30万打リクエスト | ナノ
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▼午後四時

「どうぞ」

皺のいくつも刻まれた指が、すっと皿を押す。寡黙な店長から出されたのは、頼んだ紅茶だけではなかった。

「あの、店長さん。このケーキは……」
「ええ。……実はクリスマスを過ぎてしまうと、すっかりケーキは売れませんので。賞味期限自体は切れていませんから、サービスでお客さんに出しているのですよ。名字さんは甘いものはお嫌いですか?」
「あ、いえ! ケーキ大好きですっ!」
「それはよかった。……そこで寝てる朔間さんの分はどうしましょうかねえ」
「彼が起きたら、ケーキ要るかって聞いてみますね」
「お願いします」

落ち着いた声は、静かな店内に優しく響いた。彼がおいてくれたケーキの皿を寄せるために、少し身を乗り出す。もぞ、と私の膝の上で零さんが動く。動くな、と言うように腕を腰に回されて、少し苦笑した。

「もう……抱き枕じゃないんだから」

頬にかかる横髪を、そっと指で梳いてあげる。眠る姿は、案外幼げなところもあって可愛いのだ。
ケーキを落とさないよう、慎重にフォークで口に運んだ。とろりとクリームが口の中で蕩けて美味しい。こんなにおいしいのに、クリスマスが過ぎると売れなくなるなんて、世の中勿体ない。

零さんも、早く起きないと食べられなくなっちゃうぞ? なんて脳内だけでつぶやいて、ちょっと頬をフニフニと突いた。よく、彼が私にやってくるのだ。
零さんの頬はすっとしているので、そんなに指は沈まない。……自分の時はどうだったかと、顧みるのはやめておこう。

「ん……そういえば薫くん、ちゃんとこっち来るよね……」

今日の夜、『UNDEAD』は地下ステージでライブを行うのだ。薫くんを呼び寄せる為とかなんとか言って、今日は零さんに連れられ『UNDEAD』のプロデューサーをやっている。

というか、夜ならもっと遅くに来ればいいのに、毎回二時間くらい前に私の家に来て、この喫茶店でのんびりと過ごしているのだ。

「あ、薫くんからだ」

すっと指を、羽風薫の文字に当てる。そこには可愛い絵文字をつけて『名前ちゃんがいるなら、やる気出そうかな〜?』という文章がつづられていた。

『待ってるからねー?』と送り、スマホを机に置いた。さてもう一口、と私がフォークを持った、そのタイミングだった。

カラン、とドアベルが鳴った。一瞬目をやると、そこに居たのは夏目くんとあんずちゃん。私と零さんは部屋の隅に居たので、二人は気づかなかったみたいだ。そのまま店長の傍に行った夏目くんは、あんずちゃんへケーキの皿を差し出した。「残飯処理に付き合ってネ」とかなんとか聞こえる。

……まさか、デートでは?
と内心ワクテカしながら、なるべく気配を消して二人を見ていた。もっきゅもっきゅとケーキは食べるけど、フォークの音を立てないように細心の注意を払い、二人を観察。

「……あっ、先輩」
「!」

ばっちり、あんずちゃんと目が合ってしまった。夏目くんは私の方を見ると、ぱぁとあからさまに顔を明るくしてくれたのだけど、次の一瞬でいきなり不機嫌そうな顔にシフトチェンジ。なぜだ。

「アレ〜? 零にいさんと、名前ねえさん?」
「んん、その声は……おぉ、逆先くん」
「うわっ、急に動かないでよ……ケーキ落ちるとこだった」
「ん? なんじゃおぬし、我輩が寝てる間にケーキを食べておったのか。そこは口の端にクリームを付けておくところじゃろうに……」
「ひ、ひとの顔をまじまじ見ないで……?」

残念そうに唇を見つめられると、こっちが悪いことをしているようではないか。普通にきれいに食べてただけなのに。しかも、見てる個所が個所だけに、気まずいし。

「こんなところで二人、なにしてるノ」

ややいらいらした声で夏目くんが問いかけてくる。それに反し、零さんはのんびりと状況説明をした。挙句の果てに「逢い引きかの?」とか、私が一番聞いてみたかったけど我慢してたところをさらっと言っちゃうし。

夏目くんが「そうだヨ」とか言うのでめちゃくちゃ期待したのに、あっけなくあんずちゃんが「仕事です」と真顔で否定してきたのでしょんぼりだ。そうか……やはりそう簡単に恋バナは降ってこないか。鳴ちゃんに語るネタになったかもしれないのに。

「なんだ、デートじゃないんだぁ」
「……名前ねえさんこそ、零にいさんに膝枕してた」
「おや? 夏目くん、ヤキモチかな? 零さん、うちの子がこんなに可愛い」
「うむうむ、逆先くんは可愛いのう」
「ちょっと、やめてよネ。二人とも孫を見てるみたいな発言だヨ」

夏目くんが少し恥ずかしそうに頬を膨らませた。その様子を見て、零さんは楽しそうに微笑んだ。

「くっくっく……孫ではないにせよ、名前は特に、年下には甘いからのう。我輩のような年長者は、こうして自ら甘えに行かぬ限り、甘やかしてもらえぬのじゃよ……」
「んん、もう。いっつも勝手にべたべたするじゃん」
「足りぬよ。この餓えた身は、まったく満たされぬのじゃ」
「うひゃ!? ちょっと零さんっ」

いきなり抱き上げられたかと思うと、零さんの膝の上にあっさりと乗せられてしまった。今日はいつになく零さんのベタベタ加減が激しい。後輩二人にこんなところを見られるのは、かなり恥ずかしいんだけど!

何とか抜け出そうと抵抗するも、存外力強い腕は中々外れない。そうこうしている間に、夏目くんはどんどん不機嫌さを増していく。一緒に居るのに構われないのがよほど嫌なのだろう。

「ずるいヨ」
「ああ、ほら零さん。夏目くんが構ってって」
「名前ねえさんはボクに抱っこされたことないよネ?」
「はい!? ちょ、まさか抱っこするつもりじゃないよね? ねっ? さすがに恥ずかしすぎる!」

後輩に抱えられる先輩って、何その羞恥プレイ。名誉にかけてもお断りしたいところだ。

「これこれ……おイタはダメじゃよ、逆先くん?」
「だって。名前ねえさんの反応が面白いんだもン」
「くっくっく……まあそうかもしれぬがのう。ダメじゃよ、これは我輩の愛し子じゃからのう。逢い引きは邪魔しないでもらいたいのじゃが」
「デートじゃなくて、ただの待ち時間でしょ!」

零さんの飄々とした語り口に、間髪入れずにツッコんだ。相変わらずジョークの激しい人だ。恥ずかしくて仕方ないので、零さんのケーキ取ってくるからね! と言って腕を離してもらい、店主さんのもとへ逃げ込んだ。

「……らしいヨ。零にいさんは、もうボケちゃったノ?」
「我輩はデートのつもりじゃったのじゃがのう……?」
「だったら余計に妨害させてもらうネ」
「やれやれ……まぁ、邪魔されても引かね〜けどな?」
「名前ねえさんは、どうしてこう面倒なのに好かれるのかナ……?」

今度、名前ねえさんの恋愛の相でも占ったほうがいいかもしれない。なんて夏目は真面目に思ったのだった。

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