きみとわたしを繋ぐ傷
「……写真?」
西陽のさしこむがらんとした執務室、その真ん中に鎮座する机のうえで、しかくいなにかが光を照り返していた。その独特のつやはきっと写真のもので、さっき来たときこんなもの置いてあったかな、とすこし考えを巡らせる。
次いで湧いてきたのは、興味だった。写真はいつだって新鮮な感情をくれる。懐かしさ、驚き、それはプラスの感情ではないときもあるけれど、写真にこころを突き動かされるあの瞬間が、私は好きだった。
悪いことをするわけでもないのに、なんとなくきょろきょろと辺りを見回してから、そっと机に近づいた。跳ね返された光がまぶしくて、一瞬だけ目を細める。そうしてたどり着いた机のまえ、指先でそっとふれた写真にうつるすがたに、私はつい息を呑む。
「つなよしさんだ……」
表面をさわってしまわないように、けれど落としてもしまわないように、手に意識をあつめて持ち直す。そこにうつっていたのは、ふわふわつんつんしたブラウンの髪と、おんなじ色のきらめく瞳をまるく開いた少年。おそらく、中学生のころの綱吉さんだった。
私と綱吉さんが出会ったのは二十歳やそこらの年齢で、中学生の彼を私は知らない。ほんの数回、写真を見たことがあるだけ。いまこの時は、その“ほんの数回”に加わろうとしている。胸の高鳴りをおさえるみたいに深呼吸して、切り取られた瞬間をあじわうみたいに、手のなかにおさまる写真をじっと見つめてみた。
「かわいい……」
まず、今よりもずっと幼い容姿にそんな声がこぼれた。少年、ということばがぴったり似合う、かわいらしい男の子がこちらを向いて立っている。
カメラに視線をむける綱吉さんの服装はあちこち乱れていて、その手にはグローブがはめられている。訓練かなにかの後かもしれない。こんな昔からずっと、綱吉さんは戦ってきたんだな。尊敬のような、でもすこし悲しいような、複雑な想いをかみしめて息を吸いこんで、そのとき。突然に、視界から写真が消えてしまった。
「……なに見てるの」
「あっ、綱吉さん、」
慌てて振り返れば、そこには私のよく知る綱吉さんが立っていた。写真のなかの彼よりもずっと背が高くて、当然のことだけど大人びていて。写真を食い入るように見つめすぎていたせいで、うまく中学生の彼と目の前のひとが重ならなかった。
「ええーなにこれ……なに、どこにあったの、こんな写真」
「つ、机の上に置いてあったよ」
「はー、リボーンがやったのかな……」
ため息まじりに言いながら、それは綱吉さんのスーツのポケットにしまわれていく。ああ、もっと見たかったのに。そんなきもちを知ってか知らずか、「かわいいって、オレのこと?」と綱吉さんは唇を尖らせた。
「うん……だって、中学生の綱吉さん、かわいくて」
「もー、勝手に見ないでよ。かわいくても嬉しくないって」
気に入らなさそうな口調、でも怒っているわけではなくて、きっとただ単に照れているだけ。ほんとうに嫌がっているわけではないのなら、もうすこし踏み込んでもいいかなって、ちょっとの勇気が顔を出す。息を吸い込むと、綱吉さんがかるく首を傾げた。
「でも……私」
「なぁに?」
「その……もっと、綱吉さんのこと知りたいよ」
「んん……」
「だめ?」
だめじゃないけど……と口をもごもごさせる綱吉さんを見ながら、今だってかわいいところもあるけどね、と心のなかだけで付け足しておく。こっそり微笑んでいると、「じゃあ」と顔を上げた綱吉さんに正面から見つめられて、自然と背筋がのびた。
「昔じゃなくって、これからのオレのこと知っていってよ。かっこよくなれるように、がんばるから」
唇はまだすこし尖っていて、それがどこかかわいくて。けれどその瞳は真剣で、あの写真のなかの綱吉さんとよく似た光を湛えていた。かっこよくなれるようにがんばる、なんて。たしかにあの綱吉さんはかわいかったけれど、それとおんなじくらい、まっすぐなかっこよさできらきらしていたよ。きっと昔からずっと、綱吉さんはかわいくてかっこいい、とびきりずるいひとだったんだろうなと思う。もっとはやく、出会っていたかったな。
「綱吉さんはもう、じゅうぶんがんばってるよ」
それでも長々と伝えるのは恥ずかしくて、それにどこか違うような気がして、それだけ言って照れ隠しに微笑むと、綱吉さんはわざとらしくため息をついた。私の頭に手を乗せて、ぽんぽん、数回はずませると、「そういうとこがずるいんだよ、瑠璃ちゃん」なんて言う。「また好きになっちゃう」とつぶやくようにこぼされたちいさな声に、かっと顔に熱が集まる。そっか、じゃあおたがいさまなんだね。私だって、やさしさにもかわいさにもかっこよさにも、いつもどんどん好きにさせられているんだから。
20211128
ひこくじの書き下ろし絵を見て思いついたお話。
ひこくじの書き下ろし絵を見て思いついたお話。