」

 なるべくいつもみたいに明るく振舞って見せたが近付いて来る拓弥の顔は険しかった。

 栞の前で拓弥の足は止まった。

「お前は早かったんだな」

 その声は低くいつものような優しさに溢れた声ではなかった。

 栞の胸の鼓動は嫌な感じで音を立て始めていた。

「優からメールがあった。今日も友達とご飯を食べに行って来るってな」

 わざわざ書いたメモを見た優弥がすぐに拓弥に連絡を入れたらしい。

 拓弥のそのセリフで全部見られていたんだと気が付いた。

「あ、あの…ね?」

「彼氏が出来たならそう言えばいいだろう」

「違っ…あの人は彼氏じゃなくて…」

 それ以上は言葉を続ける事が出来なかった。

 陸の事を話せば自分がホストクラブへ行った事から話さなくてはいけない。

 口を噤んでしまった栞を見て拓弥はため息をついた。

 それは栞の耳にもハッキリと届くほど深く長いため息だった。

「もういいよ。話したくないなら話さなくていい」

 突き放すような冷たい声に胸の奥が締め付けられた。

 初めて見せた拓弥の冷たい横顔に背筋が震えるような寒さが襲った。

「拓兄ぃっ…」

 栞は門に手を掛けた拓弥の左腕にしがみついた。

 ギュッと拓弥の腕を抱きしめるとさっきまで険しい顔をしていた拓弥が小さく笑った。

 拓弥は右手を自分の左腕にしがみ付いている栞の手に重ねた。

 ぺチッと音を立てて軽く叩いた。

「いつからだ?」

「えっ?」

「いつからホスト遊びなんてするようになった!」

 拓弥は強く栞の手を握った。

 あまりに強さに栞が小さな呻き声を上げたが拓弥は手を緩めることはなかった。

(やっぱり聞こえていたんだ…)

「遊んだわけじゃなくて!!」

「あのホストにいれこんでたのか? 本気だとでも言うのか?」

「違う…違うの…お兄ちゃん、ちゃんと話すから…」

 昔のような呼び方に戻った栞の目には涙が浮かんでいた。


―117/138―
[*前] | [次#]

コメントを書く * しおりを挟む

[戻る]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -