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▼私を呼んで、騎士様

「どうぞ、名前さま」
「ありがとー……」

弓弦くんがすっと差し出してくれたのは、アップルティーだった。フルーティな香りは女性に好まれやすいのですよ、とさりげなく知識も披露してくれる姿は、本当に執事っぽい。

甘い香りが、なんとなく心を落ち着かせてくれる気がした。良い匂いを吸い込んだのに、出てくるのはため息だ。

それを正面から見ていた桃李くんは、あからさまに気になるようにじーっと私を見ている。

「ねぇ名前」
「なあに、桃李くん」
「なんでさっきから、ずっと溜息吐いてばっかりなの〜?」
「うう、やっぱりバレてたか……」
「普段アホみたいに元気だから、余計に目立つの! 弓弦もそう思うでしょ?」
「いえ、アホとは言いませんが……。確かに、名前さまにしては、笑顔が控えめかと。お茶、お気に召さなかったでしょうか」
「あ、ちがうの! 弓弦くんの入れてくれるお茶は最高なんだけどね、その……悩み事があって」

悩み? と主従そろって首を傾げる姿はかわいらしい。ここでお茶を濁してもいいのだけれど、桃李くんが百パーセント「知りたい知りたい知りたーい!」と言ってくるのは明白だ。それに、悩みの種となっている人物も一年生だし……相談してみるのも良いかもしれない。

「司くんが……」

そこまで言うと、桃李くんが露骨に顔をしかめた。

「うげ。司の話?」
「坊ちゃま。ちゃんとお聞きしましょう」
「もう、わかったよ。で、アイツが何なの?」

ほんとに仲悪いな、司くんと桃李くんは……なんて思いながら、私は続きを口にした。

「司くんが、お姉さまって言ってくれなくなった――!」

「――は?」
「――ほう」

前者、クソどうでもいいって声。後者、興味があるって声でお送りしている。桃李くん、君はもうちょっと先輩に同調してあげるとかそういう気持ちを持って! 先輩泣いちゃう!

「ふーん、司もとうとうお姉ちゃん離れしたって感じ? 良いじゃん別に? これで気兼ねなくボクだけ甘やかせるね☆」
「良くないよっ! 桃李くんは現段階でめちゃくちゃ甘やかしてるでしょ? たまに弓弦くんに『あまり付け上がらせないように』とか言われるもん」
「付けあがっ……!?」
「ふふ、何のことでしょうか。記憶にございませんね」

執事の次は政治家にでもなるつもりだろうか、的な返答が返ってきた。桃李くんが文句を言おうとした瞬間を見計らい、弓弦くんは発言をかぶせてきた。

「しかし、坊ちゃまのいう事も一理あります。朱桜の坊ちゃまは、あれで坊ちゃまとそう大差ない甘えん坊さんでしたからね。名前さまは三年生、しかも彼の使用人でもなし。いつまでも面倒を見てあげられる訳でもございません」
「うう……で、でもさぁ……? 使用人でもないし実の姉でもないからこそ、いきなり『お姉さま』って呼ばれなくなったら、すごいビビっちゃうんだけど……嫌われてるのかな……」
「えー? 普段あれだけ『お姉さま!』って言ってたのに、いきなり嫌いになったりするー?」
「そうだよね……でも最近、撫でさせても貰えないんですけど……」
「うわぁ、ほんとに? じゃあ嫌われたかもね?」
「ダイレクト! 心臓に突き刺さる!」

桃李くんのさらりとした死刑宣告に涙していると、今まで何かを考え込んでいたような弓弦くんが「少しよろしいでしょうか」と声をあげた。

「ぐすっ……なに……?」
「つまり要約すると、最近朱桜の坊ちゃまは、『お姉さま』と呼ばなくなり、軽度のスキンシップを避けるようになった。それに対し、名前さまは何かしてしまったのではないかとお考えになられている。……そういうことでしょうか」
「そうだね……」

正直言って、すごく悲しい。
いつも司くんは、私を見ると笑顔になってくれるし、駆け寄ってきてくれてたのになぁ。最近は、私が声をかけたら何故か緊張して顔を引きつらせるし、動揺したように目も泳いでるし。

私、何かしたのかな。いやだなぁ、司くんに嫌われたくない……。

と一人鬱々としていると、さすがの桃李くんも可哀そうに思ってくれたのか、「元気出しなよー……」と私の頭を撫でてきた。その温かい子供体温がまた司くんを思い出させて、抑えていた涙がほろりと零れ落ちた。

「ひゃわ!? 名前っ、どうして泣くの〜っ!」
「ぐすっ、うぇええん……」
「どどどどどうしよう! ちょっと奴隷! どうにかしてよぉ!」
「坊ちゃままで泣き出さないでくださいませ」 

そう言いながら、弓弦くんがポケットから白いハンカチを取り出した。優しく私の目元にそれを当てて、涙を吸い取ってくれる。

「ふむ。名前さまを泣かせたとあっては、さすがのわたくしも朱桜の坊ちゃまにガツンと言わねば気が収まりませんね」
「うっ、だ、だめよ弓弦くん……私が勝手に泣いただけなの……」
「奴隷ってたまに過激派だからねぇ? ボクもチェーンソーで脅されたことあるし」
「坊ちゃま」
「ひぇぇ、わかったよ! もう、名前も泣かないで! 弓弦がこう言うってことは、何かあるよ」
「……何か?」

桃李くんの発言に疑問を抱き、伏せていた顔を上げる。すると、そこには相変わらず優雅な微笑みを湛えたままの弓弦くんが立っていた。

「……わたくしに考えがあります」



翌日。
弓弦くんの指示通り、私は1年B組に桃李くんを迎えに行くことにした。今日は『fine』のプロデュースなので、まぁ迎えに行ってもおかしくはないだろう。

でもB組って、司くんもいるよねぇ……。

「名前さま、顔が暗いですよ」
「うぐっ」
「大丈夫です。名前さまは私と話を合わせて頂ければ、悪いようにはなりませんよ」

ふふ、と弓弦くんは微笑んでいる。結局詳しい話は聞けなかったけれど、彼には何か作戦があるようだ。『朱桜の坊ちゃまの真意を、暴いてみせましょう』とか言ってたけれど……。

「坊ちゃま。お迎えにあがりましたよ」

いつの間にか1Bについていた。弓弦くんが後ろの扉を開けて中に入るので、続いて私も入室する。見慣れた赤色の髪と、ピンク色の髪が並んでいた。何やら既に口喧嘩が始まっていたらしく、雰囲気が重い。

「あっ、奴隷と! 名前〜!」
「なっ」

司くんは私の名前を聞くと、驚いたようにこちらを振り向いた。うう、その反応傷つくなぁ……。
なんて私が傷心しているのもガン無視で、弓弦くんは私の手を取ってすたすたと彼らに近寄った。

「坊ちゃま、定刻まで残り五分です。お早く支度を」
「わかってるよぉ。……って、あ! 名前と弓弦、手つないでる!」
「はえ?」

とっさに右手を見た。いや、別にこれは、私を誘導してくれただけであって……なんて言おうと思ったけど、

「桃李くん。伏見先輩はただ、名前先輩の手を引かれただけです」
「はぁ? うるさいなぁ……うちの奴隷と名前が仲良くしてるってことに、変わりないでしょ?」
「仲良く……」

普段ならさらに煽りを入れると思われる司くんが、なぜか今日は言葉を濁していた。どこか顔色も悪い。

「あ、そうだ。名前と弓弦、結婚しちゃえばいいんだよ!」
「「は!?」」

被ったのは、私と司くんの声だった。ばちっと視線があったけれど、すぐに目を反らされる。

「坊ちゃま、それはどういうことでしょう?」
「えー? だって、名前は三年生で、あっという間にいなくなっちゃうでしょ?」
「ええ、確かに昨日お話ししましたが……」
「だから、名前が弓弦の奥さんになったら、ずーっとボクも名前と一緒に居れるでしょ!」
「あはは……桃李くんったら」
「ふむ、それも良いかもしれませんね」

ニコニコしている桃李くんと、彼の思いつきに微笑んでいる弓弦くん。癒し空間が広がっていた。弓弦くんは主人のこんなジョークにもスマイルを崩さず対応できるなんて、えらいなぁ。

「うふふ! 名案だ! けってーい☆」
「桃李くん、それ『fine』のレッスンの時に喧伝しないでよ?」
「そうですね。少々照れますから……♪」
「弓弦くん、悪ノリしない!」
「ふふ……」

