待ちぼうけ
シズ←イザ前提からの総愛で、シズちゃんがひどい人で、臨也さんがひどい目にあってます。
苦手な方はご注意ください。
*
『この場所で、俺が声をかけるまで待ってろ』
『それが出来たら今までのこと全部水に流してやるよ。』
10センチの身長差を、埋めるために見上げた先で薄い唇が弧を描く。
なにが言いたいかくらい
ほんとは分かってた。
*噴水の縁に腰掛けて、三時間
まぁ今日は来ないだろう。
この場所ってどこまでがこの場所かな。
あっちのベンチは、木が風除けになってここより暖かそうだけど、でもそれで動いたと約束を反故にされたら適わない。
ポケットに手を入れて前屈みに丸くなる。さむい、さむい。
携帯が震えてる。
そうだ仕事、しばらく任せるねとだけメールしておこう。
それであの人は分かってくれるし、それにいつまでかなんて分からない。もしかしたら、飢餓でしぬかも。
それはそれで、悪くはないけど。
*空が暗くなって、星が見えてきた。
足をぱたぱた動かしたり、手を揉んでみたりしてみたけれど、全身が冷たい。
「なにしてんすかぁ」
「酔っ払い?オニーサンいい服着てるよね、俺たちにお小遣いくれたりしな……」
フード被って冷たい縁に寝転んでいると、あったかそうな男の子たちに声を掛けられる。
フードを外して見上げると、二人で黙ってしゃがみこんだ。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
「タクシー、呼んできましょうか」
ありがとう、でも、人を待ってるんだ。気にしないで。
笑って言うと、二人で困ったような顔をした。
それから一人は上着を脱いで、一人はどこかに走っていった。
「これ、敷いて下さい。」
「よかったら、飲んでください。」
首を振って断ったけど、男の子たちはだめですと強い口調でコーンポタージュとコーヒーを押し付けて、震える身体を支えて上着を敷いてくれた。
優しい子たちもいたものだ。
ほんの少し、息ができるようになった。
*朝日が昇ってきた。
「っ、なにしてんですか、アンタ……!」
公園の時計に目をやるとまだ6時になってない。なんで紀田くんがこんなところにいるの?散歩?
眠たい目をこすって聞くと、ふざけるなと怒鳴られた。
俺がここにいると言うことが噂になってるらしい。
やめてほしい。プライバシーの侵害だ。
「突っ込みませんからね。ほら、帰りますよ。立てますか?」
立たない。帰らない。
差し伸べられた手を拒んでコートに潜り込む。
紀田くんが目を見開いたのがギリギリ見えてしまったけど、見ない振りをした。
俺のことは放って置いてよ。
いい気味だと、笑ってればいい。
それができない優しい子だとは知りながら、出てるのか出てないのか分からないような声を出す。
勝手にやってるから放っておいてくれればいい。
応えない紀田くんを無視して、コートの中で目蓋を閉じる。
呆れて、帰ってしまえばいい。
俺は望んで、この場所にいるんだから。
*人が増えてきて、直接当たる日光が眩しい。
いつになったら、帰ってくれるの。
まだ居る紀田くんを怨みがましく睨みつけると、アンタが帰るまでだと目を逸らされた。
こうなったら意地でも帰ってはくれないんだろう。
そういう子だ、この子は。
仕方がない、言いたくなかったけれど。
シズちゃんとした約束を話した。
だから君が居たら迷惑だとも。
「そう、ですか」
誤魔化しようもなく潤んだ瞳の理由に、気付きたくはないからまたコートに逃げ込んだ。
あつい。
*たぶん、シズちゃんを待ち始めたのが昨日の今くらい
「……臨也」
動けなくなっても困るので一度立ち上がる。
やあドタチン。
笑ったつもりが、ふらついてしまった。
自分より一回り大きい身体に支えられて苦笑する。また怒られるかな。
あ
「……昨日から、っつったか」
「ーっ、っ」
立ち上がったせいか、それとも限界だったのか。
どうしようもない生理現象を察したドタチンが、極めて優しい手付きで背中を撫でる。
「もし来たらフォローしといてやるから、行ってこい」
「や、やだ、だめ、待ってる」
「じゃあどうすんだよ」
「っ、こ、」
「ここで、する」
「……………」
「ー……もしもし、静雄か?」
「っ、っ」
自分の頭上でなされる交渉を、阻止したいのにそんな余裕がない。内股になる膝と、隠しようもなく滲む涙。
みっともない、恥ずかしい。
こんなところ、誰にも見られたくないのに、せめてシズちゃんにだけは、知られたくなかったのに。
「それくらいなら、行っていいってよ。ほら、歩けるか」
優しいことは、ひどい罪だ。
*また、空気が冷たくなってきた。
ドタチンが置いていってくれた毛布とタオルのおかげで昨日よりはだいぶ快適だ。
