花火空の下にて響く


 刻阪と花火大会に行こう、という約束をして、ついにその日がやってきた。
 ―――のはいいが。

 会場はすぐ近くにも関わらず、神峰が指定された待ち合わせ時間は、開始より2時間も前だった。


「いったいなんなんだ…?」
 最後までそんなに早く来させる意味は説明してもらえないまま迎えた当日、神峰は刻阪の家にやってきた。
 インターホンを押すと、間もなく刻阪が出てくる。
「あ、神峰!いらっしゃい」
「おう。…つーか、これから一体何があるんだよ?」
「来ればわかるよ」

 とりあえず上がって、と刻阪は手招きする。
 言われるまま神峰が家の中に入ると、先にリビングまで上がっていた刻阪が何やら包みを持ってきた。
 ビニールで丁寧に包まれたその中に、海老茶色の何かが透けて見える。

「?…刻阪何コレ?」
 首を傾げる神峰に、刻阪はそれは楽しそうに笑った。
「じゃ、着替えよっか」
「??」
 そして開けられたそれに、神峰は目を見開いた。



「うんうん、よく似合ってるよ」
 しばらくした後、神峰の立ち姿をとくと眺めながら、刻阪が手を叩いて褒めた。

 ―――海老茶色の正体は、浴衣だった。

「と、刻阪…これのために、わざわざ…?」
 照れくささと恥ずかしさに顔を染めながら、神峰が聞く。
「うん。だってせっかくなんだから、ふさわしい恰好で行きたいだろ?」
「そ、そりゃ…」

 確かに花火大会とか祭りといったらコレだとは言えるが、わざわざ用意してくれる刻阪のぶっ飛び加減に神峰は驚いていた。さすが金持ちだと胸の中だけで呟く。
「…もしかして、イヤだった?」
 硬直したままの神峰に、刻阪が少し不安そうに聞く。神峰はぶんぶんと首を振った。
「イヤ、そんな事ねェよ!? ちょ、ちょっとビックリしただけ、つか…あ、ありがとう」
「よかった。…どういたしまして」
 ほっとしたように刻阪は微笑んだ。そんな立ち姿に、神峰は一瞬見とれてしまう。

(つか、似合うってんなら刻阪だって)

 刻阪も刻阪で、青藍の色をした浴衣を着ている。刻阪自身の青みがかった黒髪と白い肌に映えて、それはよく似合っていた。
 ぼーっと見ていると、刻阪はきょとんと尋ねる。
「神峰?…僕の顔、なんかついてる?」
「いっ、な、なんでもねェよ! …ほら、早く行こうぜ、始まっちまう!」
「? …じゃあ、行こうか」



  ◆


 からり、ころり。
 黄昏の町に、二人分の下駄の音が響く。

 足早に通りを過ぎていく人々もいる中、神峰は慣れない下駄に悪戦苦闘していた。
「はは、転ぶなよ神峰」
「笑うな、ほんとに履くの、久しぶりなんだって…うわっ」
 見事に神峰は躓いた。すんでのところで、刻阪に支えられる。

「ほら、言ったそばから…大丈夫?」
「う、悪りィ…」
 体勢を立て直して、神峰は俯いた。せっかく浴衣まで用意してもらったというのに、これじゃ恰好がつかない。
 そんな神峰に、す、と手が差し出される。

「手、繋ごうか?転ばないようにさ」
 刻阪が悪戯っぽく笑っている。
「…いいよ、自分で歩く」
 しかし、神峰は断った。ここで刻阪に頼るなんて、神峰のプライドが許さない。
 それに、こんな街中で男二人、手を繋いで歩く事など出来る訳がなかった。

 いくら、自分たちが恋人同士でも―――いや、だから尚更。

「そう? じゃあ、もう少しゆっくり歩くか」
 苦笑しながら、刻阪が歩くペースを落とす。

「……」

 男同士の自分たちが、こんな街中で手を繋いで歩くなど出来る訳がない。

 そう思うことは、間違ってないはずだけれど。
 それでも、刻阪に悪いことしちまったな、と思う神峰だった。



「そういえば神峰、ずっと気になってたんだけど…人混み、平気なのか?」

 会場も近くなってきた頃、刻阪が尋ねた。
 人の「心」が見えるが故に、人の多い場所が苦手な神峰を気遣った上での一言だ。今回の花火大会は県内でも大きなもので、きっと人出はかなりのものだろう。

「…ん、多分平気…だと思う。さくらまつりだって人は多かったし…」
「うーん、それもそうか」
 それならよかった、と刻阪は微笑む。会場はもうすぐそこで、屋台の明かりがいくつも見えていた。
 その賑やかさに、花火への期待も含めて、神峰のテンションも上がってきていたのだが。


