去る年がくれた贈り物 1/2
2013年12月31日、大晦日。午後11時30分。
今年の年越しは、いつもとちょっと違う。
いつもなら、家族もいるリビングでみかんでも食いながら年越しを迎えるところだが、今年のオレはさっさと自分の部屋に引っ込む。
そして、自分の部屋の小さなテレビの電源を点けた。
「おー、ホントにやってるよ」
映し出されたオーケストラに、オレはひとりで小さく歓声を上げる。
これ、年越しをオーケストラの演奏と共にしよう、っていう主旨のコンサートを中継している番組らしい。上手いし、感動するから見てみなよ、ってんで、刻阪が教えてくれた番組だ。
「ほんとだ、上手ェ…」
テレビ越しだから曖昧だけど、色彩も風景も、画面から零れてくるくらい豊かで、もちろん音もいい。華やかで、厚みもあって、聴き応えがある。
なんか、ちょっと変なカッコした演奏者がいるけど…。
何より、指揮者がカッコいいって思った。指揮そのものも、そこから見える姿勢も、情熱も。
名前も顔も知らない人だったから、ああやっぱオレはまだまだ勉強不足だなー、って痛感する。
―――ああ、そういやオレって、こんなに音楽好きになったんだなァ…
今の自分と、今までの自分を比べて、そう思う。
1年前は、自分がこんなに音楽に夢中になるなんて思いもしなかった。来年自分がどうしているかなんて、想像もしなかったんだ。
一緒に部活やろうとか、この番組見てみなよ、なんて言ってくれるヤツに、会えることだって。
それだけじゃなくて、今年はいろんな人に会えたなー、って思う。
「あっ、打楽器映った」
ティンパニの手さばきキレてんなこの人、でも打樋先輩の方が楽しそうに叩くよな。
お、今度はトランペットか。ソロ吹いてたこの人、音羽先輩とどっちが上手ェかな。
色んな楽器がアップで映る度、鳴苑で同じ楽器を演奏している人たちの顔が思い浮かぶ。
こんなにたくさんの人を、大晦日に思い出すなんて事も今までなかった。それだけで、今年はいい年だったと、心底そう思う。
「あ、でもこのオケ、サックスは居ねェんだな…」
てことは、もしオレが将来この楽団で指揮振ることになっても、刻阪は居ないんだ。
……勿体ねェの。誰よりもあいつが、人の心掴む音が出せるのに。年越しっていう場に絶対相応しいのに。
そんな事を考えていた最中、唐突に、机の上のケータイが鳴った。
「誰だ、こんな時間に…?」
もう年越しまであと30分もない、こんな夜遅くにメール?
ケータイの画面を開いてみて、オレは目を丸くした。
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2013/12/31(火) 23:41:11
From: 奏馬 俊平
件名: あけましておめでとう
神峰君、あけましておめでとう。
少し早いけれど、回線が混んで送れなくなると困るからね。
2014年、ますます良い指揮を期待しているよ。
そして、一緒に全国へ行こう!
今年(まだ来年だけど)もよろしく。
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「奏馬先輩…」
ビックリした。これって、ひょっとしてあけおめメールってやつ? ヤベェ、人生で初めてかもしんない! 少し早めに送ってくるってのも、なんだか奏馬先輩らしいな。
しかも、一緒に全国行こう、だって。メールくれただけでも十分なのに、ここまで言ってくれるって、すごく嬉しい。
返信するのも忘れてメールを食い入るように見つめていたら、年越し前の最後の曲が始まった。
これが演奏終わる瞬間に年越しを迎えられるようにって、指揮者が頑張って時間調整するって刻阪に聞いたんだ。それってスゲェよな!
