口実なんて、いらない 1/2
なんだかんだいろいろあったけど、オレはやっとのことで鳴苑高校吹奏楽部の学生指揮者として、コンクールの指揮を谺先生から任されることになった。
で、谺先生はオレに、コンクールに向けて、練習計画を立ててみろっていう。初っ端から結構難題だ。
しかも、最初は私に質問はするな、っていうし…どーすっかなァ…
「どうした神峰、うかない顔じゃないか」
「刻阪!」
そうだ、刻阪なら聞いてくれるかも!
「実は…」
「ふーん、なるほど。谺先生相変わらずだね」
「で、その…良かったら、相談に乗ってもらえねェかと…」
「いいよ。僕でよかったら」
刻阪は、快く引き受けてくれた。あぁ、こいつが友達で本当に良かった!
結局谺先生からはさんざんダメ出し食らったけど、おかげで勉強にはなった。
今まで音楽知識とかは、自分の事で精一杯だったしなー。もっと頑張らなきゃな。
「どうだった?」
「いやー、全然ダメだった!オレ、まだまだたな」
「そうか…あんまり力になれなくてごめんな」
「そんなこと無ェよ!刻阪がいなかったら形にもなんなかったし。…あの、これからも話聞いてくれると助かる」
「…そっか。そしたら、喜んで」
といって、刻阪はにっこり笑ってくれた。心から。
嬉しくて、照れくさくて、オレもちょっと笑った。
数週間後。
「うん、大分マトモになってきたんじゃない? じゃあ、明日はこの通りやってみようか」
ついに、谺先生からお墨付きが貰えた。
「あざっす!」
「これからも精進するように」
「はい!!」
刻阪にこの事を言ったら、自分の事みてェに喜んでくれた。
「おめでとう!良かったじゃないか、頑張った甲斐があったな」
「サンキュー!刻阪が相談に乗ってくれたおかげだよ!」
あれからも、オレは分からない事があったり詰まったりすると、刻阪に相談に行っていた。
もちろん刻阪にも分からないことはあるんだけど、一緒になって考えてくれるのが、スゲェ心強かったから。
ホントにいい奴だ、今度なんかお礼しなきゃなー。
「うー、刻阪ぁ…」
今日は、ちょっと落ち込む事があった。
「どうした?」
「また星合先輩に怒られちまったよ…もっと金管も見ろって…」
「そっか…(うーん、どうしても僕が見ると木管、というかサックス贔屓になるしな)」
「刻阪?」
一瞬だけ、刻阪の心がどっか飛んで行った。なんだろ?
「…あ、悪い。…そうだな、今度練習計画出来たら音羽先輩とか、金井淵先輩にも聞いたらいいんじゃないか?」
「うーん…そう、そうだよな…」
「聞きづらかったら僕も一緒に行くし」
「…いや、そこまではさすがにワリィよ。ありがとな刻阪」
「…分かった。頑張れよ、神峰」
「おう!」
そして、その翌日。
「よかったぁー、今日は大丈夫だった!」
「良かったな!」
星合先輩にも褒められたし、金井淵先輩もなんだかんだ言って、ちゃんとオレの言いたい事聞いてくれた。頑張ってよかったな。
「はい神峰、お疲れ様ってことで」
「え? わ、これ明●の新作チョコ!」
相談してた時の合間に、食べたいなって言ったのを覚えてくれてたらしい。
…なんか、スゲェ嬉しい…。
喜んで美味いチョコをかじってたら、刻阪が少しだけ真剣な顔でオレを見た。
「なぁ神峰、僕ももっと頑張って勉強するよ。…神峰の力になれるように」
「刻阪…」
刻阪はいつもの通りのニュートラルさで、オレにはっきりそう言ってくれた。
ホント、いい奴にも程があんだろ…
でも、何日も練習計画を組んで、谺先生にダメ出し喰らいまくったり、木戸先輩や音羽先輩その他の方々から色々言われたりするうちに、結構オレの方も慣れてきた。
だから、刻阪に聞いてみようかな、と思う事もあまりなくなってきたりして。
…でも、刻阪と練習計画の話をしてる時間て、ホントに楽しいんだ。
練習の話だけじゃなくて、好きな曲の話から、近所に出来た辛いラーメン屋の話まで、どうでもいいことをいっぱい喋る。
そういうことって、他の人達ともしない訳じゃねェんだけど、刻阪と喋る時が一番楽しいんだよな。…それって、なんでなんだろう。
分からないけど、やっぱり一緒に居てェから、オレはつい刻阪に聞きに行く。
「なぁ刻阪ー、明日のこの曲なんだけど…」
「ん?」
これでいいんだよな、と思いつつ、ちょっとだけ迷ったから、オレは刻阪に聞いてみることにした。
居残り練習を終えた刻阪の前に、楽譜を広げる。
「ちょっとサックスとホルンが揃わねェから、いつもの通りの合奏じゃなくて、先にそこだけ合わせようかなって思うんだけど…でも最近ちゃんと全体でやれてねェから、どうしようかと思って」
「うーん、確かに僕もそこは気になったかも。…他のパートがちょっと勿体無いけど、やる価値はあると思うよ」
「んー、だよなぁ。…じゃあ、フルートとクラリネットとオーボエも、木戸先輩に見て貰うかァ」
あと、金管は音羽先輩に見てもらえばいいし、そうだ、どうせなら低音楽器を、まとめて川和先輩と御器谷先輩に揃えてもらおう。
1時間くらいやれば、どこもいい形になるんじゃねェかな。
うんうん、と勝手に頷いていたら、刻阪が感心したように言った。
「すごいな神峰、もう一人で全部組めるんじゃない?」
「へ?…そうかなァ」
確かに、随分前よりも迷う事はなくなったけど…
「最近ホラ、練習計画の話より雑談の方が多いし。…僕は楽しいからいいけどね」
ニコリと笑って付け加える刻阪に、なぜか胸のあたりがきゅって苦しくなった。
「…それは…」
オレもだ、って答えるのが、なんかハズい。
口ごもってしまったオレを、刻阪はなぜかニコニコしながら見ていた。
そんな、ある日のこと。
全体合奏が終わった後、オレは呆然と指揮台の前の椅子に座っていた。
言いたい事が何一つ伝わってくれない。指揮者と演奏者の間で虹がぷっつり途切れてしまって、挙句ケンカみたいになってしまった。
結局、そのまま練習はおしまいになって、オレはどうしたら良かったのか分からないままでいた。
「…神峰」
指揮台に突っ伏したオレの耳元に、優しい声が落ちる。
…その声が誰のかなんて、聞くまでもない。
「お前は悪くないよ」
「でも…!」
「神峰の言いたい事は僕にはよく分かったし、たぶん音羽先輩とか、他のパートリーダーもそうだと思う」
「……だけど、みんなの心がオレを見てくれなくなった……」
せっかく、ここまで来たのに。練習室が引っ繰り返ったのが「見えた」瞬間、オレは取り返しのつかない事をしてしまったんだと思った。
もう、ダメかもしれない。そう思うと、涙が溢れて止まらねェ。
その時、頭に柔らかい感触がした。
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