思いがけないConscience



 神峰が御器谷に認められるため、100曲の楽譜の写譜をするよう言われて3日。
 この3日間、神峰は部活に来ていない。
 一度刻阪が廊下で神峰と鉢合わせしたのだが、神峰は寝る間も惜しんで写譜をしているらしい。でも、御器谷を味方につけるためなら、と、神峰は笑っていた。

 吹奏楽部に入ってからの神峰は、刻阪が思っていた以上に努力家だった。
 他人が怖がっていたはずなのに、いざその時になると躊躇いなくぶつかっていき、どうにか問題を解決しようと走り回る姿には、少なからず驚かされた。

 そして今回も、神峰は全部の楽器が分からないと意味ねェだろ、と、総譜もパート譜も全部持ち帰っていた。
(本当によく頑張るな、神峰は)
 神峰と一緒に紙束を持ち帰りながら、刻阪は感心していたのだった。


「ありがとな刻阪、ここまで手伝ってくれて」
「いやいや、これくらいはするよ。友達だろ?」
 と言うと、神峰は照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑う。
「へへ、サンキュ」
 そんな嬉しそうな様子を見ると、刻阪の心もふんわりと温かくなる。

「…あんまり無理はするなよ?」
「大丈夫だって。じゃあな!」
 あっけらかんと言うと、神峰は家に入って行った。
 それを見て、刻阪は僕も頑張らないとな、と決意を新たにする。


 そして、次の日から神峰は部活に来なくなった。
 刻阪はサックスの準備をしながら、そういえば一人でこうやって練習に励むのは久しぶりだな、と思った。

(最近はずっと神峰が一緒だったからなぁ)

 半ば強引に神峰を吹奏楽部に引っ張り込んだ自覚はあったから、刻阪はとことん神峰のサポートをしてやろうと決めていた。事実昨日まではずっと一緒にいて、神峰が困った時にできるだけの事はしていた。
 というか、神峰の方も刻阪を頼りにして、ずっとくっついて離れなかったのもある。その事を思うと、ちょっとくすぐったくもなる。
 でも、悪い気はしなかった。

(頑張ってるかな、神峰は。いや頑張ってるよな)

 久しぶりにじっくりロングトーンを吹きながらも、刻阪の頭は神峰の事でいっぱいだった。
「あれっ」
 基礎練習の流れを、突如調子外れの音が阻害する。
 単純なリードミス。―――らしくない。
「まいったなぁ…ちょっと鈍ったかな」
 頭を振って、刻阪は再び練習に没頭しようとした。


 神峰の姿を見ないまま、数日が過ぎる。
 まだどれくらい楽譜は残っているのだろうか、挫けていないだろうか。
 神峰の頑張りを、御器谷先輩が認めてくれるといいけれど。

 打樋が、奏馬が、音羽が神峰をいないのを気にして、刻阪に様子を尋ねてくる。
 「あいつは今頑張っていますよ」とそれぞれに返しながら、刻阪もまた神峰に想いを馳せていた。


 そして、音羽が神峰の様子を尋ねた次の日のこと。
「あ」
 昼休み、刻阪は廊下の窓の向こうに神峰の姿を見つけた。
 神峰は教室を離れてどこかに向かっているみたいだったが、その足取りがふらふらしているのは気のせいではないだろう。

(やっぱり疲れてるんだろうな)
 少し音出しをしようと思っていた刻阪だったが、それは取り止めて神峰を追いかける事にした。


「…あ、刻阪じゃん」
 追いかけて辿り着いた校舎裏、木の根もとに腰を下ろした神峰が、へらりと笑って手を振った。

「久しぶりだな。どう、写譜は捗ってる?」
 隣に腰を下ろして、刻阪は尋ねる。
「んー、あともうちょっと…100枚ちょっととか?」
「すごいじゃないか」
「そっかなァ…でも、まだ終わんねェし…」
 と言うと、神峰はふわぁと大きな欠伸をした。相当眠そうだ。