その瞬間を逃したくなくて、オレはまたテレビにかじりつく。
年越しに向かって、奏でられる壮大な曲のクライマックスに向かって、演奏者のテンションが上がってくるのがテレビ越しでも分かる。
そうこうするうちに、あっという間に年越しの2分前。
あっ、カウントダウンの…なにこれ大時計? そんなんあるのか、オレもテンション上がる。
そして、曲が最後のハーモニーを華々しく響かせたその瞬間。
―あけましておめでとう―
見事、演奏終了と同時に、2014年を迎えたのだった。
「はー、凄かった…」
刻阪の言った通りだ。ホントに感動したよ、オレ。
指揮者が、楽団が挨拶している。この場で指揮できたら、きっとスゲェ楽しいんだろうな。
ぼーっと余韻に浸ってたけど、手に持っていたままだったケータイがなんか光ってるのに気づいた。
…え、打樋先輩からLINE?
『神峰!あけおめだぜコノヤロー!
今年もよろしくだぜ!ウシャアアアア!!』
「……」
スミマセン、ちょっと笑っちゃいました。
年明けからテンション高っけーなァ、でも先輩らしくていいと思う。
と思ったら、また通知が来た。えっと、えっ、今度は音羽先輩?
『あけましておめでとう。
今年はもっとオレを楽しませろよ、指揮者志望』
…相変わらずだ。やっぱ暴君って感じするなァ、頼もしいんだけどさ。
にしても奏馬先輩、打樋先輩、音羽先輩…こんなに挨拶貰ったって、いっぺんに返信出来ねェよ!
どうしたもんか、って思ってたら、またケータイが震えた。
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2014/01/01(水) 00:06:42
From: 御器谷 忍
件名:
あけましておめでとうございます。
去年はお世話になりました、ありがとう。
ボクみたいな部内ヒエラルキーの最下層にいるみたいな人間がこんなこと言っても、嬉しくないだろうけど…
え、えっと。今年もよろしくお願いします。
あ、あと恵の事も、よろしくお願いします。
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こっちもこっちで…この人はなんでこんなに卑屈なんだろう?
そんな事ない、嬉しいっスよ、御器谷先輩。ありがとうございます。
って返信しようと思ったら、またメールだ。
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2014/01/01(水) 00:09:06
From: 邑楽 恵
件名: あけましておめでとう
…今まで言ってなかったけど、去年のことは…一応お礼言っとく。
今年も頑張りなさいよ。
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…なんだろう、すごく、ジーンとくる…。
ていうかあけおめメールって凄いんだな、邑楽先輩からもメールもらえるなんて…。
つーか、さっきから何なんだ!?内容確認する間もなくどんどんメールとかLINE通知くんだけど!?
吹越先輩、歌林先輩、伊調、滝田さんに今金、木戸先輩、モコちゃん、弦野、楓さん、…――
今年、いやもう去年か、関わってきた人たちみんなから、あけましておめでとう、って連絡がもらえた。
…どうしよう、オレ、年の初っ端からこんな幸せでいいのかな。
あけおめメールなんてオレには関係ないって、今までは思ってて、存在すら忘れてたくらいなのに。
あれ、でも。
―――刻阪からは、来ていない。
メールボックスも探してみたけれど、嵐のように来たメールの中に、刻阪の名前はない。
(…なんでだろ)
寝ちまったのかな?でも番組を教えてくれたのは刻阪だ、アイツが見てねェはずねーだろ。
だったら、なんで…?
あけおめメールなんて誰もがやる事じゃない、ってことぐれェ分かるけど…。
それでも、刻阪からそれがない、ってだけでこんなに落ち込む自分に驚いた。
あ、でもオレからしたらいいのか。メール。それで、…刻阪は喜んでくれるかな?
だって、刻阪は去年一番オレがお世話になったヤツなんだ。指揮者になれって言ってくれて、いつもずっと傍にいてくれて。
刻阪がいなきゃ、オレは。
その時、握り締めていたケータイが、震えた。
メールでも、LINE通知でもない、それは。
『着信:刻阪 響』
「…ッ!!」
オレの手が、震えた。
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