あまえあい
「ありがとうございましたー!!」
練習が終わって、部員たちが一斉に帰り支度を始めた。
ざわざわ、がちゃがちゃ、おしゃべりと楽器の片付ける音の中で、刻阪は軽くため息をついた。
───ちょっと、疲れたな。
今日の指揮は神峰でなく谺だった。もう以前までのように第一線に立って指導する事はなくなったが、そのスパルタぶりは健在で、谺が振る時は漏れなく普段の倍は体力を消耗するのだった。
こういう時は、補給したい。ぼんやりと楽器を片付けながら刻阪は思う。
「かーみね」
練習室の一番後ろで、楽譜を広げていた神峰に刻阪は声をかける。他の部員が帰っても、神峰はまだ復習していたらしい。勉強熱心だ。
「あ、刻阪お疲れ」
楽譜から目を上げて、神峰は笑顔で返した。もう帰るのか、と聞く神峰に、刻阪は首を振る。
「いや、ちょっと来て」
「?」
言ったかと思うと、刻阪は練習室を出てどんどん廊下を歩く。それも昇降口とは逆の方向に。 きょとんと首を傾げながら、神峰は楽譜を片付けると刻阪を追いかけた。
やがて二人は誰もいない教室に着いた。部員たちが帰ろうとざわめいているのも、ここでは遠い。
「刻阪、どうした…っ!?」
訳の分かっていない神峰を、刻阪は唐突に抱きしめた。いきなりのことに神峰は動揺する。
「え、なっ、あ!?」
「んー、ちょっとこのままにさせて…」
わたわたと暴れる神峰に構わず、背中にしっかりと腕を回す。もう片方の手を頭を撫でるように添えると、神峰は大人しくなった。
しかも、おずおずと腕を回し返してくれる。それに、刻阪の心がきゅっと疼いた。
そのまま、神峰の体のあたたかさと感触に酔いしれる。
(ああ、癒されるなー…)
30秒のハグで1日の3分の1のストレスが飛ぶと聞いたことがあったが、どうやら本当の事らしいな、と思う。疲労から来る気だるさが、あっという間に霧散していくのが分かる。
唐突に抱きしめたまま動かない刻阪に、神峰が怪訝そうに聞いた。
「…どうしたんだよ、ホントに…」
「んー?ちょっとね、疲れたからさ。補給」
「…っ…た、確かに今日は谺先生サックスに厳しかったしな…」
あ、スルーされた。ひそりと苦笑しながら、刻阪は答える。
「ん…なかなか期待通りの音を出すのは難しいね」
「…でも、スゲェ良くなったぜ?」
「ほんと?」
神峰の言葉が嬉しくて、刻阪はぱっと体を離すと顔を輝かせた。
「ああ。やっぱ刻阪はスゲェよ」
「…ふふ、ありがと。元気でた」
すごいのは神峰の方だよ、と刻阪は胸中で呟く。だって、こんなにも幸せな気持ちにさせてくれるんだから。
やっぱり、神峰に甘えてみて良かったな、と思う。
「さ、じゃあ帰ろ──」
帰ろうか、と言いかけた刻阪の言葉が途切れた。というのも、神峰が刻阪の制服の裾を引いたからで。
「神峰?」
「…あ、のさ」
言いづらそうに、神峰がはくはくと口を開け閉めする。そして。
「きょ、今日…オレも、谺先生にしごかれたんだけど」
「…ああ、合奏の時に一緒に来てたのってそういう事か」
「あ、あぁ…だから、その…オ、オレも、ちょっと疲れたっていうか…」
後半は顔を真っ赤にしながら、ほとんど呟くように言う。
(…かわいいなあ)
神峰の言いたいことを察した刻阪は、思わず笑みを浮かべた。そして、迷わずに実行に移す。
「じゃあ、もうちょっとだけな」
囁いて、刻阪はもう一度神峰を抱きしめた。
「…うー」
神峰が呻く。けれど、きゅっと背中にしがみつく腕が、刻阪の答えが正解だということを示していた。
「よしよし、お疲れ様」
「子供扱いすんなっつの…」
「そんなつもりはないんだけどなぁ」
「……ウソだ」
「見えてないのに分かるんだ?」
「…なんとなく…って、やっぱウソついてんのかよ!」
冗談だよ、と返しつつ、刻阪はすぐ横にある神峰の頬に自分の頬をくっつけた。ふに、と当たる感触が気持ちいい。
すると神峰ははにかんで、顔を刻阪の首元に埋めた。ああ可愛い、と刻阪は抱きしめる腕を強くする。
「あったかいな、神峰」
「…ん、…」
こうしてじっくりとお互いの温もりを感じて、甘え合えるのが、とても幸せだと刻阪は、そして神峰も思う。
幸せを分かち合うように、二人は時を忘れてお互いを抱きしめていた。
end.
+ + + + +
ひたすらぎゅーしてる二人を書きたかっただけ。
甘いのが欲しいでござる。
Up Data→’14/7/17
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