弓弦くんは意味深に微笑んだままだ。

「ではこれで失礼いたします。朱桜の坊ちゃま、お気をつけてお帰りくださ……」
「お、お待ちくださいっ! 桃李くん、貴方は使用人の人生にまで口出しするつもりですかっ!?」
「うるさーい」
「いいえ、うるさくありませんっ! そんな都合と出来合いで結婚だなんて……お姉さまをきちんと慕っている者が、お姉さまと結婚したほうがいいに決まっています!」

あ。お姉さまって呼んでくれた。
やっぱり意識しないとその呼び名になるんだ、と思いつつ、久しぶりに呼んでくれたことに嬉しくなった。もっとも……司くんはいま、怒っているようだけど。やっぱり彼は真面目な良い子だ。

一方の桃李くんは、司くんが声を荒げているのが面白いのか、にやにやと笑っている。

「そんなのいるか分かんないじゃーん。ボクが、居るかいないか分からないような奴に譲らなくてもいいって、とーぜんの結論だよね?」
「います、絶対居ます!」
「朱桜の坊ちゃま」

突然、弓弦くんが静かな声で呟いた。落ち着いたその声は、一年生二人の間でよく響いたのか、視線が集中する。

「……はい」
「ですから、朱桜の坊ちゃまですよね」
「え、ええと……私は確かに朱桜司ですが……?」

きょとんとした顔で弓弦くんを見つめる司くん。弓弦くんはやれやれ、とでも言いたそうな顔で首を横に振った。

「『お姉さまをきちんと慕っている者』は、貴方ですよね、と申し上げているのです」

え。
そういう顔をしていたのは桃李くんだが、きっと私も同じ顔だ。恐る恐る司くんの顔を覗き見る。……顔が真っ赤だった。

「な、なぜ……」
「なぜ? 正直名前さまからお話を聞いた時点で察しておりました。名前さまは貴方様に『お姉さま』と呼ばれなくなった、スキンシップがなくなったと嘆いていらっしゃいましてね。しかし、その二点を考えれば、『しなくなった』ではなく『できなくなった』と考えるほうが自然でございます」
「……で、できなくなったって……どういう意味?」

おそるおそる発言する。

「はぁ、ですから……名前さまを女性として意識しなさるようになり、自分もまた男性であることを貴女に知らしめたかったのでは? お姉さまの可愛い弟君……では恋愛対象に入りがたいでしょう。そして、貴方の変化に過敏に反応した名前さまもまた……」
「ふ、伏見先輩っ……そ、そこまで仰らなくて結構です! あ、あとは自分で……言わせてくださいまし」
「――大変失礼いたしました。では」

まさに言い逃げ、といわんばかりに、弓弦くんは桃李くんを小脇に抱えてさっさと教室から出て行った。1Bに残ったのは、私と……

「……お姉さま」
「は、はひっ」
「すみません。突然そうお呼びしなくなったら、びっくりさせてしまいますよね……完全に私の失態でした」
「あ、い、いや……大丈夫よ、うん。……」

ど、どうしよう。心臓が痛い。
今度は私が目を泳がせる番か、とぼんやり思った。けれど、それは司くんの意外と大きな掌に、頬を固定されたことで阻まれた。

「名前お姉さま」
「……っ、うん。……やっと呼んでくれた」

嬉しくて涙が出そうだ。実際、ちょっとうるんでいるだろう瞳で、改めて司くんの顔を見た。優しく微笑みを浮かべている。けれどちょっとほっぺが赤くなっていた。

「申し訳ありません。……これからも、お姉さまと呼ぶ頻度は減るであろうことを、まずはお許しください。……ただ、これだけは知っていて頂きたい」
「え……なにを……?」

何を教えてくれるの。
そう言おうと思ったけれど、残る言葉は司くんによって塞がれた。一瞬触れるだけの、拙いキス。

「もし、名前さんが、貴方を思う相手と結婚したいのであれば。

……どうか結婚は、伏見先輩ではなく、他のどの男とでもなく――私としていただきたい」

なんてまた、一かけらの迷いもなく、大真面目に言ってくるものだから。まるで先ほどのあれは、誓いのキスのようだなぁ……なんて思ったのだ。

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