死神の時間


side.×



「はぁ、はぁ……っ、クソ……ッ!」

「もう疲れたのかい? 僕はまだまだ動けるよ?」


名前と死神の戦いは続いていた。
しかし、状況は変わっていた。……それは、名前が疲れを見せたということだった。同時に、名前は所々に傷を負っていた。


「なぁ、苗字のやつマズいんじゃないか……?」


名前を知る者は、彼女が疲れる姿に驚いていた。その様子に数名が感じていた……このままでは名前まで負けてしまう、と。

だが、この場に名前を救える者は誰もいなかった。何故なら、E組生徒と殺せんせーは牢の中に閉じ込められているのだから。


「殺せんせー、烏間先生に名前ちゃんが危ないことを伝えないと!」

「既に連絡済みです! ですが、どうやらここから遠い場所にいるようで、今向かっている途中かと……」

「そんな!」


唯一の希望、烏間はまだ到着出来そうにないらしく、この状況を解決できそうにない。


「帰ろう、ナマエ。僕達がいるべき場所は日本じゃない」

「うるさい……! 僕はまだ、日本ここでやらなくちゃいけないことが残ってる……!!」

「家出した妹を探すのに、どれだけ苦労したと思ってるんだ? 大切な君に酷い事はしたくないけど___」


名前と死神の言い合いは、まだ続いていた。だが、死神の口調は段々と棘を見せ始めた。それはどこか、焦りのようなものを含んでいるようにみえた。



「怪我を負わせてでも、気絶させてでも。僕はナマエを連れて帰るよ」



その言葉を告げた死神の声音は、優しさを1つも含んでいなかった。
怒りの中に隠れた執着。意地でも名前を連れて行くと発言した死神からは、それが感じ取れた。


「断る!!」

「ナマエが家出した理由なんて分かるよ。そして、その理由が無駄であることも」

「っ、何故そう言い切れる!?」

「あの人は君を見ちゃいない。使える道具としか思っていないさ」

「構わない。それに、そんなこと……ずっと前から知ってるさ」


死神と名前が言う”あの人”とは誰なのか。
2人の中にある共通認識。それが、名前と死神はただの知り合いとは片付けられない関係である事を証明していた。


「僕はあの人のためなら、命だって差し出してやる……死んだって構わない」

「……!」


名前が死神との距離を詰めた。彼女の片手には当然のようにナイフが握られていた。
……その速さは、人間が出しているとは思えないものだった。


「まずい……!」

「どういうこと、イトナくん?」

「精神が触手に乗っ取られ始めている……!」


渚の問いに答えたイトナの目線は、問いかけた彼には一度も向かないまま、ずっと名前を見ていた。
……イトナが名前を見て気づいたもの。それは、名前の目……細かく言えば、目の白い部分、強膜と呼ばれる部位だ。

何故イトナが名前の精神が触手に乗っ取られ出している事に気づいたのか。それは、名前の強膜が通常の色をしていなかったことに加え、触手に精神を乗っ取られ出している事を指す色へ変化していたためだった。


「気をしっかりしろ、名前!」


あまり声を荒げないイトナが、名前に向けて大声を出す。しかし、それに対し名前が反応する素振りは見えない。


「くそっ、手遅れだったか……!」

「手遅れって……?」

「また彼奴は暴走する……あの時みたいに」


再び問いかけた渚の言葉に、イトナがそう返答した時だ。ガキンッと金属音がぶつかった音が聞こえたのは。


「っ、何て力だ……! その華奢な身体の何処に力を隠してるのか、教えて貰いたいものだねッ!!」


それは名前が振りかざしたナイフと、死神が持つナイフがぶつかった為に発生した音だった。触手の影響なのか、名前が押しているように見える。



「そのためには、邪魔であるお前を殺す……!!」



地を這うような低い声で、名前ははっきりと告げた。死神を殺す、と。その言葉は牢の中にいるE組生徒達は勿論、殺せんせーにも聞こえた。


「まさか……!」


死神と名前がぶつかることで鳴り響く音にかき消されるほど小さな声。誰もが2人に視線を奪われていたため、とある人物の声は誰にも拾われる事はなかった。



「……名前が言っていた人達の1人は、死神……?」



その発言者は、E組の委員長である磯貝だった。彼の発言が何を指しているのか、誰もそれに対し尋ねることはなかった。
……名前と死神を様子を見ていれば明らかだ。そんな余裕、誰にもなかったのだから。