 平気だ、と答えた事を神峰は後悔した。


「……うー」
 屋台で買ったりんご飴を舐めながら、思わず呻き声を上げる。
 確かにさくらまつりも人は多かったけれど、今は密集具合が全然違う。その分人々の心象も入り乱れ、神峰の目に映る光景は混沌状態だ。一つ一つを認識する気にもなれない。
 けれど、花火大会はもうすぐ始まる。今更離れる訳にもいかない。

「神峰?…大丈夫か?」
 すっかり激辛のフランクフルトを食べ終えた刻阪が、青い顔をした神峰を心配する。
「大丈夫…じゃ、ねェかも…」
 気を遣わせてしまうのはすごく――本当にものすごく申し訳なかったが、やっぱり限界だった神峰は小さく首を振った。
「そっか…分かった。それじゃ、ちょっと離れようか」
「ごめん…」
「いいよ。神峰の方が大事」

 ニュートラルに言い切った刻阪は、そう言うと神峰が立ち上がるのを手伝う。
 罪悪感と安堵の混じった複雑な感情を抱えながら、神峰はそれにおとなしく従った。



 会場を離れるにつれて、周りは少しずつ静かになっていった。
 人の多さから来る息苦しさもなくなって、神峰は大きく息をつく。
「もう大丈夫?」
「ああ、…ホント悪い、せっかく連れてきてくれたのに…」
 神峰は俯いて謝った。刻阪からいろいろしてもらったというのに、自分のせいで台無しになるのが辛かった。
 しかし、刻阪はそんな神峰にこう言った。
「謝ることないよ。…僕だって、二人になりたかったしね」
「え」

 思いがけない一言に、神峰は顔を上げた。それに、刻阪がくすくす笑う。
「とっておきの場所があるんだ。今からそこに行こう」
「あ、ああ…!」
 楽しそうに歩く刻阪に、神峰も嬉しくなって笑った。そんな矢先に。

「―――うわっ」

 またもや神峰は躓いた。慌てて刻阪の肩に掴まってバランスを取る。
「わ、悪い!」
 なんとか転ばずに済んだ神峰は謝った。
「いいよ」
 平気だから、と刻阪は答える。そして、神峰の目の前にす、と手を差し出した。


「繋ごうか、神峰」


 人もおらず静かな通り。街灯の明かりに、刻阪の微笑みがぼんやりと浮かぶ。
「……ん」
 神峰は、今度は頷いた。
 そして、神峰の指に、刻阪の指がするりと絡んだ。




 からり、ころり。
 夜闇の町に、二人分の下駄の音が響く。

 無言のまま、二人は刻阪の言う「とっておきの場所」に向かって歩いていた。
 冷めた夜風に、刻阪の手の温もりは心地よくて、神峰はきゅう、と胸を狭くする。
 それがあまりにも幸せで、まるで永遠のようにも感じた。その時。


 ―――ヒュー…ドーン


「あ」
 空の一角が、華やかな色で煌めいた。二人で思わずそっちの方を見上げる。
「花火、始まっちゃったね。急ごうか」
 足を速めようとした刻阪を、神峰は思わず繋いだ手を握って引き留めた。
「神峰?」
「…あ、えっと…その」

 衝動そのままに行動したせいで、言葉に窮する神峰だったが、刻阪はちゃんと待ってくれている。
 それに励まされ、神峰はつっかえながら小さな願いを伝えた。


「あの、もう少し、このまま…二人で、歩いていてェ」

 手を繋いで、ゆっくりと。花火の上がる空を見ながら。
 二人だけの今の時間を、もう少しだけ。


 ―――神峰を見つめる刻阪の眼差しが、柔らかく細められる。

「いいよ、歩こうか」
 そう答えたその声は、優しく甘かった。
 少しだけ、繋いだ手にに力を込めると、二人は再びゆっくりと歩き出す。




 笛の音に似た、花火が上がる風切り音。
 大きなバスドラムのように、体の底まで震わす火薬の弾ける音。
 煌めく花火空の下、小さく奏でられる二人分の下駄の音。


 繋がった手の温かさと綯い交ぜになって、それはいつまでも神峰の胸の中に響いていた。
 
 いつまでも、神峰の心を掴んで離さなかった。






end.


+ + + + +

Twitterのハッシュタグ「週刊刻神」第1回お題「花火大会」にこっそり参加。
素敵なお題でとても楽しかったです。久々に情景描写に力入れられて満足!笑

Up Date→'14/8/11


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