死神の時間


side.磯貝 悠馬



「名前!!」


俺は牢の中から脱出した後、真っ先に倒れている彼女、名前の元へ走った。
死神は名前を置いて逃げる前、彼女が痛めないようにと綺麗に寝かせてからその場を去ったようで、仰向けに寝かされていた。


「……っ」


気絶した名前の表情は、どこか苦しそうに歪んでいた。白いその頬に手を伸ばして……止めた。女性に許可なく触るなんて失礼だからな。


「磯貝くん、苗字さんの容態を確認させてください」

「殺せんせー。……はい、お願いします」


後ろから声が聞こえたと思えば、隣に殺せんせーがやってきた。殺せんせーは触手を伸ばし、名前の容態を確認し始めた。しばらく診たあと、殺せんせーは俺に視線を移した。


「気絶しているだけのようですね。触手の影響を受けていたようだったので、心配だったんですが、今は落ち着いているようです」

「触手……そう言えば、数日前も触手の影響で暴走していたんですよね?」

「あん時の苗字、本当に人間か疑ったぜ。まあ、触手のおかげなのは分かるんだけどよ」

「前原」


俺と殺せんせーの会話に参加したのは、前原だった。確かに前原の言う通り、あの時の名前は本当に人間なのかと思ってしまった。

……そして、つい数分前に死神と戦っていた名前も。


「さっき渚が言ってたけど、苗字と死神は認識があるんだろ? それに、話に寄れば憧れの対象だったって話だ」

「あの様子が憧れている人に対する態度か?」

「あれじゃね? 仇で返すタイプとか」

「確かに名前ならやりかねない気がするけど……俺は違う気がするんだ」


一瞬だけ前原の言葉に同意しそうになった……危ない、危ない。


「なんでそう思うんだよ?」

「えっと……何となく」

「はぁ? 何だそりゃ」


俺が違うと思った理由。……前原に言えるわけがなかった。
だって名前は、殺したい人がいると言っていた。それも、1人じゃない。

俺はあの時、名前が死神に対して放った言葉が気になっていた。


『僕はあの人のためなら、命だって差し出してやる……死んだって構わない』


正直、俺は人の善悪を見抜けるような人間ではないと思ってる。でも、あの時の名前が放った言葉は……本心だと思ったんだ。

だから、死神に対し「殺す」と放った名前は本気だった。本気で死神を殺す気だったんだ。


「”どうして勝てない”」

「え?」

「名前が気絶する直前、そう言ってたんだ」


名前が殺したい相手の1人。……それが死神だと思った。間違いなく本心だと思われるあの言葉が、俺が聞いたあの言葉に対する回答な気がしてならない。

名前は死神に勝てなかった。それも、イトナが言うには名前は触手に精神を乗っ取られていたらしい。

……そういえば前に言ってたよな。イトナの件で名前も触手を持っていたことが判明し、名前が触手を着けた理由を話していた。「強くなりたかったから触手を着けた」と。


「一応気になっている事はあるんだ。死神と名前には”あの人”と呼ぶ存在がいる。それはつまり、二人はただの知り合いと片付けられない関係で、共通認識がある」

「なるほど」

「名前が死神を殺したいと思っているのは事実だ。……けど、それが正しいとは思ってない」


人を殺せば、名前が抱える怒りが晴れる?
……いくら殺し屋として人を殺めてきたとしても、慣れるはずがないんだ。その感覚にも、後悔にも。あの日、触手を暴走させて泣いていた名前から、俺はそう読み取った。

名前は死神に『あの人』と呼ぶ人を何かされた。その復讐みたいなもので死神を殺すと言っているのだろうか。


「あの人……一体名前の言うあの人は、誰の事なんだろう」

「こればっかりは本人に聞かねーとわかんねーわ」

「磯貝君、前原君」

「! 烏間先生」


前原と話し込んでいると、後ろから俺達を呼ぶ声が聞こえた。振り返ればそこには烏間先生が、こちらを見下ろしていた。


「場所を移動する。……君たちも死神と関わったんだ、真実を知るべきだろう」


気がつけば、みんな移動を始めている。
俺と前原は烏間先生の指示に頷き、身体を起こす。……いや、起こそうとした。


「では苗字さんは私が」

「待ってください、殺せんせー。俺が名前を運びます」

「磯貝くん……はい、分かりました。では、お願いします」


名前を抱えようと触手を伸ばした殺せんせーを見て、俺が名前を抱えたいと思った。それを伝えると、殺せんせーは俺の背中に名前を乗せてくれた。


「よし、行こう」


背中に感じるもの。視界の端に僅かに見える黒色が混じった金色の髪。それは確かに名前だというのに、すぐにいなくなりそうな気がしてならなかった。



***



「実際に死神と戦って思った事がある。1つ1つのスキルは死神の名に相応しいものだが、爪も脇も甘すぎる」


烏間先生、あの死神を倒すなんてすごいな……。でも、これを知った名前はどう思うだろうか。
あんなにも「殺す」と言っていたんだ。きっと何かしら思う事はあるはず。


「決して苗字さんが劣っていると言っているわけではない。人にはそれぞれ得意分野がある。……有効な手札が苗字さんにはなかったんだろう」

「それでも、名前は死神に勝ちたいと、殺したいと思っていました」

「人の心はそう簡単には落ち着かない。それが自身に強く影響を与えたのであれば尚更だ」


死神は名前に強く印象を与えた。
……それは、憎悪というもので。やっぱり前原の言う通り、仇で返そうとしているのだろうか。

でも、それは違うと思う俺もいるわけで。……なぁ、教えてくれよ。お前はどうして死神を殺したいと思っているんだ?
お前の言う”あの人”は誰なんだ?

