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 しあわせな恋のおわり

しあわせな恋の続きで正臨です。正臨です。





今日も、食べてくれなかった。



「わ、いい匂い。シチュー?波江さんが作ってくれたんですか?」
「………」

いいにおい、だって。
昨日棄てそこねたシチューに目をやって、紀田くんがそわそわキッチンを気にする。
温めなおそうとした俺に、そんなのいらないからと腰を引いたシズちゃんの目が、冷たくて、痛かった。
コンロの火を止めた固い床で、ああそこには入っちゃだめだよ。紀田くんが汚れる。
立ち上がった紀田くんの服を掴むと、なぜか瞳が輝いた。

「俺も、いただいていいですか?」
「えっ?」
「朝食べてないんです。ね、臨也さんひとりじゃ食べ切れないでしょう?」
「………ぁ、」

あんなもの、食べる価値なんてないよ。そういおうとして、勘違いに気づく。気付いてよかった。不必要に、傷付いてしまうところだった。

「あれ、波江さんが作ったんじゃないよ。」
「え?」
「俺が、作った、の……」
「………」

そうだ、彼女が作ったものだから、紀田くんは興味をもって、食指が動いて、たべたい、なんて、

あ、泣きそう。

「温めなおしてきますね。いただきます。」
「えっ?」
「臨也さんの料理、ずっと食べたかったんです。」

緩く掴んでた俺の手を優しく外して、汚いキッチンに駆け出す。
止めれなかったのは、なんでだろう。

俺が作ったと告げた瞬間、紀田くんの目が、透き通るように色を変えた。怒っているのかと、思うような色に見えた。

「おいしくないよ」
「でも、いい匂いです。」
「いいにおい、する?」
「はい。温まるまで我慢するの、つらいです。」

にこにこ笑って眉毛を下げるから、冷蔵庫からサラダとヨーグルトを出した。俺が温めるからと手渡すと、嬉しそうに細められた目が痛い。抉られるようだ。

「いざやさん!サラダおいしいです!」
「………」

コトコトコトコト
なんの匂いもしなかったシチューが、芳しく香っていく気がする。
そんなの、ちぎってドレッシングをかけただけだ。

この、シチューは

シズちゃんの口に合えばいいなと思って、野菜をたくさん入れて、ゆっくり火をかけて、コトコト、コトコト。
一日掛かりだったけど、棄てることにためらいはなかった。
ただ、今日は少し寝過ごしてしまって、紀田くんが来る前にキッチンを綺麗にしなきゃいけなくて、そしたら鍋に蓋をしたまま忘れていただけで。

だから、紀田くんには、きっとおいしくないと思う。

だけど

「紀田くん、おまたせ。」

がんばって、作ったんだ。

彼に食べて欲しくて、得意じゃなかったけど、頑張って練習したんだ。本当は、捨てたくなんてなかった。いつだって、哀しかった。
料理がゴミ箱に落ちるのを眺めるたびに、自分が削られているような感覚がした。

いただきますと手を合わせて、紀田くんがスプーンを手にする。
紀田くんのことなんてひと匙も想わずに作ったシチューを食べさせるのは、ひどいことのように思えた。

本当に、食べてくれるの?

呟いた不安に紀田くんが笑う。

俺が食べたいって言ったんですよ。

あ、こえが、でた。

ひとくちたべて、おいしいと、しあわせそうに、顔をほころばせて、ああ、もう
その笑顔にシズちゃんが重なって、また泣きたくなってきた。

「しっぱいしたから、すてようとおもってたんだ」
「これからは、捨てる前に俺に一声掛けて下さいね。臨也さんにとっては失敗でも、俺にはきっとおいしいから。」
「………」

限界だ、と、思った。
ずっと我慢をしていた涙腺が壊れて、ぽろぽろぽろぽろ涙を溢れさせていく。

声にならない嗚咽を零す自分に、また、紀田くんが目を細めた。

「また、作ってくださいね。」




「シズちゃん、いらっしゃい。」
「………おう」
「ごはん、たべる?」
「食ってきた、から」
「………うん。」

シズちゃんの手が頬に触れる。
今日は、どこに、だれと行ったのかな?
わからないけど、聞くこともできないけど、でも、哀しいとはもう思わなかった。

(よかった)

今日のごはんは、
紀田くんの笑顔を浮かべて作ったものだから。


(食べてくれると、いいな。)



しあわせな恋は、知らないあいだにゴミ箱に捨ててたみたい。



End


2013/12/03




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