君という居場所



 ───キーン、コーン…
 

 爽やかな秋空に、昼休みを告げるチャイムが響く。

 文化祭が終わって、やってきた次の月曜日。
 前日までお祭り騒ぎだった鳴苑高校も、いつもの日常を取り戻してきた。

 そして、神峰もまた、いつものようにひとり、教室を出る。
 目立たぬようひっそりとやってきたのは、校舎の裏手にある、柵代わりの木が茂る場所だ。
 人気が少ないという理由で、神峰がいつも昼休みに過ごす場所だった。

「……」

 腰を下ろして、お昼の甘いパンを取り出しかじる。その甘さに、束の間の幸せを感じる。
 そうして、今まで通り独りの時間が過ぎていく、はずだった。


「あ、いたいた」
「!!?」


 突然した人の声に、神峰はパンを取り落としてしまった。
「へ、え、刻阪?なんで?」
 ひょっこりと顔を出したのは、刻阪響だった。
「たまたま廊下から神峰を見かけたから、どこ行くのかなーって思ってさ」
 ついてきちゃった、と悪びれずに笑った。

「こんな所あったんだな」
 きょろきょろと、刻阪は興味深そうにあちこち眺めた。銀色に輝く刻阪の心象──神峰にはまだそれがなんだか分からない──も、好奇心旺盛に跳ねている。
「…まあ、こんなトコ普通来ねェだろうし」
 周りを見渡して神峰は言った。
 ここは敷地の外れで何も整備されていないし、日当たりは悪いし、おまけに今時は吹きさらしの秋風が少々冷たい。
 物寂しささえ漂うこんな所に、好きで来る者はいないだろう。

「うん、でも隠れ家っぽくていいね」
 でも、刻阪はそんな事はまったく気にならない様子だ。それどころか、神峰の座った隣を指して訊く。
「ここ、いい?」
「…あ、ああ…」
 そのニュートラルな笑顔に気圧されて、つい神峰は頷いた。
 この場所に、他人を受け容れるなんてしたことがなかったけれど。
「ありがとう」
 律儀に礼を言って、刻阪は神峰の隣に腰を下ろした。そして、弁当を広げだす。
 その弁当が色とりどりのおかずで綺麗だったものだから、思わず神峰は目を見張った。

「わ、うまそう」
「そう?ありがと。神峰のは?それ、菓子パン?」
「あ、おう…オレ甘いの好きだから、つい」
「へえ、僕は辛党だからあまり見ないや。というか神峰、甘いの好きなんだ。なんか意外だな」
「そうかァ?」
「うん、なんとなく。でも、ちゃんと野菜も食べないと体に悪いぞ?」


 ざわざわ、秋風に揺れる木々の音だけをBGMに、二人は他愛もない話でランチタイムを過ごす。
 こうして誰かと一緒に昼食を共にするなんていつぶりだろうか。おしゃべりをしながら、神峰は思う。
 この場所に他人を受け容れるなんて初めてだけれど、不思議と緊張も不安も一切感じなくて、それどころかとても楽しかった。

(友達、なんだよなあ)

 にこにこと自分に付き合ってくれる刻阪に、神峰はしみじみとそう思った。


 やがて昼食を終えて、刻阪が聞く。
「神峰ってさ、いつも昼はここにいるの?」
「あ、ああ…ここなら、人がいねェから」

 一人になれば、無駄に人の心を見て疲弊せずに済むから。
 だから、一人になれる場所を探していたら、ここに辿りついていたのだ。

「……」
 そんな神峰の話を聞いた刻阪が、言葉を失って黙り込んだ。心象が、呆然と目を丸くしている。
 それに気づいた神峰は慌てた。
「わ、悪い!オレ、変な話しちまった…!」
 すると、刻阪も同じくらい慌てて首を振る。
「あ、いや!いいんだ。神峰は悪くないよ。…ただ、ホントにずっと苦しんでたんだな、って思ってさ」
「刻阪……」

 何と言おうか。迷っている間に、銀色の心象が悲しそうに歪むのが見えた。
「それじゃ、僕もここにいない方がいいのかな? 神峰が一人がいいなら…」
 刻阪がそそくさと弁当を片付け始める。──その途端、言い知れない気持ちが神峰を突き上げた。


