死神の時間
side.堀部 糸成
「名前っ」
俺は牢の中から脱出した後、すぐに名前の元へ走った。
死神は名前を置いて逃げる前、彼女が痛めないようにと綺麗に寝かせてからその場を去ったようで、仰向けに寝かされていた。
「……気絶してるだけか」
気絶した名前の表情は、どこか苦しそうに歪んでいた。そんな彼女の表情を見つつも、俺の視線は名前の項……触手が埋め込まれた部分に目が向いていた。
「イトナくん、苗字さんの容態を確認させてください」
「殺せんせー。……分かった」
名前の容態を確認していると、隣に殺せんせーがやってきた。
……流石に俺だけで診きれない。ここは任せよう。
殺せんせーは触手を伸ばし、名前の容態を確認し始めた。しばらく診たあと、殺せんせーは俺に視線を移した。
「どうやら気絶しているだけのようですね。触手の影響を受けていたようだったので、心配だったんですが、今は落ち着いているようです」
「けど、名前が触手を暴走させたのは事実だ。……それも、この短期間で」
「何かわりーことでもあンのかよ」
「寺坂」
殺せんせーと話していた時、会話に割って入ってきたのは寺坂だった。……悪い事、か。
「触手は強い力と引き換えに身体にデメリットを負う。間違いなく名前は万全の状態ではなかった。……今すぐ触手の状態を診なければならない」
「触手を持っていたからこそ分かるって奴か」
触手は宿り主の感情に敏感だ。それがあるもの…触手の問い掛けに対して答えた時の気持ちに近ければ近いほど、触手はより強く反応する。
「……名前は、あの男に対して何か強い気持ちがあったのか?」
「どうして、そう思う?」
「俺が強さを求める力を欲し、触手に縛られていたように、名前はあの男に縛られている可能性が高い」
それに、渚が言うには……死神と名乗った男と名前には面識がある。それに、憧憬の対象であったとも。
……それにしては、怒りの感情が見えた気がしたが。いや、あの時点で名前は既に触手に浸食され始めていたのだろうか。
怒り……そうだ。怒りと言えば。
「”どうして勝てない”」
「あ?」
「名前が気絶する寸前に、そう言っていた」
俺自身、何度も心の中で思ったことがある言葉。どうして、勝てない。何故勝てない、と。
殺せんせーに勝てない自分に腹が立ったこともあった。
俺の場合はシロに触手を植えられ、その過程で殺せんせーに対し「殺す」感情を植え付けられた。初対面であったにも関わらず、だ。
だが、名前の場合は違う。明らかに相手にも認識があった。会話内容も、名前がE組に来てからのものとは思えない。
つまり、E組に来る前から死神と名前は面識があり、彼女が怒りを抱く程の何かがあった。それも、はっきりと「殺す」と言うほどの何かが。
「俺は、まだ名前について分からない事が多い」
「オメーだけじゃねーと思うけどな」
「俺の場合、お前らとは少し違う。対面する前から名前は俺を知っていて、今もその罪滅ぼしとして助けて貰っている。……だから」
だからこそ、力になりたい。
俺を救おうと行動してくれた名前の役に立ちたい。
……彼女の命を脅かす触手についてなら、詳しい自信がある。それ以外にだって、彼女の力になれるのなら、俺はなんだってやる。
「イトナ、オメー……」
「なんだ寺坂。言いたい事があるならはっきり言え」
「……オメーは苗字のこと、」
「堀部君、寺坂君」
「!」
寺坂の言葉を待っていると、後ろから声を掛けられる。振り返れば、そこには烏間先生が俺達を見ていた。
「場所を移動する。……君たちも死神と関わったんだ、真実を知るべきだろう」
周りを見れば、クラスメイトの姿がない。どうやら移動してしまったらしく、俺達に声を掛けに来た様だ。
俺と寺坂は烏間先生の指示に頷き、身体を起こす。……いや、起こそうとした。