「…大丈夫か? ちゃんと寝てる?」
 刻阪は心配になった。神峰はいったん頑張ると決めたら、自分の身も顧みず突っ走っていく性分なのはなんとなく分かり始めていた。
 果たして、神峰は鈍い動きで首を振る。
「んー…でも寝てる暇もねェっつーか」
「もしキツかったら、僕も手伝うよ?」
 すると、今度ははっきりと神峰は首を振った。

「いや、これはオレの戦いだから…大丈夫。つか、お前だってパート練習とか出なきゃダメだろ」

 僕は別にいいよ、と言いたかったが、神峰の言うことももっともだったから、刻阪は頷いた。
 もとより、刻阪は神峰のこういうところに好感を持っていたのだから。
「分かった。…写譜出来たら言えよ、持ってくのはさすがに手伝いいるだろ?」
「ああ、そん時はよろしくな」

 と言うと、神峰はまた大欠伸をひとつする。
「わりィ刻阪…オレ、ちょっと寝るわ…」
「いいよ、僕の事は気にしないで」
「…ん、サンキュ…」
 掠れ声で礼を言ったかと思うと、背中を植木の幹にもたせかけてことんと眠ってしまった。


「…やっぱり疲れてたんだな」
 無茶する奴だなぁ、と刻阪はひとり苦笑した。
 そして、眠る神峰の姿を、なんとはなしに見つめてみる。
 風に吹かれてかすかに揺れる髪。呼吸に合わせてゆっくり上下する胸。まぶたが柔らかく閉じられた、穏やかな顔―――

(…こんな顔するんだな)

 そのあどけない姿に、刻阪は微笑ましい気持ちになった。見つめる夜色の瞳が細められる。
(なんだか…可愛いな)
 吸い寄せられるように、そうっと手を伸ばすと、

 神峰の、頬に触れた。


「―――っ!!」


 思いの外柔らかかった感触に、刻阪は我に返った。
(いま、僕は…なにして…!?)
 知らず、顔が熱くなる。鼓動がにわかに速さを増す。
 行動も問題だったが、その瞬間に浮かんだ思考も問題だった。


 ―――まさか神峰が、かわいい、なんて


 瞼をこすってから、もう一度神峰の寝顔を覗く。けれど、浮かんだ感情はさっきよりも鮮やかに形を為して、刻阪を戸惑わせた。
 ゆるやかに曲線を描く頬が愛しいと思う。薄く開いた唇が気になってしょうがない。

(いやいや落ち着け、神峰は男で友達で)

 とりあえずこの場を離れよう、それともいっそ起こすか?いや、やっぱり疲れた神峰を起こすのは忍びない。
 混乱した頭で刻阪が立ち上がろうとした刹那、神峰が微かに吐息をもらした。そして。


「わ…!」

 刻阪は思わず声を上げた。
 ―――神峰の頭が、刻阪の肩の上に落ちたのだ。


 あつらえたようにぴったり収まった神峰の頭が、それは気持ち良さそうに寝息を立てる。
「……」
 言葉も行動も失って、刻阪は完全に硬直してしまった。
 よりによって、離れようとしたこんな時に。

 密着した温もりが熱い。首筋に触れる神峰の特異な質の髪がくすぐったい。
 それでも。

「…これじゃ動けないだろ、神峰…」

 無理矢理離れようという気には、どうしてもなれなかった。


 どうして、神峰の温もりをこんなにも離れがたく思うのか。自分の隣で安心しきっているのをくすぐったく思うのか。
 わからない、わからないけど。
 ただ、このまま寝かせておいてあげたいと思うくらいには、神峰のことを大切に想っているのは確かだった。

(これで授業遅刻したら恨むぞ…)
 一向に静まらない心臓を持て余したまま、刻阪は昼休みが終わるまで、神峰を起こせずにいたのだった。






end.


+ + + + +

神峰君の安らかな顔を見てみたいー
書きたい場面は浮かぶのに、文章に起こすのが難しいです。

Up Date→'14/6/1

[ 17/53 ]

[*prev] [next#]
[もどる]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -