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お母さんたちは今日も仕事で帰りが遅くなるらしい。食堂で夕飯でも食べて帰ろうかと思っていたら、ちょうど廊下で鉢合わせた東さんから「今からみんなで焼肉を食べに行くから山室も来ないか?」と誘われた。
てっきり荒船や穂刈たちも一緒に行くんだとばかり思って「行きます!」と返事したけど、東さんに連れられて待ち合わせ場所に向かうとそこにいたのは旧東隊のメンバーだった。私が来ることは二宮さんも聞いていなかったようで、驚いたように私を見つめている。

「あの、このメンバーに私が加わるのはお邪魔じゃないですか…?」

東さんの袖を引いてこっそり囁いたが、東さんはいつものように人の良さそうな笑みを浮かべただけで何も言わない。加古さんも三輪くんも私が加わることに対して何もコメントしてくれないし、驚いたような顔をした二宮さんもいつも通りの無表情に戻っている。アウェイ感が半端ない…と思いつつ、私は東さんに促されるまま旧東隊のメンバーの中に加わることになった。





愛されることを待っているんだ





サイズ的に私は二宮さんか東さんの隣に座るべきだったんだろうけど、先に席に着いた加古さんに「女の子同士隣に座りましょう」と手を引かれたため加古さんの隣に座ることになった。向かい側の席は奥から東さん、二宮さん、三輪くんの順番で座っている。正直このメンツで話しやすいのは二宮さんか東さんなんだけど、加古さんと三人で大学のことで盛り上がっていた。どの教授が厳しいだとかあの授業は面白いだとか、私にはちっとも分からない話だから入るに入れない。何で旧東隊のお食事会に私なんかが呼ばれたんだろうと訝しく思いつつ、先程二宮さんが取り分けてくれたお肉を消費することに専念した。

「先輩、野菜もどうぞ」

私の向かい側で同じように二宮さんたちの会話に加わることなくお肉を頬張っていた三輪くんが、そう言ってピーマンやらキャベツやらを私のお皿に入れてくれた。三輪くんって意外と気が利くって言うか、優しいな。

「ありがとう三輪くん」
「いえ」

素っ気ない返事だったけどお礼を言われたことに照れたのか、三輪くんは鉄板の上のお肉に視線を向けたまま顔を上げなかった。私は三輪くんにバレないように小さく笑ってピーマンを齧った。

「そういえば委員会のことなんだけど、三輪くんのクラスは何の花を植えるか決めた?」
「ああ、うちはマーガレットにしようかと」
「そっか。いいね、マーガレット可愛いもんね」
「そうですね」

可愛いもんね、という言葉に三輪くんから肯定の返事が返って来るなんて思わなかった。三輪くんは相変わらず目の前のお肉を見つめたままだったけど、その表情はとても柔らかい。もしかして三輪くんってお花が好きなのかな。そう思うと何だか微笑ましくなってきた。

「なあに、三輪くんも山室ちゃんもお花が好きなの?」

二宮さんたちと大学の話で盛り上がっていたはずの加古さんは私たちの会話をしっかり聞いていたらしい。加古さんがニコニコ笑いながらそう尋ねたせいか、揶揄われたと思ったらしい三輪くんはすぐにいつもの仏頂面に戻ってしまった。男の子がお花が好きだなんて言われるのは恥ずかしいのかもしれない。私は三輪くんのプライドを守るために「今度委員会でお花を植えるから、その話をしてたんです」と返した。

「ですって。二宮くん聞いてた?」

何故か加古さんは二宮さんに話を振った。今度は二宮さんまで仏頂面になってしまって、「別に興味ない」と唸るように言ってお肉を頬張った。さっきまでは不機嫌そうには見えなかったけど、この短時間で何があったんだろう。加古さんも東さんも二宮さんの機嫌がどうして悪くなったのか気付いているんだろうけど、二人ともクスクス笑うばかりで指摘することはなかった。三輪くんだって二宮さんの隣に座っているんだから機嫌の悪さには気付いていただろうに、特に気にする素振りは見せていない。気にするなってことかな……?

