short | ナノ

 メルト

赤い実はじけたのつづきです。





やわらかいものが自分の頬と重なって

え?
と思ったときには涙はぴたりと止まっていた。

「……デザートもあるから、あったかいうちに食べて」
「お、う」

ぽん、と自分の頭を叩いて、臨也が食事に視線を向ける。なにが起きたかもはっきりと理解できないままに再開した食事は、さっきまでと味が違っていた。

『言葉が出ないくらい美味しいんだろ?』

涙で滲んでもわかる嬉しそうな笑顔で告げられた言葉は、自分の言葉にできなかった感情そのもので。
初めて食べた、初めて自分のために作ってくれた料理がこれまで食べたどんな料理よりもおいしいと伝えたいのに、伝えないとと思うのに声にならなくて、また嫌われてしまうやっぱりあいつがいいと思わせてしまう。泣いてしまった情けない自分に、臨也は信じられないことをした。

「…………」
「……多かったら残していいから」
「…………」

なんて言った?

自分に対してはありえない言葉が聞こえた気がした。
だけど、気のせいにしてはあまりに耳に、頭に残ってる。
それに、気のせいでその言葉が聞こえるほど、自分の耳が都合よくできているとは思えない。

「臨也、」
「なに?」
「……うまい」
「そう」

「「………」」

「あのさ、シズちゃん」
「…んだよ」

「……いやじゃ、なかった?」
「ッッー……!」

淡く頬を赤らめて、臨也が唇を隠すように頬杖をつく。

「い、やなわけ……ね、ねぇ、だろ……」
「そっか。……よかった。」
「っ、」

ゆめじゃ、ない………?

なにが起こったか分からない。
こいつはあいつが、新羅が好きなのに。俺のことはきっと新羅への当て付けとか、なんにしても、あいつのためのはずなのに。
なんでいま自分はいまこんなにしあわせなことになっているのか。

「……」

まるで、恋人みたいだ。本物みたいだ。
咀嚼する、グラタンが少しずつ冷めていく。なのに、一口ごとにおいしくなっていくように感じる。
おいしい、おいしすぎていくらだって涙が零れてしまいそうだ。
でもそれは臨也に先程の行為を強請ることなのかと頭を過ぎって溢れる直前で涙が蒸発する。血だけかと思ったら、涙まで沸騰してたらしい。

「よし、完食」
「……ごちそう、さま…」
「お粗末様でした。でもまだあるからねー。期待して待ってて?」

跳ねるようにキッチンに駆けていって、生クリームや果物で彩られたプリンを手に戻ってきた臨也に、自分はまた、息の仕方を忘れてしまった。



「シズちゃん、送る」
「いらねぇ。雨降ってんだろ」
「……相合い傘、憧れなんだけど」
「…………」

自分は、魔法にでもかけられたんだろうか。
宝石のようにキラキラきらめくプリンに触れることすら出来ずにいると、臨也がスプーンを手にとって、最後の一欠片まで掬い取って自分の口に運んだ。あまかった、とてつもなく、あまいあじがした。だけど、わからなかった。
甘いのがプリンなのかスプーンなのか臨也の笑顔なのか、もう分からなくて、俺はただ自分がここでいま生きていることを不思議に思っていた。

とっくにキャパシティを超えていることを自覚して、必死でごちそうさまと、帰るの一言を告げた。
臨也は一度なにか言おうとしたように見えたけど、広い窓に目をやって思いついたように目を輝かせた。なんだ、と目を見張ると、玄関にあった黒い傘を手に、嬉しそうに靴を履き替えてまた自分の心臓を抉る台詞を紡ぎ出した。

「シズちゃん持ってね。」
「……おう」

雨が傘に当たった瞬間に、ぱちんと弾けてぜんぶ消えてしまいそうだ。

濡れると呟いて臨也が肩を寄せる。

そう、だ濡れる。濡れるから、俺になんて譲る必要ないのに。

「ねぇシズちゃん、聞いてもいい?」
「……なんだよ」
「俺のこと、好き?」
「っ!?」
「……ねぇ、好き?」
「っ、…ッ」

脈絡もなく、傘の中での上目遣いの衝撃は心臓を壊すのに充分すぎる。酸素が足りなくなった頭は、まともな答えを言葉には出来なくてそれでも必死の決意で覚悟でなんとか一度、首を、縦に振ることだけは出来た。
なんでそんなことを、今日自分は殺されるのだろうか。もう用済みだからと、捨てる前の手入れでもしてくれているのだろうか。
自分至上最大の努力でもって示した肯定を確認して臨也がフイと視線を逸らす。
やっと解放された、息が出来ると安堵すると同時に今度は不安が溢れる。
期待した答えを返せなかったのか、見捨てられたのか。

「……俺も、好き。」
「…………」
「あ、シズちゃんコンビニ寄ろう。」
「…………」
「やっぱり、ほら、池袋に着いてからも雨降ってるかもしれないし」
「………え?」
「…………」

「……うそ、じゃないからね」

傘を持ってない手のひらを取って、合わせる。
これ、最初に俺がやったの。
あのときは、泣きそうな顔をしていた。俺になんて触れられたくないと、知って、それでもよかった。ずっと。
深いところに触れられなくても、無理矢理にでも、誰のためでも
恋人だと臨也が言って、それで隣りに居てくれるならそれだけでよかった。

