死神の時間
浮上したばかりの意識の中、何処か騒がしい声を耳がキャッチした。ゆっくりと目を開ければ、身体の前部分に温もりを感じる。
次に感じたのは、足が地面に着いていないこと。前部分に重心が掛かっていていることと、感じる温もりから、誰かに抱えられていることが分かった。
「……!!」
その誰かを確認する前に、僕の視界にあるものが目に入った。……その”あるもの”というのは。
「___ようやくだ」
僕を抱えていたであろう人物から降りた。無理矢理だったことに対する気遣いなど、考える暇はなかった。
無意識に手がナイフを格納している場所へと伸び……そのグリップを握った。
「いつの間に……!?」
その声が聞こえた時には、僕の目の前には彼奴がいた。……久しぶりに見たけど、やはり醜い顔だ。
自分の皮を剥がした理由も不快だ。
変装を極めるため?
……気持ち悪い。その言葉を聞いたときの事を思い出すだけでも吐き気がする。
……だが、それも。
「今日で終わりだ……ッ!!」
思いっきり、自分が抱える怒りのまま……ナイフを持った腕を大きく上げ、勢いよく振り下ろした。
「止めなさい、名前さ、」
後ろから僕を呼ぶあの人の声に止まる事なく、僕はナイフを振り下ろし……
「ッあああああああああッ!!!?」
憎い人間の肉へと突き刺した。
「きゃあああああっ!!!」
「皆さん、目を閉じて!!」
それと同時に、劈くような高い悲鳴が耳に入る。……煩いな。
今すぐどうにかしてやりたいところだけど、このチャンスを逃すわけにはいかない。
無意識に僕は憎い人間の上に乗って、ナイフを何度も突き刺していた。
「ぐぅ……っ、一体何が……!?」
「あ、起きた? おはようっ」
しばらくすれば、やつは目を開けた。そして、その視界に僕を捉えた。
「良い目覚めだろう? なんたって、お前の大好きな僕が目の前にいるんだから……さァ!!!」
「がああああああッ!!?」
まさか、僕が気づいていないとでも思った?
お前が明らかに僕に好意を持っていたことに。……人の感情には敏感な自信がある。隠そうとしたって無駄さ。
「あれ? もしかして、また寝ようとしてる? ダメだよ、寝たら」
「うぐっ、!?」
「簡単に意識を飛ばさないでよ。ほらほら、頑張って呼吸して?」
頭が痛い。けど、それが段々と快楽に変わっているように感じてきた。一切指示などしていないのに、いつの間にか僕の項から触手が伸びていて、やつの首に巻き付いていた。
「そう簡単に楽になんてさせない……僕と沢山遊んで、満足したら死んで良いよ」
ぐちゃぐちゃと聞き慣れた水音が聞こえる。同時に、鉄のにおいが僕の鼻を刺激する。それが更に、僕の気持ちを加速させる。
「あっははは……っ、はははは……!! 夢みたいだ、やっと……やっと、一人目!!」
ああ、嬉しくて嬉しくてたまらないよ!!
2年だ。やっと僕に幸運がやってきたんだ!!
「いっ、もう……っ、止めてくれ……っ!!」
「えー、何を言ってるの? ……簡単に殺す訳ないじゃないか」
なんだ、まだ喋る余裕があるじゃないか。
だったらもっと痛くしないとね!
「ああああああっ!?」
「ほらほらっ! もっと聞かせてよ!! お前の悲鳴をっ!!」
いつもだったら気持ち悪いものだと吐き捨てるけど、今は楽しくてたまらないよ!
さあ、もっと聞かせろよ……その悲鳴は、お前が犯した罪そのものだ!!
「!!」
___もっと深い場所へ突き刺してやろう。
そう思って再び大きく腕を振り上げたときだ。
「止めなさい……! 戻れなくなります」
振り下ろそうとした腕が動かない。よく見れば手首に黄色い”何か”が巻き付いている。それが伸びているところへと視線を向ける。
「……邪魔をするな」
そこにいた存在が、僕のやりたいことを邪魔しているのか。だったら、邪魔されないように片付けないと。
「ぅぐっ!?」
「少し待ってろ、裏切り者。楽しい時間を邪魔する奴を全員殺さなくちゃなァ……!!」
傷口を踏みつけて、僕は邪魔者等の元へと振り返る。その目には恐怖が写っていて、特に何とも思う奴らでもないだろうに、笑みが浮かんできた。
……やっぱり、弱い奴を嬲るのは楽しい!!
「あははははははッ!!!」
視界の端で触手が伸び、邪魔者等へと向かって行く___そう思っていたときだった。
「っ、かは……ッ!?」
突然僕を襲った痛み。それと同時に強い眠気にも襲われる。
……力が、抜けていく……っ。
「一時間。……約束通り、迎えに来たよ」
どこからか聞こえた声。その声が誰なのか認識する前に、僕の身体は地面に伏せ、意識が途絶えた。
「救いたかった存在に手を出そうとするなんてね。……君に触手を持たせたのは、間違いだったよ」
2023/10/21
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