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姉弟以上、運命異常


 人間っていうものはつくづく面倒だなあ、と思う。最近は、特に。


「ねえ、聞いた? 御園さん、告って振られたらしいよ。ざまあって感じ?」

「そうなの? あんなに可愛い子なのに振られるなんてことあるんだ」

「えー、そんな可愛い? 確かに顔はちょーっと整ってるかもだけど、性格の悪さが透けてない? あたしあの子大ッ嫌いなんだけど」

「あー、んー、私はあんまり話したことないから判らない、かも、だけど、まあ……そういう話はよく聞くよね」


 どうして女子はトイレに溜まって噂話をするのがこんなにも好きなのだろうか。知らずため息を洩らしながらそんなことを考える。たぶんこの問題に答えはないだろう。

 二限と三限の間の休み時間、ふとトイレに寄った。用を足し、よし個室を出ようと思った丁度そのとき、どこの誰なのかも知らない女子二人組がトイレに入ってきて、大きな声で噂話を始めたのだ。

 噂話っていうのは、自分が話の俎上に載せられているわけではなくとも、誰かが展開させていると何となくその場には出て行き難いもので。かといって、ずっとトイレの個室に籠っているわけにもいかない。――それと、この状況は何だか盗み聞きしているようで、居心地が非常に悪い。

 よし、出れば一瞬だ、一瞬。そう心を決めて、個室から出ようと鍵に手を掛けた、瞬間。


「でもさー、その振られた相手ってのが笑えてさ。誰だと思う? 蒼華くんだよ、蒼華くん。あの人、誰に告られてもオーケーしないって有名なのにさ。自分なら大丈夫、とでも思ったのかね? ばっかみたい」


 指が、止まった。ほんの一瞬、呼吸も同時に。止めた息を緩やかに吐き出す。心臓が一気に煩くなっていた。……まさか自分の弟が噂話の俎上に載ってしまうとは。しかも、よりにもよって、恋愛についての噂、……で。わたしは、つくづく、運がない。

 一気に出て行き難くなってしまって、わたしはその場に立ち尽くした。代わりに息を潜めて耳を澄ませる。先ほどまでは不可抗力だったけれど、今では立派な盗み聞きだ。クリーム色のドアを睨み付けて、彼女たちの話の続きを待つ。


「蒼華くんってよく話聞くけど、そんなに人気あるの? そこまで恰好いいとは思えなかったけど……」

「えー、知らないの? めっちゃ人気あるよ。確かに飛び抜けて恰好いいわけではないし、背も低いほうだけど、よく見れば顔そこそこ整ってるし、運動も勉強も出来るし。それに明るくて落ち着いてて優しい! あたしも割と好きなタイプだなー」


――めっちゃ、人気あるほう、なんだ。初めて知った。わたし、友達、少ないし。ていうか、純、告白されたり、してたんだ。へえ。でも断ってるんだ。……それならいいけど。

 どうしても心穏やかではいられずに、無意識でドアへと爪を立てる。クリーム色の、薄い、薄いペンキがぺりぺり剥がれ、爪と肉との間に潜り込んだ。ドアには線上の傷が一本。


「だけどあたしだったら蒼華くんはお断りかなー」

「え、何で? 割と好きなタイプ、なんでしょ?」

「蒼華くん単体だったらね。だってほら、彼さあ、いつも『姉さん』と一緒じゃん。中二にもなってさすがに気持ち悪くない? シスコンが過ぎるっていうかさあ」


 今度こそ、完全に動きが止まる。というよりも、身体を動かそうにも上手く脳が指令を出してくれていないようで、指先は微かに震える以外の動作をとろうとしなかった。

 気持ち悪くない? せせら笑うように発された、その言葉にべったりと塗られていたのは確かに侮蔑の色だった。そしてそれは、『わたしと一緒にいる純』に対して向けられていた。気持ち悪くない? 中二にもなってさすがに気持ち悪くない?


