君一路

どんな無理でも言わしゃんせ




一体の虚を倒して一息つく。真子の方を見ればあちらも片付いたようだ。まあ、護廷十三隊の副隊長と鬼道衆の五席が揃ってるんだから現世の単なる虚なんてこんなものだろう。お互い一つのかすり傷もつけず、散会してから一分で合流してしまった。

しかし私達の今回の任務は虚討伐が主ではないのだ。曳舟隊長から貰った【義魂丸】を手のひらに乗せ、真子と視線を交わす。そしてどちらからともなく、覚悟を決めて勢いよく口に放り込んだ。


「…お、おお…なんや変な感じやな…」

「ね…。うわ、凄いよ真子!ちゃんと服装も変換されてる!」


魂が抜ける感覚が一瞬あったかと思えば、次に瞬きした時には私も真子も人間の実態を伴っていた。本当に凄い技術だ。死覇装を着たまま人間の姿になるのかと思えば、しっかりと淡い桜色の小袖に身を包んでいた。現世では明治維新とやらが起こって鎖国が解かれたとかで西洋の服も伝わってきたらしいが、やはり庶民はまだまだ小袖の方が一般的でこちらの方が浮いていなかった。真子も同じく金髪がよく映える濃紺の着流しを着ている。ああ、でもスーツとやらを来た真子もちょっと見てみたかったかもな、とも思った。


「今ん所体調に変化とかあるか?」

「特にないかな。本当に最終段階だったんだね、立派に実用化できてるよ。体の中に霊子が充満してるのが分かるもん」

「曳舟サン、凄い人やとは思っとったけどここまでとはなぁ」



とりあえず突っ立っていても仕方がないので並んで歩き出した。活気のある街並みには色々な出店が並んでおり、見ているだけで楽しくなってくる。



「これ、曳舟隊長が気を遣ってくれたのかなぁ」

「十中八九せやろな。別にここまで安全性が確保されとるんやったら俺らでなくても良かったやろ」

「お土産買ってかなきゃね」

「お、遊ぶ気満々やんけ」



だって、曳舟隊長が言っていた通りこんな機会なかなかない。いつも触れることなく眺めていた現世のものを人間の実体を伴って手に取れるなんて。しかも二人とも上位席官になってからは忙しく、なかなか休みが合うこともなかった。せいぜい昼や夜に食事を共にする程度で、二人きりでどこかにでかけるなんていつぶりだろう。これは曳舟隊長のご好意に甘えて、楽しむしかないじゃないか。



ここには今、死神は私達二人しかいない。知り合いには誰にも見られない。そのことが私を少し大胆にさせた。瀞霊廷を歩いている時は恥ずかしく滅多に出来ないことをやってみたくなったのだ。


「あー、真子…?」

「ン?欲しいもんでもあったか?」

「いや、そうじゃなくて。…その、手を繋いでも…イイデスカ」

「…ぶふっ、なんで片言やねん」

「うっ、うるさいな!」


分かってますよ、手を繋ぎたいなんて瀞霊廷じゃ絶対言わないからね!たまに繋ぐ時もいつも真子がさりげなく手を取ってくれて、それが嬉しくて待っているところもあるのだ。だから私からこんなことを言い出すのはとても珍しい。



「悪かったって。ほら、繋ぐんやろ?」

「…うん」


笑いを収めた真子は、今度はからかう笑顔じゃなくてゆるりと微笑んで手を差し伸べてくれた。ひよ里と喧嘩してる時はあんなに不細工なのに、どうして今はこんなにかっこいいんだろう。ずるい人だな。

握った真子の手は細くて骨ばっていて、でも剣を握る者特有の厚みがあって、大人の男の人という感じがして胸が高鳴った。恋人となってもう何十年と経つのに、いまだに手を繋ぐくらいでときめいてしまう私は相当真子に惚れ込んでいるらしい。



「お前、そういうとこずるいよなぁ」

「えっ?」

「普段は言い合いしたりからかってきたり、さっきなんて不細工だなんて言いよって、コイツほんまに俺んこと好きなんか?って言動繰り返しとるくせに、二人になると甘えてくるんやから」


その言葉に真子の顔を見上げると、頬がうっすら赤く染まっていた。…真子も、私と同じようにときめいてくれたりしたのかな。そうだとしたら、凄く嬉しい。



「…私、真子のこと本当に大好きだよ。知らなかったの?」

「よーーく知っとんで」


ニヤリと勝気な笑みを浮かべている真子は、私の気持ちを微塵も疑っていない。私だって、真子の気持ちはよく分かっているつもりだ。何年、何十年経っても、初めて出会ったあの日の気持ちを忘れたことはない。



「あ、真子、見てあれ」

「なんや?…指輪?」

「最近現世で流行り出したみたいだね」



装飾品を扱っている露店の前を通った時、きらりと光るそれに目を奪われて足を止める。すると、露店のお兄さんがお客を見つけたとばかりに話しかけてきた。



「これはお二人のような間柄にぴったりですよ!結婚する時に誓いの印として指輪を嵌める風習が西洋から伝わって、少しずつ浸透してるんです」

「へー、初めて聞いたわ」

「少しばかり高価な品物なもんで、まだ上流階級の方々しか手に入らないんですよねえ。でもお二人は良いお召し物もしてらっしゃるし、どうですか?」



私達の着物を見て良い所の家だと思ったのか、是非とも買って欲しそうに勧めてくるお兄さんには悪いが、私達はまだ恋人という間柄なのでこれを購入するのは少し先になりそうだ。…でも、思いがけず「結婚」という言葉が自分たちに向けられて、悪い気はしなかった。なんだか意識してしまう。



「兄ちゃん悪いな。正式にコイツに返事もらった時に、また寄らせてもらうわ」



驚いて真子の顔を見れば、そこにはまたあの勝気な笑みがあった。思わず顔が赤くなる。ねえ、それってさ、期待してもいいってことなのかな。



「ここでは言わんで。ちゃんと俺の準備が整うまで、待っとってくれるか?」

「…うん、もちろん」


繋いでいた手をギュウッと握り返し、気恥ずかしさと幸福を混ぜたような空気のまま、私達は夕日に染まる道を言葉を交わしながら歩いた。