そうだ、結婚しよう。



 ♪ピンポーン

 神峰は、とあるこじんまりしたマンションのエントランスでインターホンを鳴らした。
 刻阪が、音大入学と同時に独り暮らしを始めた場所だ。

「会うの、久しぶりだなァ…」
 神峰はひとり胸をわくわくさせる。
 刻阪の通っている音大を、勿論神峰も目指していたのだが、残念ながら神峰は一度で受かることが出来なかった。
 仕方ないので、受かった刻阪は独り立ちして上京し、神峰は群馬に残って受験勉強に勤しんでいた。
 ―――すべては、二人で同じ舞台に立つそのために。

 そんなわけで、今日は勉強や練習で忙しい二人が、なんとか都合をつけて会える久しぶりの機会なのだ。


 しかし、インターホンを鳴らしてまるまる1分、出る気配がない。
「……刻阪ァ?いねーの?」
 声に出したあとで、もう一度呼び出してみる。

 ♪ピンポー『神峰!?』

 呼び出し音が鳴り終わらないうちに、刻阪の声が割り込んできた。
「刻阪!オレです神峰です!」
『うぁ、来ちゃったか…』
「へ?」
『いやっ、大丈夫だ!寧ろ助かったかも…ええと、ああそうだ、とりあえず上がってくれ!』
 言い終わるが早いか、自動ドアが開く。
「……?」
 妙に慌てた様子の刻阪に、疑問符をいっぱい浮かべながら神峰は中へ入っていった。

 部屋の前に立って、再びインターホンを押す。すると、今度はすぐ刻阪が出た。
『神峰か?えっと、今手が離せないから、勝手に入って―――ってうわ!?』
「ちょ、えっ??刻阪!?」
 刻阪らしからぬ悲鳴が上がったと思いきや、それきり応答がない。
「刻阪!おい!?」
『……』
「は、入るぞ!」

 意を決して、神峰はドアを開けた。
 すると。


「うわ、くっさ!何だコレ!?」


 神峰も思わず悲鳴を上げた。部屋に、何やら異様な臭いが立ち込めている。
「刻阪!何してんだよ!?」
 靴も放り出して玄関から奥に駆け込めば、そこで神峰を待っていたのは大惨事だった。

 独り暮らしの狭い台所はよく分からない物体が散乱しており、コンロの上の鍋は中身が真っ黒。
 立ち込めていた変な臭いの元は、どうやらこの鍋の中身らしい。
 そして、当の刻阪はといえば。

「…や、やぁ神峰、久しぶり…」
「刻阪カオー!!そして心ー!!」

 顔は魂が抜けたような笑みで、心は真っ白に燃え尽きていたのだった。


 +


「…で、ホントに何してたんだよお前…」
 だいたい台所を片付け終わったところで、神峰は聞いてみた。
「ああ、うん…せっかく神峰が来るから、お昼でも作ろうと思ったんだけどね。あんまり上手くいかなかった」
「あんまりってレベルじゃねェだろアレ!?つーか何作るつもりだったの」
「……カレー?」
「何で疑問形!?」

 とりあえずツッコミたいように突っ込む神峰だったが、刻阪は落ち込んでいた。
「……ごめん、久しぶりなのにまともに迎えてあげる事もできなくて」
 見た目も心もすっかり悄気きった刻阪を見て、さすがに神峰は慌てる。
「あ、え、いや…べ、別に怒ってる訳じゃねェしよ! …つか、気持ちは嬉しいし…」
「神峰……」
「…なあ、刻阪ってふだん料理してんの?」
「え?…うーん、そうだなあ」

 聞かれて、刻阪は首をひねる。
「朝食は適当にトーストはするけど…昼は学食で食べるし、夜はなんか買って帰っちゃうから、そんなにはしないかな」

「……それって、殆どしたことねェんじゃん……」
 やっぱりツッコミつつ、神峰は頭を抱えた。それでよく料理する気になったものだ。その気持ちはやっぱり嬉しいけれど。
 
「あ、ていうか課題とかやってると夕飯忘れることも多いな」
「そーなの!?」
 付け加えるような刻阪の言葉に、今度は驚いた。

(知ってたけど、どんだけストイックなんだよ刻阪!知ってたけど!!)