「山室先輩は花がお好きなんですか?当番ではない日も水やりしているところをよく見かけますが」
「うん、好きだよ」

へらりと笑ってそう答えると、私の隣で加古さんが笑いを堪えられなくなったかのように吹き出した。別に変なことは言ってないはずだけど加古さんも、ついでに視界に入った東さんも、二人して口元を手で覆って肩を震わせている。二宮さんだけは相変わらずの仏頂面だった。むしろさっきよりもさらに機嫌が悪くなっている気がする。二宮さんは食べる手を止めて残りが少なくなっていたジンジャーエールを一気に飲み干すと、空いたグラスをずいっと三輪くんに押し付けた。

「あ、はい」

二宮さんは何も言わなかったのに、空のグラスを受け取った三輪くんは当たり前のように通りかかった店員さんを呼び止めてジンジャーエールのおかわりを注文していた。やっぱり三輪くんは気が利くなあと感心していると何故か二宮さんに思い切り睨まれた。どうやら二宮さんが不機嫌になってしまったのは私のせいみたいだけど、何か気に障るようなことしたかな。

「山室ちゃんどうしたの?もうお腹いっぱいかしら」
「…あ、いえ。食べます」

せっかくの焼肉なのに二宮さんがこんなに不機嫌になるなんて。やっぱり来るんじゃなかったと思いつつ二宮さんから視線を外した。





最後に叙々苑に来たのはだいぶ前のことだったからすっかり忘れてたけど、ここって結構いいお値段するんじゃなかったっけ。そう思い至ったのは「おまえたちは先に出てていいぞ」と言って伝票を片手に東さんがレジに向かった後だった。どうしよう、私今日二千円しか持ってない。とりあえず今日は二千円出して、足りない分は明日持って行けば大丈夫かな。

「あ、あの…東さん。今日は手持ちが少ないので残りは明日持って来てもいいですか?」
「ん?」

東さんはきょとんとした顔で私を見つめると、すぐに破顔して可笑しそうにケラケラ笑った。

「いいよいいよ、今日はいきなり誘っちゃったもんな。お金のことは気にしないでくれ」
「でも…」
「それに面白いものも見せてもらったし」

東さんはそう言うと私の隣で無言のまま突っ立っていた二宮さんに意味ありげな視線を向けた。つられて私も二宮さんに視線を向けたけれど、二宮さんの表情筋はピクリとも動かない。

「じゃあ二宮。俺は加古と秀次を送っていくから、おまえは山室をちゃんと家まで送ってやるんだぞ」
「……はい。失礼します」

二宮さんは私に向かって「帰るぞ」と素っ気なく言うとスタスタと歩き出した。二宮さんの機嫌は先ほどよりも幾分か良くなっているようだったけど、いつもみたいにヘラヘラ笑いながら隣を歩くのは気が引ける。触らぬ神に祟りなし、なんて心の中で呟きながら二宮さんの少し後ろを歩いた。だけど何だか、二宮さんの歩くスピードが段々遅くなっているような気がする。
どうしよう、あんまり遅く歩かれると並んじゃうんだけどなあ。私のせいで機嫌が悪くなったみたいだし、今日は隣を歩かない方がいいんじゃないかな。
困ったなあと歩くスピードをさらに落とすと、不意にこちらを振り返った二宮さんが私の手首をガシリと掴んだ。え、なんて零れた言葉は二宮さんの耳に入らなかったのか、それとも聞こえないフリをされたのか。見上げた二宮さんの顔は真っ直ぐ前を見つめていて、何を考えているのかまでは分からなかった。

「……二宮さん?」

おそるおそる声を掛けると二宮さんは横目で私に視線を向けた。別に機嫌が悪いわけではなさそうだけど私の手首を掴んだ手が緩む素振りは見られない。名前を呼んだものの私がそれ以上喋らないせいか、二宮さんは再び前を向いてしまった。だけどすぐに、「秀次と仲が良かったのか?」なんてよく分からない質問をされる。

「すれ違ったら挨拶はしますけど、そんなには…。仲良いように見えました?」
「秀次が女子相手にあんな表情をしたのは初めて見た」

心なしか、二宮さんの声は少し刺々しく感じられる。これ以上二宮さんの機嫌が悪くならないようにするためにはどうしたらいいか分からなくて、私は少し悩んだあと「お花が好きだからじゃないですか?」と言った。
二宮さんは私の言葉に苦虫を潰したような顔をした。気を付けたつもりだったけどやっぱり機嫌は悪くなったらしい。

「……おまえも」

二宮さんにしては珍しく躊躇するような物言いだった。その先を続けようとしない二宮さんをじっと見つめていると、二宮さんは観念したように視線を逸らして小さく口を開く。

「おまえも、好きか?」
「好きですよ」

そう答えた自分の声は思っていたよりも柔らかいものだった。二宮さんからは「そうか」なんて素っ気ない返事しか返ってこなかったけど、手首を掴んでいた手はいつの間にか手のひらのあたりまで下がっている。少しでも引っ込める素振りを見せればすぐに離れてしまいそうなその大きな手を、私はそっと握り返した。

title/すてき


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