おにぎりとお味噌汁





 朝食はできるだけ、ふたりで食べよう。
 それが、私たちが忙しい日々のなかで決めたルールのようなものだった。お昼はバタバタして食べそびれることはままあるし、下手をすれば夜もそうなったり、もしくは会食の予定が入ったりする。けれど朝は、ふたりちゃんと起きさえすれば、食卓を共にすることができる。たった15分かもしれないけれど、それはとても大切な時間で。

「綱吉さん、おきてー……」
「んー……」

 起きさえすれば、と言うものの。ふたり揃って朝に弱い私たちは、そううまくは事を運べない。私のほうも眠い目をこすりながら、毛布の中で唸っている綱吉さんを置いて、なんとかひとりベッドを出た。朝ごはんができたら、また起こしにこよう。

 まずは、お味噌汁。ストックのだし汁を温めてお豆腐とわかめを入れて、それからお味噌を溶いて。お味噌汁が飲みたいなぁなんて綱吉さんと話していたとき、ボンゴレの使用人さんは最高級のものを取り寄せると申し出てくれたけれど、私たちはあえてそれを断っていた。並盛にある、綱吉さんがかつてよく行っていたスーパーに置いている398円の減塩みそ。私たちにとっては、それがいちばんだった。
 昨夜予約して炊いておいたごはんをほぐして、次はおにぎりに取りかかる。かんたんに具を混ぜて握って、海苔を巻いて、綱吉さんはこれだけでとっても喜んでくれるのだ。どんな高級なフレンチよりイタリアンより好きって、そんな大袈裟すぎることを言って。
 あとはだし巻き卵と、作り置きのほうれん草のおひたし。大マフィアのボスが摂る朝食にしてはあまりにも質素だし、私だって昔は、そんな立場の人たちは朝からビュッフェでよりどりみどり、エッグベネディクトなんかを食べているものだと思っていた。けれど根っからのセレブ育ちでもない限りは、こんなふつうの食事こそが心の栄養にもなるんだろう、と思う。

「おはよ……」

 と、朝ごはんがあらかた出来上がって、また起こしに行こうと思っていたそのとき。おぼつかない足取りで、綱吉さんは起きてきてくれた。

「わ、おはよう!」
「んー……腹減った……」
「ごはんできてるよ」
「ありがと……」

 おおきなあくびをひとつ。ほとんど目を閉じたまま歩く綱吉さんは、数回壁やテーブルにぶつかってから、なんとか無事に椅子に座り込んだ。「ねむい……」とつぶやいてこくこく舟をこぐ様子がかわいらしくて、ふわふわ揺れる髪は朝日をうけてきらめいている。

「なあ……母さん、」
「……ん?」
「え?」

 そんな柔らかな空気が一瞬かたまったのは、綱吉さんが発した短いひとことのせいだった。……母さん。いま、母さんって言ったよね。

「あ待ってゴメン、今オレなんて言った!?」
「……ふ、ふふ」

 途端に目をぱっちり開いて慌てだす綱吉さんに、申し訳ないけれど笑いがこぼれてくる。「お願い忘れて……」と頭を抱えて項垂れる綱吉さんがかわいくて、ちょっと抜けたところを見られることが嬉しくて、なかなかにやける顔を止められない。

「もー……なにその顔」
「なんか嬉しくて」
「嬉しい!? オレめちゃくちゃ恥ずかしいのに」
「ごめんごめん」

 すこし頬を赤らめてじっとりとした視線を向けてくる綱吉さんに、「まあまあ」なんて言いながら準備した朝ごはんを出すと、拗ねてしまったような表情がふっとゆるんで。ちゃんと「ありがとう」なんて言ってくれるのだから、やっぱり私はこのひとが好きだなあなんて思う。
 日本にいたころを忘れないような朝ごはんと、あなたとの何気ない穏やかな時間。私たちが長い一日を過ごすために、きっと、欠かせないものだから。

「いただきます」

 

20221022


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