Rebirth 1/2



 祝福されて、この日を迎えていること。
 望まれて、この場所に立っていること。

 それは、さながら───



  ◆


 2014年10月。
 来るべき吹奏楽コンクール全国大会へ向けて、鳴苑高校吹奏楽部は日々練習に取り組んでいた。

「それじゃ、始めます!」
 長年逃していた全国大会行きの切符、それを掴んだ立役者である神峰翔太が声を張り上げる。
 季節が移ろい、少し肌に冷たくなった空気も跳ね返すほどに気合を込めて。
 ジャージの袖を肘までまくり上げ、神峰は今日も指揮棒を振るう。

 1年前は音楽に興味もなかった素人だったのに、今では吹奏楽部の誰もが認める学生指揮者だ。
 少しずつ、しかし着実に前に進み、神峰は必死にみんなの心を繋げてきた。
 「心が見える」故に、友達も碌に作れなかった少し前がうそのようだ。

 神峰自身も、自分が繋げてきた輪の中に入って、あとは煌めくその舞台を目指すだけ。
 真っ直ぐそれだけを見つめて、技術を、表現を磨く日々は神峰にとってたまらなく充実した日々だった。


 だからこそ。
 全国大会もあと2週間と迫った時期に訪れた変化は、神峰にはまさに青天の霹靂だった。


「お疲れ様でした!」
『お疲れ様でしたー!!』
 部長である奏馬の締めで、今日も放課後の全体練習が終わる。
 全体練習のあとは、帰るものあり、自主練に残るものありとさまざまだ。もっとも、この時期はほとんどの部員が自主練を選んでいたが。特に、全国大会のステージに乗る選抜55人のメンバーは全員残っていた。
 神峰も、もちろん自主練をしようと、総譜(スコア)を広げデモ音源を聴くためイヤホンを耳に差した、そのとき。

「神峰、今日は帰るぞ!」
「え?」
 いきなり、刻阪に腕を掴まれた。かと思うと、神峰を強引に引っ張って音楽室の出口へひきずっていく。

「ちょ、えっ、刻阪!?オレもうちょっと解釈詰めたいんだけど…!?」
「それは帰ってから出来るだろ!ちょっと付き合えよ!」
「お、おい刻阪!? わっ、分かったから腕放せぇぇ!」

 結局、その日の練習後は刻阪の買い物(もちろん楽器屋だ)に付き合わされ、訳のわからないまま帰宅の途についたのだった。



 そして、翌日。
「な、なんだ……?」
 神峰は朝練にやってきて、思いっきり頭の中に?マークを浮かべた。

 なんだか、みんながそわついている。
 そして、神峰に会う度みんなが変な反応を示すのだ。
 不自然なほどの笑顔を向ける者あり、逆に目を逸らす者あり。いつも通りの者もいるけれど、一様にみんな何かを隠しているかのような心象を抱えていた。

(オレ、なんかした……?)

 放課後の練習にまでなると、反応はほぼいつもの様子に戻った。それでも、何か隠している心象はそのままだ。
 そして、その日からにわかにみんなの付き合いが悪くなった。


「あっ、九能伊勢崎ー! ちょっとさ、この部分相談したいことあんだけど」
「えっ? あ…付き合いたいのはやまやまだけど…なぁ?」
「悪いな、ちょっとパート内だけでやりたいことあるんだ、またな」
「へ? あ、ああ…」

「邑楽先輩!また今日もピアノの練習お願いするっス!」
「え、ええいいわよ…じゃなくって! アンタこの時期にソナタとかやってる場合じゃないでしょ、また今度にしなさい今度に」
「あ、いや……それもそう、スね…」

「音羽先輩、どーしてもあそこトランペットで合わせたいとこあるんスけど!」
「ああ、悪いな。今日は無理だ」
「へ?」
「……塾だ。じゃあな」
「…は、はァ…ってアンタ最近塾サボってるだろ!!」