「では苗字さんは私が」
「俺が名前を運ぶ」
「イトナくん……はい、分かりました。では、お願いします」
名前を抱えようと触手を伸ばした殺せんせーを見て、俺が名前を抱えたいと思った。それを伝えると、殺せんせーは俺の背中に名前を乗せてくれた。……横で寺坂が身長差で弄ってきたので、思いっきり足を踏んづけておいた。
「行くぞ」
背中に感じる温もりと、重み。視界の端に僅かに見える黒色が混じった金色の髪は、間違いなく名前だ。
……だが、身長の割にはあまり重さを感じない。名前、お前は触手以外に何かヤバい事に手を出している……なんて言わないよな。
***
「実際に死神と戦って思った事がある。1つ1つのスキルは死神の名に相応しいものだが、爪も脇も甘すぎる」
殺し屋の世界で最強と言われる存在、死神。あの男を烏間先生は倒したのか。……これを知った名前はどう思うのだろうか。
あんなにも「殺す」と怒りの感情をぶつけていた相手を、身近な存在が倒したのだ。何かしら思うところはあるだろうな。
「決して苗字さんが劣っていると言っているわけではない。人にはそれぞれ得意分野がある。……彼に対する有効な手札が、苗字さんにはなかったんだろう」
「あの時、死神と対峙していた名前は明らかに隙が多かった。死神に有利な状況を与え続けていた。その原因は、間違いなく死神に対する怒りの感情だ」
「冷静であったのなら、結果は変わっていたかもしれない。そういう事だな」
死神は名前が怒りの感情を持つほどの相手。
……そういえば彼奴、ある人物にも怒りを顕にしていたな。
ある人物……それは、俺に触手を与えた存在、シロ。
彼奴と対面したときの名前のある発言が今でも引っかかっている。
『……兄弟設定。あれ、触手だけの話じゃないだろ』
今回の死神と同じく、名前の怒りは触手を活性化させ、暴走へと至った。……この二人に何の共通点がある?
触手の暴走が名前の怒りによって引き起こされているのは間違いないはずだ。
……そうか。俺は知らないんだ。
名前が触手を着けた裏にある真実を。触手が暴走するほどに怒りの感情を顕にした死神とシロに抱える怒りとは、一体何なのだろう。
……事が終わった後、名前に聞こう。命に関わるんだ、隠すのなら無理矢理にでも聞き出さなければ。
「着いたぞ」
そう言って烏間先生は足を止め、こちらを振り返った。
その先ではクラスメイトが1つの場所を見つめていた。その視線の先が何か気になった俺は、皆の視線を辿った。
「!」
そこには、見覚えのある服装を身に纏った……男性。だが、その顔はまるで別人だった。
「変装の為に顔の皮を剥いだそうだ」
「変装……」
変装。
それは名前が最も得意とする分野だと、俺は認識している。
それを知ったら、名前はどう思うんだろう。
「驚異的なスキルを持った男だったが、過信し過ぎていた」
「影響を与えた者が愚かだったのです。本来、もっと正しい道でスキルを使えたはずなのにに」
「人間を生かすも殺すも、周囲の世界と人間次第か」
烏間先生が小さく呟いたその言葉に俺は反応した。
何故なら、死神と共通点がある名前にも、言える事ではないのかと思ったからだ。
「そう言う事です。ね、イリーナ先生!」
「え」
「てめー、ビッチ!!」
「なに逃げようとしてんだコラ!!」
「キャアアアアアアッ!!!?」
……だが、その考えはすぐに消えることになった。
何故かと言うと、殺せんせーがコッソリその場を離れようとするビッチ先生に声を掛けたことで、みんながビッチ先生を追いかけ始めたからだ。
俺は名前を抱えていたので参加してない。……元々参加する気などなかったが。というより、全員で逃げるビッチ先生を追いかける意味はあるのだろうか。あっという間に捕まったビッチ先生を見て、俺はそう思っていた。