「いや、違ェよ! 刻阪は大丈夫だから!」
 思わず、刻阪の腕を掴んでいた。


 動きを止められた刻阪が、きょとんと神峰を見る。
「……いいの?」
「い、いい…刻阪は、普通だから…大丈夫」

 だから、ここにいてくれ。
 ───とまでは、言えなかった神峰だが。
「そうか、良かった」
 刻阪が嬉しそうに笑った。同時に、心象もきらきらと光を放つのが見えた。
 片付ける手を止め、刻阪が座り直す。すると距離がさっきよりも縮んで、その近さに神峰は少しだけ緊張した。


「実を言うとさ、僕もあんまり昼休みって好きじゃなくて」
「へ?そうなのか?」
 意外な言葉だ。普通に友達と楽しくやっているのだと思っていたが。
「うん、クラスメイトと喋るのは楽しいんだけどさ、…なんていうか、しっくり来ない時もあって。それに、……外から、お客さんも来るし」

 と言って、刻阪が軽く苦笑い。何故だろう、と神峰は少し考えて、すぐに納得する。
 きっと、文化祭の演奏の後にも来ていたファンの人達の事だ。

「だから、最近はずっと練習室で楽器吹いてたんだ。で、今日も行こうと思ったら、その途中で神峰を見かけたってわけ」
 それで、神峰はどうしてるのか気になったんだと、刻阪は言う。
「…そう、なのか」
「うん。追いかけてきて良かったよ、いい場所が見つかったし」
「ま、まあ…一人になりたい時にはな」
「それに…不思議だよな、神峰といると何だか落ち着くんだ。つい昨日、友達になったばかりなのにね」


 ───“友達”
 その言葉を刻阪の口から改めて聞くと、神峰は何だかこそばゆくなった。


「…ああ…友達、なんだよな」
「うん、友達だよ」
 繰り返して、刻阪が微笑みかける。
 思えば、こんな優しい微笑みを向けて貰うのだって、すごく久しぶりで。

「友達って、なんか…落ち着くんだな。うん、オレもそう」
「はは、そう言われるとなんか変だな。友達の定義ってそういうのだっけ?」
「いや、だって…ホントにそうだから」


 この場所にいて、こんなに居心地が良かったのは初めてなのだ。
 仕方なくここに居た、今までとは違う。
「刻阪といると、オレも落ち着く」
 いや、きっと刻阪がいるからこそ、こんな敷地の外れの寂しい場所でも、落ち着いた気持ちになれるのだろう。


「そっか…じゃ、お揃いだな」
 秋の空と同じくらい爽やかな刻阪の笑顔が、妙に胸に焼き付く。
 お揃い、その響きもうきうきと心を掻き立てた。
「ねえ、神峰。僕もこれからここに来ていい?」
「あ…ああ、勿論!」
「その代わり、神峰も時々練習室来いよ。一緒に練習したいし」
 楽しそうに、刻阪がこれからの事を語る。
 こんな会話も、神峰には今までなかったことで、それが嬉しくて。

「あ、でも神峰、人がいるトコダメなんだっけ…? 練習室って誰かしらいるんだけどさ」
 ふと、刻阪が表情を曇らせた。神峰が人を避けてここにいる事を思い出したのだ。
 けれど、神峰は首を振った。
「いや、…多分平気、だと思う…」


 ───刻阪が、いるから。

 この物寂しい場所を変えてくれたように、刻阪が居場所をくれるから。


「お前が隣にいてくれれば、大丈夫…な、気がする」
 それを言ってしまうのは、ちょっと恥ずかしいし、怖くもあった。少し重過ぎるような気もした。
 でも、神峰の恐れをものともせず、刻阪は約束してくれたのだった。
「…分かった。もちろん、一緒にな」



 そこへ、授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。
 刻阪と並んで、神峰も教室へ向かった。途中でたくさんの生徒とすれ違ったけれど、それを必要以上に恐れる事はなかった。

(うん、やっぱ刻阪がいれば大丈夫)
 たとえこれから辛い事が起きても、どうしようもなく独りが寂しくなっても。
 刻阪という居場所があるから、やっていける。

 だから、この場所をずっと失わないように、大切にしていこう。神峰はそう思った。


 



end.


+ + + + + 

「#週刊刻神」第4回お題「昼休み」に参加しました!
居場所って人と人との間で作られるものだと思うのです。
さてこれは友情の始まりか、共依存の始まりか。

「何か一つ大きな事が起こった後の、その翌日」を考えるのが好きです笑

Up Date→'14/9/8

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