へし切り長谷部と幼い頃遊んでた、本丸を受け継ぐ新人審神者のはなし

2018.07.09.Monday


◎書きかけ放置


私の家には一つの日本刀が存在する。かの有名な織田信長が使っていたとか、何とか。赤い柄に赤いリボンが特徴的なそれは、おじいちゃんの部屋に大事に飾られている。

でも私は残念ながら織田信長にも国宝にも、日本刀にも恐ろしい程に興味が無い。社会人になった今では、そんな物が家にあった事すら忘れていた。

そもそも、そんな凄いものが家にあるとは思わないから恐らくレプリカか何かだろう。おじいちゃんはきっと織田信長のファンだったのだ。今ではもう問うことが出来ないから、本当の所は誰も分からないけれど。





おじいちゃんは八十を過ぎた頃に体調を崩し、それから数年後天国へ旅立ってしまった。喪服で囲まれたリビングでは、過去の話が繰り広げられていた。私は目の前の豪華な食事をただ静かに食べる。


「#name2#、おじいちゃんのあの日本刀、貰う?」


その問いは唐突だった。声の主はお母さんで、「何で?」と返事をしてみれば、加齢で少し垂れた目が私を見た。私は変な質問をしただろうか。すると次に口を出してきたのは私の隣に座っている兄だった。


「お前、小さい頃ずっとあの刀に話しかけてたらしいぞ」
「え?そうなの?」
「覚えてないの?おじいちゃんは本当にあの日本刀を大事にしててね、将来は#name2#に譲るって言ってたの」


ほら、遺言にも。そう言って手渡されたのは、サスペンスドラマで良く見る『遺言書』であった。お母さんから受け取り、簡単に目を通す。【へし切り長谷部は愛孫、#name##name2#に譲り渡す】確かにはっきりと書かれていた。あの刀はへし切り長谷部と云うのか。変わった名前だ。


「でも、貰っても管理出来ないし…」
「邪魔なら骨董品屋にでも売ればいんじゃねぇの?」


お兄ちゃんは簡単に言ってくれるけれど、おじいちゃんが大事にしてた物を売るなんて私の僅かながらの良心が痛む。一人暮らしの女の部屋に日本刀なんて置いてあったら違和感しかない。けれど、今の私に選択肢は無かった。





大学進学の為家を出て、そのまま就職。実家に戻ってきたのは本当に久し振りだった。別に家族と仲が悪い訳でも、何でもない。仕事が極度に忙しい訳でも無い。連絡を取ろうと思えば何時でも取れるのだから、態々大金と数時間掛けて片田舎のこの場所に帰省する意味が分からなかったのだ。

おじいちゃんが入院してから、この部屋はあまり人の出入りが無かったらしい。静かに襖を開けば、離れにあるこの部屋は静寂に包まれていた。一歩踏み出し、また一歩。そこに静かに横たわる刀の前に座り込む。


「へし切り、長谷部」


まるで人の名前のようだ、と知識も雑学も無い私は思った。埃は被っていないものの、もう何年も人の手は触れていないようだ。それは傷一つなく、とても綺麗であった。

ハンカチか何かで包んでから触れた方が良いのだろうか。でも生憎、今は持ち合わせていない。どうせ所有者はもう私に移ったのだから、気にしなくても良いだろう。

ゆっくりと触れる。すると急に心臓がどくんと跳ねたかと思えば、ぐにゃり、体が歪むような感覚に陥った。気持ち悪さはたった数秒。気付けば畳に体を預けていて、くらくらする頭を支えながら上半身を持ち上げる。


「…ここ、どこ」


目の前には変わらず先程の刀がある。けれど、問題はそこでは無い。此処はさっきまでいたおじいちゃんの部屋では無く、更に殺風景になった小さな和室だった。

状況が理解出来ない。けれどただただ好奇心に負け、私は桜の模様が施された襖を開けた。すると、ふわり、と入り込む心地良い風。見事な日本庭園が目の前に広がった。その遥か奥には眩いほどに咲き乱れている立派な桜の木が見えた。

右を見ても左を見ても、続くのは外回りの廊下。実家も昔ながらの日本家屋だからそれなりに立派だとは思っていたけれど、此処はきっとそれ以上だ。

私は白昼夢でも見ているのだろうか。でないと、こんな非現実的な事が目の前で起きるわけが無い。ぼんやりと鹿威しを見ていると「お嬢様」そう呼ばれた。

その呼び方をされたのは何時振りだっただろうか。幼い頃、おじいちゃんの部屋で遊ぶ時は必ず私を「嬢」とおじいちゃんは呼んでいた。あの部屋では自分の名前を言ってはいけないと言われ続けていた。

…それは何故?それにあの時、誰かが私の事を「お嬢様」と呼んでいた。離れにあるおじいちゃんの部屋には私以外は寄り付かなかった。薄っすらと残る記憶にいる、あの人は、誰。


「お嬢様、お嬢様。こちらです」
「…喋るきつね」
「初めまして。こんのすけと申します」


こんのすけと名乗ったきつね。喋るきつね。ぬいぐるみみたいなフォルムのきつね。顔に化粧をしたきつね。言いたいことは山程あったけれど、口は動かず声も出てこなかった。するとこのきつねは「長い間、お待ちしておりました」そう言うと頭を下げた。


「ごめん、どこから突っ込んでいいか分からないんだけど…」
「そのような事必要ありません。皆様、貴女様を今か今かと首を長くして待たれておられますよ」


頭の情報処理が上手くいかない。皆様、とは一体誰のことだろうか。このきつねは一体何者で、何を知っているのだろうか。私の頭の中はまるで携帯小説のようなちんけな文章で埋め尽くされていた。


「百聞は一見に敷かず。先程のお部屋へお入り下さいませ」


こんのすけ。そんな名前のきつねに言われるがまま、私はさっきいた部屋へ戻った。そこには変わらずおじいちゃんの部屋にあった刀が横たわっている。


「さあさあ。刀を目覚めさせて下さいませ」
「目覚めさせる?」
「それに触れてあげて下さいませ」


その言葉はまるで魔法のようだった。私の手は自分の意志無く、刀に触れていた。すると体がじんわりと熱くなる。この感覚は一体何なのだろう。

すると刀から僅かな光が漏れ始めたかと思えば、それは一瞬にして眩いほどまでに変わった。直視することが出来ず、私は目を瞑る。その光が収まり、目の眩みが消え私はゆっくりと瞼を開けた。

そこにいたのは、見知らぬ男性だった。片膝付いて頭を下げているから顔は見えない。代わりに絹のような髪の毛が風に揺れた。私は声を出すことが出来ず、ただその姿を見ていた。

時間にしてはほんの数秒だった。ゆっくりと顔が上がると、淡い青紫色をした瞳が私を見た。こんな綺麗な瞳、生まれて初めて見た。呼吸が、止まる。


「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ。…大きくなりましたね、お嬢様」


私はこの声を知っている。幼い日、私といつも遊んでくれていたあの人だ。今までしまわれていた記憶が、一気に蘇る。ボール投げをしたり、おはじきで遊んだり。時にはおじいちゃんに内緒でお菓子を一緒に食べた。


「は、せべ、」
「そうです。貴女がまだ幼き日、僅かな時ではありましたが共に過ごした長谷部でございます」


優しい瞳が私を真っ直ぐ見つめる。嗚呼、どうして忘れていたのだろう。あの日、私は約束したのだ。おじいちゃんがこの世から去る時、私はこの本丸の跡を引き継ぐ、と。


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