×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

「愛されることを待っているんだ」「だって分かる」の内容を若干含みます。










つい先ほどまで諏訪さんの隣に座っていたしタバコの臭いが染みついているかもしれない。それでなくともこんな酒臭い状態で好きな女の前に立つものではないだろう。酔った頭でそんなことを考えトリガーを起動した。その瞬間酔いが一気に醒め、代わりに後悔が押し寄せる。
いくら酔っていたとは言え何やってんだ俺は。こんな時間に他人様の家のインターホンを押して、パジャマだから少し待ってくれと渋る咲菜に渡したいものがあるから今すぐ出てこいと呼び出して。非常識なことこの上ない。
咲菜が出てくる前に帰ろう。踵を返そうとしたそのとき、玄関のドアがゆっくりと開かれた。

「こんばんは。こんな時間にどうし…」

咲菜は不思議そうな顔で俺を見上げたあと、俺が抱えていたそれを見て目を丸くした。





君がもう少し大人になったら





「二宮ァ、おまえ彼女出来たってまじかよ」

何の脈絡もなく諏訪さんが投下した話題に、ちょうどジョッキの残りを飲み干そうとしていた俺は思い切り咳き込んだ。太刀川が俺の背を叩きながら大丈夫かと声を掛けてきたが、笑いを堪えきれず声が震えている。

「げほっ……、何の話ですか」
「とぼけんなよネタは上がってんだからな」

諏訪さんがそう言って風間さんに同意を求めた。あの風間さんが俺と咲菜が付き合っているとペラペラ喋ったと言うのか。思わず風間さんに責めるような視線を向けてしまったが、既に出来上がっていた風間さんはトイレに行くと言いながら掘り炬燵の下に潜り込もうとして木崎さんに止められていた。駄目だ完全に酔っ払っている。

「女子高生かー。男のロマンだよなあ」
「何がロマンだ。太刀川てめえ咲菜でよからぬ妄想してんじゃねーぞ」
「あら、二宮くんの彼女って山室ちゃんなの?みんな女子高生って言っただけで誰も山室ちゃんの名前なんて出してないけど」
「…………っ」

楽しげな加古に指摘されて下唇を噛む。酒が入っているとは言え自ら墓穴を掘ってしまった。苛立ちと共に沸き上がった羞恥心を沈めようと、太刀川のジョッキを奪って一気に飲み干した。

「おめでとう二宮。よかったなあ、ずっと心配してたんだぞ」

正面に座っていた東さんが嬉しそうにそう言った。東さんは俺が模擬戦のたびに咲菜を蜂の巣にしていたことに対して口こそ出さなかったものの、やはり気付いていたらしい。その件に関してはご心配をお掛けしましたと頭を下げた。太刀川と加古が自分たちも心配したと主張していたが、単に面白がっていただけなのは知っている。誰がおまえらにも頭を下げるか。

「あークソ、やっぱ山室かよ。てめー後輩を可愛がるってキャラでもねえのに昔から山室だけは異様に可愛がってたもんな?そういうことか!?」
「そういうことですよ諏訪さん。やだやだ、純粋に後輩を可愛がってるように見せかけて本当は下心しかなかったんでしょう?サイテーね」
「付き合う前にキスくらい済ませてそうだよな。つかもうヤってたりして」
「ふざけんな死ね」

そんな暴言を吐いたところで酔っ払いどもが大人しくなるはずがない。下品なことを口走った太刀川を皮切りに諏訪さんが「二宮てめー!童貞卒業したのか!?」とデカい声で叫んだ。隣のテーブルの客が驚いたようにこちらを振り返りひそひそと何かを囁き合っている。が、酔っ払いに他人の視線は気にならないようで、太刀川と一緒になって裏切者と連呼された。あまりにも腹が立ってそのままの勢いでトリガーを起動させると、さすがに東さんから「みっともないからこんなところで暴れるなよ」止められた。というかトリオン体になった瞬間酔いが薄まって冷静になった。怒りで震える拳を膝の上で固く握り締める。