こんな時間なら、今日も来ないだろう。
もう寝てしまおうと思ったら、また、彼だ。
「タオル、濡らしてきたんで。」
だからなに。と、顔を上げたら思い切り押しつけられた。
「アンタ、肌弱いんだから。ほら、化粧水と乳液と、ミネラルウォーターと洗面器と、あと、枕とクッションと日除けと」
次から次へ、えらく大きなカバンを持ってきたと思ったら君は俺をここの住民にするつもりか。
呆れた声に、笑顔が浮かぶ。
「そうなったら、俺も住みます。」
ばかなんじゃないのこの子。
*また朝が来た。
公園の前に黒塗りの車が止まって、嫌な予感がした。
「なにか他に必要な物はありますか?」
公園で膝を立てる四木さんなんて、みたくなかった。
頬を撫でようとした細い指を弾く。
触らないで下さい。汚れます。
今の俺は、彼でなくても臭くて汚い。
みられたくなかった。こんな自分。
噴水の縁に足を乗せて、抱え込む。
彼一人に、こんなになる自分を知られたくなかった。
「待ち人が来ないというのは不安なものでしょう」
拒んだというのに、四木さんの指は髪に触れた。
やめてと、心の中で叫んだ。
分かってる。
べたべたで、ごみだってついてる。こんな俺に、触れないで。
なのに、なのに四木さんは
「気休めにでもなれば幸いです。」
汚れきった髪に口づけて、
ふわふわやわらかいものを押し付けた。
にゃーさんの、ぬいぐるみ
羞恥心が、劣等感が、なくなるはずなんてないけれどそれでも
ほんの少しだけ、和らいだ気がした。
*太陽が、ちょうど真上だ。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん、お弁当忘れたの?」
「わたしたちもうたべたよ!あっち!」
「お兄ちゃん、おやすみしてるから、ごはん忘れたの?」
「おなかぐーぐーするよ!」
保育園の子か幼稚園の子かしらないけど、こんな怪しいお兄さんに可愛い子ども近づけちゃだめだよ先生……。
ごめんね眠いんだと上半身を倒すと、あとで食べてねと声が重なる。
幼かった頃の妹たちが浮かんで、胸が、痛くなった。
*夕焼けが赤い。泥団子がむっつ、供えてあった。
善意はありがたいけど、泥団子でなくても口にする気はない。
今だってひどくみっともないことをしている自覚はあるけれど、分かっているからこそ、もうこれ以上惨めな思いをしたくなかった。
食べないで、飲まないで
もし、尽きてしまうなら
それはそれで、しあわせなことだと思った。
座ることがだんだん億劫になってきて、枕に顔をうずめて毛布を被った。
今日は、どうかなぁ
いろんな人が出入りする公園の入り口を眺めていると、
あ
きた、やっと
シズちゃんだ
なんとか身体を起こして、立ち上がろうと力を込める。
ふらつきながら、震えながら、
あと、少し
力を込めるために見上げた先で、一度確かに俺の目を見たシズちゃんは
深く眉根に皺を刻んで、踵を返して行ってしまった。
そうか、まだだめなのか
倒れ込んだ先に布団はなかった。
でも、固い地面でもなかった。
緩衝材入りのレジャーシートは、昨日紀田くんが敷いてたものだ。
だれかに上着と飲み物を恵まれた最初の夜から、随分快適になったものだ。
噴水の縁に掛かった布団と枕を引きずりおろして少し早いけど眠りにつく。
一日のほとんどを寝て過ごしてるというのに、眠くて、眠くてしかたがない。
*夜中だということだけは分かった。
不意に感じた気配に薄く目を開けると、やっぱり、いた。
声をかけようともせず、隣りで膝を抱えて座っている。
なんだろう
思いながら、でも気付かない振りをして目を閉じると、紀田くんが優しく頭を撫ではじめた。
汚いって、言ってるのに。
優しく、慈しむように。
柔らかい手が触れて離れるその度に、涙が滲んで溢れそうになった。
*空が白んで、雨音が聞こえ始めた。
いつの間にか布団に掛けられたビニールシートと、頭上に広がる空色の傘。
見上げて、視線を戻そうとした帰り道紀田くんと目が合う。
「雨がやんだら、テントでも張りますか」
さすがに撤去されちゃうよ。
声には出さないで、傘を持つ手に手を伸ばす。
何度か不思議そうにまばたきをして、紀田くんが傘を持ちかえた。
うん、せいかい。
握った手がつめたい。
なにをしてるんだろうこの子は。
それを考えている間に、ドタチンが走ってやってきた。
紀田くんに目を遣って歩調を緩めたドタチンの手には、二本の傘があった。
差してくればよかったのに。
安心したような顔をして近付くドタチンに、作れる笑顔もなくなった。
もう、いいよ。
放っておいて、好きにさせて。
保護するだけの価値なんて、自分には一欠片もありはしないのだから。
黒塗りの車が公園の前に止まる。
開いた後部座席のドアの先を見て、傍迷惑な贖罪の終わりを悟った。