「嗚呼、確かにいつも二人一緒にいるね。でもあれ、蒼華くんからじゃなくて、お姉さんのほうからくっつきに行ってる感じだったけど……」

「どっちみちキモイことに変わりないじゃん。人前でべたべたして恥ずかしくないんですかーって感じ。キョーダイじゃん、だって。変だよ、あの二人はさ」


 かっ、と身体が熱くなる。先ほどまでわたしの身体を支配していたのが純を貶されることの恐怖だったとしたら、今わたしを支配する熱は確実に怒りによるものだ。どこの誰かも知らない、扉の向こうにいる奴は、わたしと純の関係を変だと言った。その言葉は、わたしの短すぎる導火線に火を灯すには充分すぎた。


 何が判る。何が判るんだ、アンタに。同じ血を引いているわけでもないアンタなんかに、わたしと純の、何が判る。わたしたちの何がおかしいの。キョーダイだから? だからいつも一緒にいるのは変なこと? 変なことを言っているのはそっちだ。

 だって双子なんだもの。産まれる前から、それこそ母親の顔を知る前からわたしが知っていたのは純という片割れの存在だったし、純からしても同じこと。お腹の中で独りだったアンタなんかには判らないわよ。ずっと一緒だったの。ずっと一緒にいるの。

 それを決めたのはわたしじゃない。純でも、母親でも、父親でもない。わたしたちが同時にお腹に宿ることを定めたのは、それこそ存在するなら神様とでも呼ぶべきような存在で、だからわたしたちの関係は運命だ。世の中の恋人なんか目じゃないくらい、運命的な関係だ。

 どうして、他人でしかないアンタなんかに、運命を否定されないといけない?


 気付けば目の前には酷く驚いた顔をした女子が二人いて、嗚呼、堪え切れずに個室を飛び出したのだと、そこでようやく自覚した。その間抜け面を見て、余程怒鳴り散らしてやりたかったけれど、堪えて手洗い場に向かう。皮膚を切り裂くように冷たい水は、わたしの頭を冷やすには物足りなかった。


「……わたしと純は、双子なの」


 ジャー、と流れる一定の水音。延々と手を冷やす水の感触。なるべくそれらに意識を向けながら、わたしは淡々と聞こえるように最大限の努力を払って言葉を吐いた。鏡越しに二人を睨む。視線で人が殺せるのなら、いっそ殺してやりたいと思った。

 その殺意が伝わったのだろうか、二人の驚いた間抜け面は恐怖を覚える引き攣った表情に変わる。それなのに逃げ出そうともしていないのは、あまりにも間抜けで、馬鹿げていて、腹を抱えて笑いたいほどだった。


「純はわたしの運命だし、わたしは純の運命。理解出来なくてもいいよ。アンタたちみたいな底辺の雑魚に理解して貰いたいとか、最初から思ってないから。変だとか、気持ち悪いとか、勝手にほざけばいいじゃない。――だけどね、」


 嗚呼駄目だ、感情が込み上げる。叫ぶな、叫ぶのは駄目、だからどうしたらいい、どうしたら、――そうだ、笑えばいいんだ。感情と異なる表情を作れば、少しは感情が分散するかもしれない。

 笑え、笑え、笑え。必死に脳から指令を出して、ようやく口元が僅かに緩む。軽く痙攣しながら、それでも口角が微かに持ち上がるのが判った。

 気の弱そうなほうが、ひっ、と喉奥で息を洩らす。気の強そうなほうは変わらず何も言わないまま、鏡越しのわたしの視線に身体を強張らせ続けている。


「純に対して、今度そういう類の悪口を言ってごらんよ。舌を引っこ抜いて、口の端を切り裂いて、何にも喋れなくしてやるから。どんなに後悔しても、二度と声も出せないように、声帯も抉り取ってやる」


――と、そのタイミングで授業開始のチャイムが鳴った。二人はそれで金縛りが解けたのか、縺れる足取りでどたどたとトイレを出て行った。

 嗚呼、逃げられた。思わずちっと舌を鳴らし、濡れた手でぱっと口を塞ぐ。いけない、つい舌打ちしてしまった。これが純に知られたらまた怒られる。

 それにしても、と蛇口を締めて水を止める。カーディガンのポケットから出したハンカチで濡れた手を拭った。どうしよう、今から教室に戻っても完全に遅刻だ。先生に怒られることは確実。ーー嫌だなあ、それ。

 少し湿ったハンカチをまたポケットに突っ込んでトイレを出る。仕方ないから、中庭にでも行こう。あそこには大きな木に隠れるベンチが在る。一応スカートのポケットにスマートフォンも入っているし、時間潰しにはなるだろう。

 人間って本当に面倒だなあ、と歩きながら再び思う。人がいないせいでひっそりと静まり返った廊下は教室より余程酸素を吸い易かった。


姉弟以上、運命異常
貴方はわたしの運命、わたしは貴方の運命、いつまでだってわたしたちはふたつでひとつ。

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▼水島家キャラクター etc.……

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