「っ、これは手加減していたら負けるかもなぁ……!」


___死神の目付きが変わった。
それに気づいたものは誰一人いない。目の前で死神を殺そうと武器を振りかざす名前も、E組生徒達や殺せんせーも。


「死ね、死ね、死ねッ!!!」


死神に武器を振りかざしながらそう告げる名前の声は、いつもの演技染みた余裕と、冷静な様子はどこにもなかった。ただただ目の前にいる標的を殺す事しか考えていない……触手に精神を乗っ取られてしまった名前がそこにいた。


「あーあ、ダメだよナマエ。殺す側は、常に相手を恐怖させていなきゃいけないんだよ?」


必死な様子で死神に襲いかかる名前だが、死神はそれを躱すばかりで全く当たっていない。
それどころか、指導のようなものを名前にやっている。


「それに……」

「っ、ぐぅ、!!」


名前の攻撃を受け止めると、死神は彼女ごと押し返した。名前は後ろへと吹き飛ばされたが、何度か地面に手や足を着けることでバランスを崩すことなく体勢を立て直した。


「ッがああああああっっ!!!」

「___冷静さを欠いちゃダメだろ?」


再び接近した名前と死神の距離が近くなった……その瞬間だった。死神が名前に向けて両手を前に出したのは。


「!!」


その行動に1人、強く反応した。それは渚だ。
何故なら彼にとって強く記憶に残っている……自分が受けた技であるからだ。

クラップスピナー
死神は名前にそれを使おうとしているのだ。今の名前はクラップスピナーが成功する条件が揃いすぎているのだから。


「苗字さ、」


渚が名前の名前を呼ぼうとした、その時には既に遅し。
___パンッと乾いた音が鳴り響いた。



「……へぇ、なるほど」


死神が感心した、と言うような声を出す。彼が見下ろす視線の先には、その場で膝を着く名前がいた。


「あれ、固まっていない……?」


渚は驚いていた。自分が受けた時は身体が麻痺してしまい、思うように動けなかったのだ。しかし、名前は死神からクラップスピナーを受けたというのに動けていたのだ。


「冷静さを欠いているように見えたけど、それすらも君の演技だったのかな?」


あぁ、でも。
その様子じゃあ、さっきみたいには動けないね?

死神が見下ろす先にいた名前は、下から彼を睨み付けていた。……口から血を流しながら。


「あの一瞬で、名前は舌を噛んでスタンを回避したんだ」

「カルマくん、今の見えてたの!?」

「ギリギリだったけどね。それに、当事者だったら絶対に見えなかった」


なんと、名前は死神からの攻撃を受けるまでの僅かな一瞬で、舌を出してスタン状態回避したのだ。
だが、それでもあまり動けないようで、どこかぎこちない。完全にスタン状態を回避できたわけではなかったようだ。


「さてと、やっと捕まえられた」


死神の手が名前に伸びる。名前はそれを躱す素振りを見せない……否、見せないのではなく、できないのだ。スタン状態を回避できても、身体は思うように動けなかったのだ。


「さあ、一緒に帰ろうね……うん?」


だが、死神の手は名前に触れる直前に止まった。
その後、死神はゆっくりとある場所を振り返った。そこは、先程死神がここへやって来たときに取った出入りだった。


「チッ、もう来たのか……。ごめんね、ナマエ。ちょっと眠ってておくれ」


そう言いながら死神は、自身の手を平らにして___名前のうなじに向かって振り下ろした。


「……必ず迎えに行くから」

「ぅぐっ!? ……かはっ」


死神の手は名前のうなじに直撃した。名前はしばらくの間、両手を地に着け抵抗する素振りを見せたが……。



「___どうして、勝てない……っ」



限界だったのか、身体の力が抜けるように地面に倒れてしまった。


「え……?」


その時、ある人物にはとある声が聞こえた。……名前の本音だけで構成された、ある言葉が。


「苗字さん! ……死神、彼女を返せ」

「断る。というより、ナマエは元々僕のものさ。『返せ』は僕の台詞さ」

「くっ……!」

「けど、あんたをどうにかしないとナマエを連れて帰れなさそうだ。ここだとナマエが危ないし、場所を変えようか」

「! 待てッ」


死神が再び逃走した。その後を烏間が追う。
名前はその場で気絶させられた後、ピクリも動かない。


「名前……っ」


何もできないことに対し、もどかしい気持ちが募る。
そんな気持ちを抱えながら、倒れた名前の名を呼んだのは、果たして誰だったのだろうか。



___烏間からの連絡が来るまでの間、名前の名を呟いた人物はその気持ちを抱え続けた。
そして、烏間が死神を拘束して戻り、牢の中から脱出できたその人物は、真っ先に名前の元へと駆け寄った。









その人物は誰?


赤色の声

焦げ茶色の声

白色の声





2023/10/21


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