*雨音は強くなっていく。
黒塗りの車から現れたのは、四木さんの白いスーツじゃなくて見慣れた白衣だった。
ああ、そうか。
黒い傘を差して、ゆっくりと近付いてくる。
雨で視界がぼやけていたけど
そいつが誰かくらいすぐにわかった。
「俺が今ここに居るってことがどういうことか、分かるね。臨也」
自然に口角が上がって、久しぶりに自分が表情を作った気がした。
ゲームオーバーだ。
呟いたつもりだった答えは、雨音にかき消されてしまった。
*いまがいつかわからない。
真っ暗な部屋だ。
久しぶりの布団だ。
やわらかいベッドだ。
こんなにすっきりした目覚めは、生まれて初めてかもしれない。
石けんと、ベビーパウダーの香りがする。
とても、しあわせな香りだ。
「おはよう、とりあえず殴っていいかしら。」
ピッと電子音がして、蛍光灯に灯りが灯る。
凛とした声を、聞き間違えるはずがない。
やわらかい灯りが視界を広げて、やっと自分の部屋だと気付いた。
「そう怒らないでよ。たかだか三日、よくあることだろう?君を信頼してるんだよ。」
「あなたに信頼されたところで塵屑ほども嬉しくないわ。それに五日よ。自分の睡眠時間くらい把握していなさい。」
無茶なことを言って波江さんがベッドに腰掛ける。沈んだベッドの柔らかさになぜかほっとした。
「ねぇ波江さん、俺がなんであんなことになってたか、理由、知ってる?」
「こんなことになってるか、でしょう?傍迷惑は現在進行形で続いているのよ。勝手に終わったことにしないで。」
細くて優しい指が頬を撫でる。
いつもなら一週間や一ヶ月、適当に捌いてくれているじゃないか。なんて言い返したら藤色のマニキュアにコーティングされた爪で抓られた。
「次やったら、平和島静雄の上司に毒を盛るわ。上司に仕事を押し付けられるのがどれだけ面倒で厄介か思い知らせてあげる。」
「それはとんだとばっちりだね……これからは気をつけるよ、田中トムに罪はないからやめてあげて。」
「あら、なら平和島静雄にしましょうか?今回の原因はあの男なんでしょう。」
「切っ掛けはシズちゃんだけど、原因はやっぱり俺だよ。ごめんなさい、波江さん。」
毒くらい、ちゃんと飲み干すよ。
波江さんの頬を撫でて華奢な肩を引き寄せる。
「……私なんて、一番迷惑してない方よ。あなたのこと、心配なんてしてなかったもの。」
「ん、ごめん、ごめんね。」
分かってるよ。
ひとりずつ、ちゃんと謝るよ。
震える肩が、やわらかくて、あったかかった。
*シズちゃんを見かけた。
シズちゃんは俺を見て、
確かに目を合わせて、
それから、逸らした。
うん、うん。
分かってたんだよ、ごめんね。
初めましてから十年、
トラックやダンプカーをあてたことも、冤罪で冷たい拘置所に閉じ込めたこともある。彼の知らないところでも、散々彼を陥れてきた。
十年、十年だ。
それをたった一度の贖罪で許されようだなんてあまりに虫が良すぎる話だ。
分かってた。分かってたんだ。
彼には最初から、
俺に約束を守らせる気なんてなかった。
*空が青く澄み渡っている。
身体が軽い。
羽根が生えたみたいだ。
地面が遠い。
踏み出せば、空まで歩いて行けそうだ。
(ごめんね)
(ばいばい)
ふわりと浮いた靴が、
しあわせな場所に連れて行ってくれる気がした。
2013/11/18
みんなに愛される臨也さんでした。
もともとはシズちゃんを待ってる間に臨也さんがいろんな人から防寒具や食べ物を恵まれてもこもこあったかいざやさんになるって話だったと思うのですが、なにがなんだか……。
以下蛇足の正臨です。
蛇足
*太陽の光が眩しい
「なにしてんすか」
「…………」
「ちょっと、旅立ってみようかなって」
「笑い事じゃねぇよ。なんなんですかアンタ、波江さんに言いつけますよ」
「やめてよ、今度こそ殺されちゃう」
「……波江さんには殺せませんよ」
「ん?」
「俺が、守りますから!」
「ー…ふはっ、あはっはははっ!紀田くんかっこいーい!」
「ふふっえへへ、でしょ?惚れていいですよ!」
「ほんとに?真剣に考えちゃおうかなぁ」
「えっ」
「……まだ、ちょっと難しいけど」
「待ってて、くれる?」
晴れてるのに、雨が降った。
太陽のような明るい笑顔からあったかい雫が零れ落ちる。
(ごめんねばっかり、ごめんね)
今度はきっと、
ありがとうって
蛇足 end
実はシズちゃん毎日公園に来てて、違う入り口から臨也さんのことに見てて、もうやめろって言いたくて、でも代わる代わる誰かが臨也さんの傍にいて声を掛けれなくて、そんな情けないシズちゃんを正臣くんは知ってて黙ってるといいなって。
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