「金井淵先輩、あの、Eのここなんスけど」
「……めでたい奴だ」
「はっ?」
「今日は忙しい。お前もとっとと帰ってイメージを練るんだな、練習番号C、まだ言いたい事が見えないぞ」
「……あざっす……」


 どういうわけか、みんな居残り練習に付き合ってくれないのだ。
 朝練も放課後も、神峰の指揮には普通にみんなついてきてくれているにもかかわらず。
 練習相手がいなければ、基本神峰に部活の場で出来ることはほぼない。仕方なく、ひとりで肩を落として帰るしかなかった。


「…オレ、なんか悪いことしたのかな〜…」
 3日もそんな日が続いたある日、帰り道に神峰は呟いた。
「なんで?」
 久しぶりに一緒に帰宅していた刻阪が、きょとんと聞く。
「だってさァ、みんな放課後の居残り練習付き合ってくれねェんだぜ? やりたい事いっぱいあんのに…」
 そして、神峰は次の言葉を言うとき、声を少し潜めた。これは未だに刻阪にしか言えないことだから。

「それに、みんな何か隠してるみてェなんだ……」

 部員に浮かぶ心象は、みんな口を手で塞いでいる。言いたい事があるけれど言えない顔だ。
 しかも、それは神峰に向ける時だけ現れる。ならば、自分が何かしでかしてしまったからみんなそんな「顔」をするのだろう。

「オレがなんかしたなら、謝りてェんだけどさ…全然心当たりねェし」
 何より、全国大会まではあとわずかしかないのだ。こんな状態のまま本番を迎えるなんて絶対にイヤだと神峰は思う。
 みんなの心と繋がれないのでは、本番で「虹の音」を出すなんて出来っこない。
 せっかくみんなが指揮者として認めてくれたのに、それに応えられないままで終わるのなんて堪えられない。

 だから、神峰は血を吐くような思いで刻阪に心の内を打ち明ける。
「なぁ刻阪…オレ、なんかしたのか…? オレは、一体どうしたらいいんだろう…」


「……」
 痛みをこらえるように唇を噛みしめる神峰に、しかし刻阪は何も答えられなかった。

 刻阪はすべて知っていた。何しろ今回の計画の首謀者だ。
(でも、ちょっと失敗だったかな……)
 本当は言ってしまいたい。神峰にこんな辛い顔をさせるのは、彼の本意ではないから。
 だが、それでもここまで来て本当のことを言うわけにはいかなかった。言ってしまえばすべて台無しになってしまう。

 すべては、神峰翔太に歓びをもたらすためなのだから。

「な、神峰」
 きちんと神峰の目を見て、刻阪は言葉を選ぶ。
「僕からは何が起きているかは言えないけれど…これだけは言っておきたい。神峰はなんにも悪くないんだ」
「刻阪!?お前、なんか知って」
 問いかける神峰を、首を振って制する。
「それに、お前が嫌われてるなんてことはないよ。だって、みんなちゃんと神峰の指揮見てくれるだろ?」
「……あ、あぁ、それは、そうだけど」
「なら大丈夫。もう少しだけ、辛いかもしれないけど…神峰を認めてくれたみんなの事、信じてくれないか」

 ───もちろん、僕のこともね
 言外にそれを込めながら、神峰の瞳をじっと見つめる。

 きっと、神峰の目には刻阪の心象も何かを隠しているように見えるだろう。けれど、この時ばかりは「ニュートラル」な自分が見せられたらいい、そう願って。


「……わ、わかった」
 納得したのか、それとも刻阪の瞳に気圧されたのか。神峰は、ぎこちなく頷く。
「ありがとう」
 にっこり笑って、刻阪はぽんぽん、と神峰の癖のある髪を撫でた。
 子供扱いすんなよ!と顔を赤くして叫ぶ神峰は、いくらか元気が出たようだった。




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