「……してま、せん」

咲菜が好きだ。どんな女より可愛いと思う。愛しい。甘やかしてやりたい。一緒にいたい。触りたい。手を繋ぎたい。抱き締めたい。
咲菜に触れるたびに数え切れないほどの下心が積み重なっていく。頭を撫でると嬉しそうに笑うのに、ふとした拍子に見せる恥ずかしそうな顔に煽られる。かわいい。キスがしたい。顔を傾けて、そしてふと我に返るのだ。咲菜はまだ高校生だと。

「あー?いやそんなムキにならなくても付き合ってんだからキスくらい、」
「キスなんて一度もしたことはないし、今後も咲菜が高校を卒業するまでは、何もするつもりはありません」

ぴしゃりと言い返すとそれまで騒いでいた諏訪さんや太刀川が押し黙った。その代わり加古が「なにそれ、ただのヘタレじゃない」と眉を潜める。

「二宮くんみたいな無口でプライドばっかり高い男が、キスもしないで山室ちゃんに自分の気持ちをきちんと伝えられるのかしら」
「……なんだと」
「山室ちゃんは年下なんだから、二宮くんがきちんとリードしてあげなくちゃダメよ。私の予想だと好きって伝えたかどうかすら怪しいわ」

悔しいが加古の言う通りだ。俺も咲菜も、口に出してはっきりと「好きだ」と言ったことはない。
付き合ってるつもりだったが、もしかしてそれは俺だけだったのか。咲菜の中では以前のように、可愛がってくれる先輩だとしか思われていなかったら。そう思うと急に不安になってきた。

「……だからって、キスで気持ちを伝えるのもどうかと思うぞ」

それまでこちらの話題に加わらず、ずっと酔っ払った風間さんの面倒を見ていた木崎さんが口を挟んだ。木崎さんはこの場で唯一酒を口にしていない。恐らく一番まともな助言をくれることだろう。

「贈り物なんてどうだ?甘いものとか、女子は好きだろう」
「……ケーキは、その…付き合う前からよく、」
「そうか。じゃあ気障だが……」
「花束。花束がいい」

木崎さんの言葉に被せるように風間さんがそう言った。相変わらず酔いは醒めていないようで、完全に目が据わっている。

「うちの父親が結婚記念日には毎年母親に花束を渡すんだ。母はいつもとても喜んでいる」
「へー。風間の親父さん粋なことするなあ」
「いいんじゃない?山室ちゃん、たしかお花が好きだって言ってたわよね?」

加古の問いに小さく頷く。風間さんが決まりだな、と満足そうに頷いた。

「それで、式はいつ挙げるって?」
「風間さんそれちょっと話が飛びすぎ」





***





「あの、今日は特別な日じゃないですよ……?」

心なしか咲菜の声が震えている。酔った勢いとは言え迷惑だったかと花束に隠れた咲菜の顔を覗き込むと、咲菜が静かに泣いていてぎょっとした。泣くほど嫌だったのか。

「悪かった。迷惑だったな、こんな」
「や、あの、そうじゃなくて」

咲菜がパジャマの袖で涙を拭う。ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、今日は私の誕生日じゃないです、と言った。もちろん知っている。

「記念日でも、クリスマスでもないです」
「ああ」
「特別な日じゃないのに、何で……?」
「…特別な日でなければ贈るとまずいものか?」
「まずくはないけど、だって買うの恥ずかしかったでしょう?」
「……酔っていたから覚えてない」

あのあとトリガーを解除するのを忘れ、酔わないことをいいことに飲みすぎたのだ。生身に戻った途端全身に酔いが回り、そのあとの記憶はほとんどない。

「俺がおまえに渡したいと思ったから買ったんだ。それは理由にならないのか?」
「っ、」

咲菜は何か言おうと口を開きかけたが、結局何も言わずに口を閉じた。花束の向こうから咲菜が「ずるい」と小さな声で呟く。

「ずるい、ほんと……。そもそも二宮隊の隊服がスーツなのもずるいし、薔薇の花束なんて気障なサプライズして似合うの、本当にずるい」

とん、と咲菜の頭が胸に当たる。トリオン体なのだから酔いなんて回っていないはずなのに、咲菜から漂うシャンプーの匂いに頭が上手く働かなくなる。

「ありがとう二宮さん」

数時間前に咲菜が高校を卒業するまで何もしないと大口を叩いたくせに、今すぐ咲菜を掻き抱いてキスがしたいと思った。

title/箱庭


[ prev / next ]