 ―――きっと、この分では碌な食生活をしていないのではないだろうか?
 そう思った時、神峰の心は決まった。

「いいよ刻阪。オレが作る」
「えっ?」


 +


「…美味しい…!」
 1時間後、刻阪家のちゃぶ台には二人分のカレーがほかほか湯気を上げていた。
「そうか?良かった」
 無事喜んで貰え、作った方の神峰はほっと一安心する。
「すごいな神峰!いつこんなの覚えたんだ」
「あ? えーと結構前かな。浪人始めてから家にいること増えたから、共働きの親の代わりみてェな」
「そうか…」

 頷いたっきり、後はすっかり食べるのに夢中な刻阪を横目に、神峰は自分もカレーを食べてみる。
(…うっ、辛ぇ…)
 辛党の刻阪に合わせた味付けにしたため、ちょっと涙目になってしまった。
 それに、刻阪が気づいて。

「神峰、どうしたんだ?」
「…あー、やっぱオレにはちょっと辛かったかなー、って…」
「……僕の好みに合わせてくれたのか?」
「そ、そりゃそうだろ、食うのお前なんだし…」
「……」


 その時、白い花弁が舞った。


(……えっ?)
 透き通るような青い空を背景に、西洋式の白い建物が見える。

 ―――あ、これ前に刻阪がソロ吹いた教会だ

 と、神峰が思った束の間、唐突に鐘の音が鳴り渡り、コンサートの終曲が終わった後のような歓声が上がる。
 そして教会から深紅の道が現れ、その奥に二人の人物のシルエットが浮かび上がる。片方はヴェールに隠され誰だか分からないが、もう片方は見覚えのある横顔だ。

(まさか、あれは)

 その、見覚えのある整った横顔が、ゆっくりと口を開いた。そして。


「結婚しよう」


 刻阪の、声が聞こえた。

「は……?」
 神峰は呆然としていた。スプーンを持った手が宙に浮いている。
「…神峰?なんで真っ赤になってるんだ?」
 当の刻阪は不思議そうに神峰に聞く。
「お、おまっ、何考えて…」
 聞かれても、神峰はしどろもどろだった。
 だって、今しがた見えた光景はどう考えても。

(結婚式そのもの、じゃねェかよ…!)

「…あ、もしかして僕、口に出してた?」
 その問いには、神峰はこっくりと頷く。
「そ、それもそうだけど、なんつか、バレバレだった」
「……そっか。うん、そりゃそうだよな」
 うん、と、やや気まずそうにしながらも刻阪は納得する。

「…いまさ、すごく幸せだなって思ったから。だから、これが日常になったらいいな、って思ったんだ」
 そう言って、刻阪はふっと微笑んだ。それはあまりにも甘い表情で。

 今にも頭が沸騰しそうになった神峰は、思わず顔を伏せた。
「それで、その…結婚、かよ」
「…嫌だったか? そういう事」
 聞かれて、神峰は小さく首を振る。
「嫌じゃ、ないけど…オレたち男同士だし」
「外国行っちゃえば関係ないよ。特にヨーロッパは」
「一緒に住んだって、生活してけねェかもしんないぞ」
「お前と一緒なら、なんだって平気だよ」
「つか、まだオレ音大に受かってすらないのに」
「神峰は絶対受かる。それに、一緒に世界に立とうって言ったのは僕の方なんだから、それを叶えるまではずっと待ってるさ」


 ―――だから、これからもずっと一緒にいたいな。


 言葉でも、心でもはっきり言い切った刻阪に、神峰は返す言葉がない。
「…泣くなよ、神峰」
「お前のせいだろ…ッ」
「それが返事だって事だよな。ありがとう」
 よしよし、とちゃぶ台越しに頭を撫でられる。恥ずかしいから絶対見れないけれど、たぶん刻阪はすごくいい笑顔をしているのだろう。



「とりあえず、また来る時は僕にご飯作ってよ」
「…分かった、けど…つーか教える、このままじゃお前碌なモン食わねェだろ」
「本当?それはそれでいいな」
 神峰に料理を教わるのかぁ、と刻阪は目をキラキラさせた。
 それを見て、神峰もちょっと考えてみた。


 刻阪の帰りが遅いなら、神峰が夕飯を作って待つ。逆に神峰が遅い時は、刻阪が作って待っててくれる―――


(……確かに、それってすげェ幸せだな)
 そんな未来を想像して、神峰は一人で微笑んだのだった。


 直後、刻阪のあまりの料理オンチっぷりに、神峰が再び頭を抱える事になったのは、また別の話である。





end.


+ + + + +

かるらさん主催『108組の刻神結婚企画2013』に参加させて頂いたものです。かるらさん、pixivで閲覧頂いた皆様、本当にありがとうございました。
料理に限らず、刻阪の生活力はあんまり高くないような気がしてなりません。

pixiv投稿→'13/12/31
サイトアップ→'14/1/10

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