「いった……ッ、ああもう、好きなようにすりゃあ良いわ!! 男子は溜まりまくった日頃の獣欲を!! 女子は私の美貌への日頃の嫉妬を!! 思う存分、性的な暴力で発散すればいいじゃない!!」
「発想が荒んでんなー」
……言っている意味があまり分からん。だが、周りの反応を聞いた感じ、下な話であるのは分かった。
「いいから普段通り学校来いよ。何日もバッくれてねーでよ」
「続き、気になってたんだよね。アラブの王国たぶらかして、戦争寸前まで言った話!」
「来ないなら先生に借りてた花男の仏語版、借りパクしちゃうよ?」
ほう、まさか寺坂のやつからそんな言葉が出るとは。
……俺はまだ、ビッチ先生とそこまで多く関わっていない。だが、名前と仲が良いという話だけは知っている。
……だから俺は、名前の為に思おう。E組に戻ってこい、と。
「……殺す直前まで行ったのよ、あんた達の事」
「何か問題でも? 裏切ったりヤバい事したり、それでこそのビッチじゃないか」
「たかがビッチと学校生活楽しめないで、うちら何の為に殺し屋兼中学生やってんのよ」
驚いた様子のビッチ先生。
もし名前が起きてたら、今のビッチ先生の顔を見てどんな言葉を掛けたんだろう。
「そういう事だ」
そう思ってると、烏間先生がビッチ先生に声を掛けた。その手には1本の薔薇が。……あの薔薇、どこにあったんだろう。
「この花は生徒達からの借り物じゃない。俺の意思で敵を倒して得たものだ。……誕生日は、それなら良いか?」
「…………はい」
烏間先生が差し出した薔薇をビッチ先生が受け取る。その様子を見ていたクラスメイトは騒がしい声を出す。確か、からかいの意味があるんだったか。
そんな大きな声を出したら、名前が起きるだろ。そう思いつつも、この光景は名前も見たかったものだろうから黙っておく。
「烏間先生、いやらしい展開に入る前に一言あります」
「断じて入らんが言ってみろ」
「……今後、このような危険に生徒達を決して巻き込みたくない。安心して殺し殺されることができる環境作りを、防衛省に強く要求します」
そう考えていると、真面目な話に変わった。
そして、俺と名前の頭に殺せんせーの触手が伸びてきて、触れた。……どうやら殺せんせーは、この件についてかなり怒っているらしい。
「……わかってる」
もう二度と、みんなが危険な目に遭わない様に。
……殺せんせーは生徒を大事にしている。その気持ちはどこから来ているのだろう。ましてや、俺は何度も殺せんせーの命を狙ったというのに、当然のように受け入れられた。
「さて、もう此処にいる理由はありません。早く脱出しましょうか」
「ああ。ここは電波が通らないから、死神の引き渡しについて早く連絡しなければ」
「やーっと終わった! 腹減ったー」
重々しい空気が消え、いつも通りの光景に戻った。
……全部、すべて終わったんだな。そう思っていたときだ。
「う、うぅ……っ」
「! 名前?」
少し苦しそうな声を出した名前。横目で様子を窺えば、起きた様子。
「名前、具合はどう?」
「え、名前起きたの! もう、心配したんだよ〜?」
「もう全部終わってるよ、あとは帰るだけ!」
俺の声に反応した数人が周りに集まり、名前に声を掛けていた。ゆっくりと首を上げた名前は、周りを見ているようで、まだ意識ははっきりしていないんだと思う。
……そう思っていたときだった。
「っ、!?」
突然名前が暴れだし、俺の背中から降りたのは。
「___ようやくだ」
そして、あっという間に姿を消し……声が聞こえた時には。
「いつの間に……!?」
気絶した死神の前に名前が立っていた。
他の声も聞いてみる?
赤色の声
焦げ茶色の声
2023/10/21
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