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▼英雄美少年を好む?

「お断りするよ」

そう言い放って、さっさと敵の根城から立ち去ろうと思った。けれど当然のように、英智は私の目論見など完全無視で微笑んでいる。まさしく皇帝よろしく椅子に座っていた彼と、お客さんのはずなのに立ちっぱなしの私。二人の間を挟む机は、二人の関係の線引きを表すようだ。力関係を示す明確な演出が憎い。悪い意味で。

「『fine』の専属プロデューサー……そんなに悪い話でもないと思うのだけれど。日和くんも凪砂くんも、もちろん青葉くんも、決して君が嫌いな訳ではないし」
「リーダーに嫌われてるんじゃ、とても一緒にお仕事なんかねぇ」
「僕も君のことは嫌いではない、と言ったら、引き受けてくれるかい」
「いやよ」
「いつも思うのだけど、僕らのこの押し問答に幾ばくの意味があるのかな? 一ミリも譲る気がないのに交渉の形をとって、これでは酸素の無駄遣いだ」
「譲る気がないのは、お互い様でしょ。……もう帰るよ」

これ以上話したってしょうがない。ほんとに酸素の無駄でしかない。私は、この手足や脳みそは、レオや『Knights』のためにあるのだから。途中経過として、必要悪なら引き受けるけれど……『fine』のプロデューサーになるということは受け入れられない。

そういう意思を込めて「もう帰る」と告げ、背を向けて歩き出した。
けれど。

「ちょっと待ってほしいな」
「うわっ――!?」

物凄い力で後ろに引っ張られ、思わずよろける。こける、と思って次に来る衝撃に耐えたけれど、すぐに温かなクッションが迎えてくれた為に痛みは来なかった。……英智という名の、クッションだが……。

――彼は何をしているのだ。なんで、私を後ろから抱きしめるような態勢を取っている?

「英智、ちょっ……」
「うん? 君、コルセットでもつけてるのかい。お腹周りが妙に硬い」
「ど、どこ触ってるの! ってちょ、おわっ」

彼はそのまま私の腕を取り、背後にあった机に思いっきり私を押し付けた。さすがにこれには危機感を感じ、彼の肩を押して引き離そうとする。けれど、いくら細くとも相手は男。びくともしないので、本格的に焦る。

「な、なんで……どういうこと」
「どういうことって。一世一代のお誘いをフラれた男が、たまに困った行動を起こす……なんて予測、君なら立てられるだろう?」
「それは、私に対して一片の好意でもあればね! 無いから、ビビってるの! 離してっ」
「怯えてるのかい? 意外と可愛いところがあるんだね」

ぐい、と顔が近づく。目と鼻の先、だけど甘い雰囲気なんか皆無。怯えてる、というよりは理解が追いつかず混乱している、が正解なのだけれど……そんなことはどうだって良かった。

問題なのは、この態勢が、まるで押し倒されているような格好だということで。

「本気で離して、英智。自慢じゃないけど私、宗のおかげでいつもそこそこの美少年に扮装出来てるでしょ?」
「ああ、斎宮くんが手掛けてるのかい。の割にはこれ、僕があげたものだよね」
「……良いでしょ別に、使えるんだから」
「他の男から送られた服を、堂々と月永くんの前で着ている訳か。怒られちゃうんじゃないのかなぁ、それって」
「レオに制服買えとか、言えないでしょ。何が言いたいのよ、っていうかホントに離れなさいって! 生徒会長は美少年好きって、噂流されたいのかしらねー?」
「面白い噂だね。75日で消えるか試してみようかな?」

背中を完全に机の上に預け、宙に足が浮く。
英智が私の手をひとまとめにして片手で押さえつけてくる。脚の間に割り込むように彼の体が入ってきた。

「ちょっ……何バカなこと言ってるの!? ホモって噂されたい訳!?」
「君は不思議な子だなぁ。僕のこと嫌いなくせに、心配してくれるんだね」
「心配じゃなくて、正気か疑ってるの! も、顔、近いし……」
「……ふふ。顔が近い程度で、鳴いてるようじゃダメだよ」

空いたほうの手が、私の頬をそっと撫でた。優しい触り方に、ぞわっと背筋の方に何かが走った。本当にこのままじゃマズイ……私の貞操ももちろんだけど、英智のアイドル生命も危ういんじゃないのか? 生徒会室にカメラでも仕込まれてたら一発アウトだ。どうにかして、この新手の『いやがらせ』を止めようと脳みそをフル回転させていた、その時だ。

「名前! ここに居るのかっ!?」

英智の背、よりかなり後方……で、扉が開くけたたましい音と、耳に馴染む声がした。よりにもよって、最悪のタイミングで。

「れ、レオ……」

思いのほか情けない声が漏れた。完全に予想外の人物であったことと、この英智に押し倒され事に及ぶ五秒前みたいな格好を見られたこと。この二点が原因……なんて悠長に語っている場合じゃなさそうだった。

みるみるうちにレオの顔が憎悪に歪む。やめて、そういう顔をしないでほしい。最近その表情を見る機会が増えて、居た堪れないのに。私のことでまで、汚い思いを抱えないで。

「皇帝ッ! おまえ、何してるんだ!?」
「おや。なんだ月永くんか……珍しい来客もあるものだね。それにしても無粋だなぁ、ノックも出来ない騎士が居ていいのかな」
「……おれをバカにするのは好きにしろ。でも、そいつにそれ以上触るな」
「そうは言ってもねえ。拘束してないと逃げられちゃうよ」
「うわっ!? え、英智っ」

彼に抱え上げられ、なんとか机で寝転ぶという奇妙な状況はなくなったものの、彼の膝に乗っけられてはどうしようもない。

「それにしても本当に、美少年だね? 名前ちゃん」
「ちょ、ちょっと」
「古代のローマ皇帝は、美少年好きも多かったんだよ。だから、僕が他人に多少そんな噂を立てられたところで揺らがないさ」

適当な言い訳もそこそこに、英智がふっと瞼を閉じた。どんどん顔が近づいてくる。「!?」と声も出せないほど驚いてしまった私を、レオがかなり強い力で引き寄せた。

「いい加減にしろ! こいつは、おまえのモノじゃない! おれの目の前で勝手が許されると思うなよ!」
「ふうん、まるで自分のモノのような口ぶりだね? 君たちこそ、何も知らない放送委員会に妙な噂を立てられないようにするべきじゃないかな?」

うわぁ。確かに、指摘されてみればそうかもしれない。レオは私を頼りにしてくれているけれど、その分私を守ろうとしているのもよく分かる。おそらく、傍から見たら私たちは、男同士にしては仲が良すぎるのかもしれない。

第一男の子同士の友情とか、どういう距離感なのか分からないから、なかなか難しい。まったく気を回していなかった自分もどうなのだろう。

なんて私が考えていたけれど、レオはまったくそんなことを考えている感じではなかった。

「余計なお世話だっ! はやく戻ろう、名前!」
「う、うん……」

私をかばうように、腰に手を回してくれるレオ。ううん、やっぱりこれは、誤解されるかもしれない……。

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