黒の組織の取引現場を見て、降谷さんに保護される

2018.04.14.Saturday


息が、切れる。

今朝卸したばかりのパンプスのせいで靴擦れが酷い。一歩足を動かせば、舌打ちしたくなるような痛みが走る。けれど今は其れどころでは無い。私はただ一心に、夜のアスファルトの上を走っていた。

仕事帰り、家迄の最短ルート。私はそこで見てはいけないものを見てしまった。真っ暗な公園の奥にある大きな木と木の間。人は気になると、それしか視界に入らなくなる。私はゆっくりと歩きながら、その様子を遠くから見ていた。そこでスーツを着た男達が、四角い何かを渡していた。私は色素の薄いロングヘアーの男性と目が合った。するとその人は小さく舌打ちをし、はっきりとこう言ったのだ。


「殺せ」


いや、実際に私の耳には入ってきていない。けれど、あの男性の口は確かにそう動いていた。そこからは一心不乱だった。私は一般市民として触れてはいけない何かに、両手をべったりと付けてしまったのだ。

走る度に煩いパンプスを脱ぎ捨てる。どうせ先日別れた彼氏から貰ったものだ。靴に罪はないけれど、あれには執着はない。走りやすくはなったが、ストッキング一枚になった足では地面に転がる石が痛くて仕方ない。

何故よりによって、今日に限ってこの道を選んでしまったのだろう。後悔しても遅いけれど、後悔はしてしまう。事務仕事の私は然程体力は多く無い。背中にぶつかる先程の男の声が聞こえなくなった所で、私は足を止めた。

ぜぇぜぇ、と肩で息をする。足の裏は血塗れだった。ストッキングが破れ、素足で走った状態になっていた。アスファルトには暗闇でも分かるくらい、点々と私の足元まで血が繋がっていた。

その時、頭に強い衝撃が走った。いつの間に追い付かれたのだろう。そう考えた時には私は地面に倒れこんでいた。薄っすらと見える視界の中で、先程の長髪の男性が笑っていた。





目を開くと、視界は真っ白だった。その中で空の青さだけが、唯一の色味であった。上手く働かない脳を必死に動かしていると「目が覚めましたか」そう、男の人の声が聞こえた。

男の人はジャケットの内ポケットから警察手帳を取り出した。初めて見た、それが最初の感想だった。男性は私が寝ているベッド横の椅子に座った。


「貴女は一昨日の夜、街灯のない脇道で頭から血を流して倒れていました。それを私の部下が発見し、病院へ搬送しました」


やけに顔の整った、スーツを着た男性だ。年齢はそう変わらないだろう。まだ状況が理解出来ず、彼をぼんやりと見る。するとチクリ、と頭が痛くなった。


「何を見たか覚えていますか?」


穏やかな口調だけれど、何故だが棘があるように聞こえてしまう。あの日のことを思い出す。仕事帰り、普段なら通らない家への近道の公園、大きな木と木の間、髪の長い男性。

私は覚えていることを、一つ残らずしっかりと話した。隠したって仕方ない。すると男性は顎に手を当て「そうか…」と小さく呟いた。


「貴女は恐らく、何かしらの取引現場を見てしまったのでしょう。安全が確保されるまで、私達が貴女を保護します」
「保護…?私、仕事してて…」
「普段の生活はして構いません。貴女を襲った犯人も、貴女にはもう手を出さないとは思いますが絶対とは言えません」


だから貴女に数カ月感、安全が確認されるまで護衛を付けます。男性は淡々とそう告げた。簡単に言ってくれるが、私の平凡な日常が壊れていく音が聴こえた。


「申し遅れました。降谷零と申します」


ふるやれい。そう名前を告げた男性は、スーツに包まれた褐色の手を私へと伸ばした。ゆっくりと私はその手を握る。男性の青い瞳は私ではなく、その奥の深い何かを見ている、そんな気がした。


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