……俺に、話せない事なのか?
なんて、眠ってる彼女に届くわけないのに、な。


「着いたぞ」


そう言って烏間先生は足を止め、こちらを振り返った。
その先ではクラスメイトが1つの場所を見つめていた。その視線の先が何か気になった俺は、皆の視線を辿った。


「!」


そこには、見覚えのある服装を身に纏った……男性。だが、その顔はまるで別人だった。


「変装の為に顔の皮を剥いだそうだ」

「変装のために……」


変装と言えば、名前が最も得意としていて、本人もよく口にしているものだ。……名前はこの事について、知っていたのかな。


「驚異的なスキルを持った男だったが、過信し過ぎていた」

「影響を与えた者が愚かだったのです。本来、もっと正しい道でスキルを使えたはずなのにに」

「人間を生かすも殺すも、周囲の世界と人間次第か」


烏間先生がボソッと呟いたその言葉は、俺を反応させるには十分だった。
……目の前で倒れた死神と共通点がある名前にも、言える事ではないだろうか。そう思ったからだ。


「そう言う事です。ね、イリーナ先生!」

「え」

「てめー、ビッチ!!」

「なに逃げようとしてんだコラ!!」

「キャアアアアアアッ!!!?」


……けど、その考えはすぐに吹っ飛んだ。
何故なら、殺せんせーがコッソリその場を離れようとするビッチ先生に声を掛けたことで、みんながビッチ先生を追いかけ始めたからだ。

俺は名前を抱えていたから参加してないけど、みんな揃って逃げるビッチ先生を追いかけてた。まあ、すぐに捕まってしまったけど。


「いった……ッ、ああもう、好きなようにすりゃあ良いわ!! 男子は溜まりまくった日頃の獣欲を!! 女子は私の美貌への日頃の嫉妬を!! 思う存分、性的な暴力で発散すればいいじゃない!!」

「発想が荒んでんなー」


なんでビッチ先生はソッチの話に全部持っていくんだ……。名前は気にならないのだろうか。
というより、みんなはビッチ先生を酷い目に遭わせようとは考えてない。


「いいから普段通り学校来いよ。何日もバッくれてねーでよ」

「続き、気になってたんだよね。アラブの王国たぶらかして、戦争寸前まで言った話!」

「来ないなら先生に借りてた花男の仏語版、借りパクしちゃうよ?」


また一緒に学校で過ごそう。
俺達の学校生活に、ビッチ先生は必要なんだ。……みんなそう思ってる。


「……殺す直前まで行ったのよ、あんた達の事」

「何か問題でも? 裏切ったりヤバい事したり、それでこそのビッチじゃないか」

「たかがビッチと学校生活楽しめないで、うちら何の為に殺し屋兼中学生やってんのよ」


驚いた様子のビッチ先生。
もし名前が起きてたら、今のビッチ先生の顔を見てなんと言ったんだろう?


「そういう事だ」


なんて思ってると、烏間先生がビッチ先生に声を掛けた。その手には1本の薔薇が。い、いつの間に?


「この花は生徒達からの借り物じゃない。俺の意思で敵を倒して得たものだ。……誕生日は、それ・・なら良いか?」

「…………はい」


確か、1本の薔薇の花言葉は「一目惚れ」と言うけど、もしかして烏間先生……?
俺の場合はどうなんだろう。一目惚れとはちょっと違う……初めは憧れのようなものだったし。あれ、もしかしてあんまり変わらない……?


「烏間先生、いやらしい展開に入る前に一言あります」

「断じて入らんが言ってみろ」

「……今後、このような危険に生徒達を決して巻き込みたくない。安心して殺し殺されることができる環境作りを、防衛省あなたがたに強く要求します」


なんて思っていると、真面目な話に変わった。
俺と名前の頭に殺せんせーの触手が触れており、殺せんせーがこの件でかなり怒っている事が伝わってきた。


「……わかってる」


もう二度と、みんなが危険な目に遭わない様に。
……俺も死神の言葉に惑わされて、先生達に一切伝えなかった。今後はきちんと報告するようにしないと。このクラスの委員長として。


「さて、もう此処にいる理由はありません。早く脱出しましょうか」

「ああ。ここは電波が通らないから、死神の引き渡しについて早く連絡しなければ」

「やーっと終わった! 腹減ったー」


重々しい空気が消え、いつも通りの光景に戻った。
……全部、すべて終わったんだ。そう思っていたときだ。


「う、うぅ……っ」

「! 名前?」


少し苦しそうな声を出した名前。横目で様子を窺えば、起きた様子。


「名前、具合はどう?」

「え、名前起きたの! もう、心配したんだよ〜?」

「もう全部終わってるよ、あとは帰るだけ!」


俺の声に反応した数人が周りに集まり、名前に声を掛けていた。ゆっくりと首を上げた名前は、周りを見ているようで、まだ意識ははっきりしていないんだと思う。

……そう思っていたときだった。


「わっ、!?」


突然名前が暴れだし、俺の背中から降りたのは。



「___ようやくだ」


そして、あっという間に姿を消し……声が聞こえた時には。



「いつの間に……!?」


気絶した死神の前に名前が立っていた。









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2023/10/21


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