だって、声が聞けた。
顔が見れた。
触れて、感じることができた。

そんな些細なことですら、夢のようなことに思えたんだ。

「……しにてぇ」
「は?」
「いま、しにてぇ」

零れた、溢れた


これが夢なら、現実だとしても

いま、息をやめてしまえたらそれはたぶん自分にとって最高の最期だ。

もういい、みたくない。
これ以上はいらない、入らない。

止まらない本音を吐き出す情けない自分を、臨也の瞳が真っ直ぐに捉える。

その瞳が透きとおっていて、
眩しいくらいに綺麗で、
苦しいのに、痛いのに、
目を逸らすことすら、出来ない。

「君が死んだら、俺は困るなぁ」


「やっと、これから俺もしあわせになれると思ったのに。」

へらりと笑って、臨也が傘を奪う。傾ける。雨はまだやんでいない。

濡れる、滴る、笑う

好きだなんて、絶対に聞けないと思ってた。だから

(これ以上は、だめだ)

そんなことを言われたら
そんなふうに笑われたら

求めてしまう、もっとを
自分だけでいてと、自分以外見ないでと

あいつより、俺を選んでと


そんなこと、できるはずないのに

10センチ差を埋めるように目線を上げて、臨也が不意に瞳を閉じる。

熱い、ぜんぶ
いま触れたら、傷付けてしまう。

震える、指が、躊躇って、頬に触れる直前で空を掴んだ。

「っ、」

触れるのを諦めそうになったのに、気付いたように臨也がぱっと目蓋を上げる。

瞳が露わになって、指先が、触れて

頬を溶かす。
臨也の手も、火傷しそうなくらい熱かった。

「シズちゃんは、ちょっと俺のことを好きすぎるね。」

嬉しそうに笑って、臨也が黒い傘を拾う。今気付いた。傘にも、猫がいる。

ずぶ濡れになってしまったと言いながら傘を掲げて、隣りに並ぶ。
俺は無言で、臨也は笑って

時間が、止まった。

熱い。
触れられた頬も、重なった、唇も。

どうしよう、とけてしまう

じわりとまた滲んだ、涙さえ熱を帯びて、いらないことが、口をついてしまいそうになる。

「いざや」

「なぁに」

「ー……ごめん」


ずっと、ずっと好きだった。
新羅を好きなお前も、俺を嫌いなお前も、
ぜんぶ、ぜんぶ大好きだった。

「もう、無理だ。」

「え?」

だから、我慢できた。
なのに、お前のせいだ。
我慢は所詮、我慢でしかなかったんだ。

ほんとは、ほんとはずっと、ずっと前から俺はお前が、お前のことが

言おうと思ったことなんてなかった。
言えると思ったことなんてなかった。

誰にも聞かれないように、届かないように、心の中だけで、叫んでいた悲鳴のような浅ましい想いの成れの果てを、伝えることだけはしてはいけないと、自分を抑え続けていた。なのに、だめだ。

もう、どうしようもなくなった。
我慢なんて、本当は一番苦手なんだ。

「臨也、俺はお前が、お前のことが、お前だけが、かけがえなく好きで、大好きで、大切で、大事にしたくて、笑ってほしくて、必要で、お前だけのために、俺の全部を懸けるから、差し出すから、だから」

「俺の、俺だけのに、なってほしい。俺以外なんて見ないで、俺以外のために笑わないで、俺だけの臨也に、なってほしい。」

「お前の全部を、俺だけのに、させてくれ……!」

言って、しまった―…!

熱に、浮かされたんだ。
そう言い訳して、自分に逃げ道を作って、もう戻れないことも分かってる。

覚悟ならとっくの昔に出来ていた。
臨也が少しでも表情を堅くしたら、哀しそうな顔をしたら、その時は舌を噛んで死んでしまおう。人生を閉じるには、あまりにも幸せが過ぎる一日だった。

前向きに思い詰めて、自分の人生最後になるであろう臨也の顔に目をやって、それから

判断を、躊躇った。

「そ、それって、つ、つまり、あの、えっと、えっと…つまり、その、あの、そういう、……ーッ」
「え?」

ボッと音を立てて臨也の顔が真っ赤に沸騰した。驚いて思わず出た疑問符に、ハッとしたように臨也が思い切りちがう!と叫んで首を振る。

「ち、ちがうよ!嫌って言ってるんじゃなくて、そっそれはあの、好き同士だし、いつかはあの、そういうこともあの、していくかなとは思うんだけど、あ、あの、えっと、俺、あの、まっまだ、もうちょっと段階を踏んでからと言うかいやあの嫌とかそういうのじゃなくてもちろん興味がないとかしたくないとかそういうわけでもあの、あの」


「こ、心の準備を、させて、下さい……っ!」
「へっ!?」

ドス!っと手の甲に思いっ切りナイフが突き刺さって、痛いよりもびっくりして手を跳ね上げると臨也がまさに脱兎のごとく跳ねて走って視界から消え去った。

だくだくだくと血が溢れていく。

いや、ちがうっていったいなにが、心の準備ってなんの

血液の浪費とともに冷えていく頭で、その答えに、臨也の反応の理由に、思い至った、瞬間

「ーーー……ッッ!!!」


臨也が残してくれたナイフで、自分の腹をかっさばきたくなった。



end



2013/11/21

ミクさんのでした。
しあわせなシズイザ!





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