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 赤い実はじけた

だってだってだっての続きで静臨です。




ばくばくばくばく

壊れる寸前のような心臓の音は今まで何度だって経験したはずなのに、どうしてだろう。壊れた瞬間に溢れるのはすごくしあわせな感情だと確信できる。


「いらっしゃい、シズちゃん」
「……………おう」
「…ごはん、食べた?」
「え、あ、………」

どっちだろう、どっち。
じっと見つめるとシズちゃんが戸惑ったように視線を逸らしてしまった。

正直に答えてほしい。
食べてないなら夕食を作るし、食べたなら軽食程度を用意する。どちらにしても朝のうちに仕込んだものを温めるだけだ。

「……テメェは、食ったのか」
「…………」

そう来たか。
本当にシズちゃんは優しい。優しすぎる。俺は君にだって喜んでほしいのに。
仕種や表情から読めないものかとサングラスに隠された瞳を覗き込んでみても余計に困ったように眉を寄せられるだけだ。

(困ったように、だって)

一見するとただの不機嫌な表情なのになぜか「どうしよう」と悩む声が聞こえる気がした。なんでかな、外れてる気がしない。

「俺は、まだ」
「……俺も。」
「…………そう」

だろうね、思った通りだ。
嘘かどうかは分からないけど、食べてないと言われたからには作らないと。シズちゃんの好みと照らし合わせて熟考した夕食用の献立を思い浮かべる。

「今からでよければ作るけど」
「えっ」
「…俺だって、ちょっとくらいなら作れるんだよ」
「っ、別に作れねぇと思ってねぇよ!」
「はぁ?なんで怒鳴るの、いいから手ぇ洗ってリビングに座ってなよ」
「ッ………ああ」
「……………」



何様だよ俺……っっ!
あれ、なんで、なんでこうなっちゃうの!?
台本、台本読もう。
不慮の事態に備えてスマートフォンに打ち込んでおいた俺に死角はない。

「シズちゃん…」

『件名:喧嘩を売るような物言いをしてしまったとき』を読み返してから冷蔵庫に冷やしておいた料理に手を加えていく。本当に簡単なものだけだけど、失敗するよりはいいだろう。
グラタンとスープとサラダ、あとデザートにプリン。
波江さんと紀田くんも残さずに食べてくれたから、シズちゃんもきっと大丈夫。
グラタンにチーズをまぶしてオーブンにセットする。

上手にできますようにとオーブンをひとなでして、あとは台本を実行するだけだ。

「これ、電話で言ってた幽くんの雑誌。シズちゃんのこと話してたよ」
「…おう、サンキュ」

氷を入れた麦茶と一緒に雑誌を差し出す。表紙の幽くんをみてほっとしたように息をつくシズちゃんをみて少しだけ肩の力が抜けた。

「グラタンだから、焼けるまでちょっと待っててね」
「……おう」
「シズちゃん、グラタン好き?」
「おう、好きだ。」
「よかった。よくクリーム系の料理作ってくれるから、グラタンも好きかなって………あ、ありがとう」

なにも言ってないのにスッと座るスペースを作ってくれて、心臓がきゅんと苦しくなる。優しい…

少し前まではシズちゃんを好きな女の子は外見だけを見ているか相当な物好きかと笑っていたものだけど、こういうさりげない配慮に女の子たちはときめいていたのだろう。馬鹿にしたりして悪かった。

「…幽くんって本当にいい弟だよね。うちの妹は絶対にこんなこと言ってくれないよ」
「兄貴に似てひねくれてんじゃねぇの」
「…………」

ここは「お前にいいところなんてないだろ」だよ、シズちゃん。やめてよ、嬉しいことをされるのには慣れてないんだ。カァ、と火照る顔を隠すために幽くんの写真を見つめる。

「確かに、幽くんは素直だよね。」
「………ああ、俺には勿体ない弟だ。」
「そう?よく似た兄弟だと思うけどな」
「…んなことねぇよ」
「ふぅん、まぁ自分じゃ分からないのかもしれないねぇ」

兄が弟が大好きでブラザーコンプレックスを隠そうともしないところとか、と口を開きかけてやめた。自分が提供した話題でいらつくなんて小さいよ、自分。

新羅がセルティの話をしているときに気を重くすることはあっても理不尽にいらついたことなんてなかったのに、不思議。

「……お前らは似てるよな」
「……認めたくないけどね」
「なんでだよ、可愛いじゃねぇか」
「…………」


「……誰が?」
「あ?九瑠璃と舞流の奴…が………なん、だよ」
「…………別に。グラタンみてくるから、雑誌読んでれば。」
「え?」

だん!

手に持っていた雑誌をテーブルに打ち付けて立ち上がる。シズちゃんが目を見開いたのが分かったけどしらない。っていうか見れない。

「っ、〜……っっ」

シズちゃん、わか、わかってんのかなシズちゃんのばか……!
俺とあいつら似てるって言ったすぐあとで、あいつらのこと可愛いって可愛いってああああああもう!!

だんだんだん!

ものに当たることなんてそうないのに、罪のない冷蔵庫に拳をぶつける。

うずくまってひたすら悶えていたらあの、と怯えたようなか細い声が聞こえて肩が跳ねてしまった。

「!し、しずちゃん…?」
「あ、いや、手伝うこと、あればと、」
「だ、大丈夫。もうすぐできるから、雑誌読んだならテレビでもみてて!」
「あ、あ…わかった」





「………はぁ」

うまくいかない、むずかしい。
あいつはいつだって大好きな彼女の一挙一動で勝手に幸せだったから、好きな人を幸せにするために何が有効かなんてぜんぜん分からない、未知数だ。

でもグラタンを選択したのは成功だったわけだし、俺ならきっとできる…うん、自信をもとう。きっと大丈夫。

ふぅとひとつ息をはいてミトンに手を入れた。
がんばって、じぶん。


「シズちゃん、おまたせ」
「っ………」
「あつあつだから、気をつけてね。あとサラダとスープがあるからまだ食べちゃだめだよ」

ぐつぐつと小さく沸騰の名残をみせる焦げめまで美味しそうなグラタンをテーブルに置くとシズちゃんの瞳がぱああああ!と輝く。
よっしゃあ!と似合わないガッツポーズは内心にとっておくとして、えへへ。にやけてしまう頬くらいは仕方ないから許してあげよう。ふふ、よかった。

鼻唄をうたいたい気持ちで、いやうたってたかな?サラダとスープと、次いで自分の分を用意する。

全てをテーブルに並べ終わってもシズちゃんの瞳は陰ることなく自分が作った料理をみて輝き続けている。

「すげえ」
「えへへ、実はできる子なんだよ俺って」
「すげえ」
「ふふ、そうだよ、すげぇの。見掛けだけじゃなくて味もいいんだから」

すげぇしか言えないシズちゃんの瞳がじわじわとに潤っていくのに反比例して自分の口内は水分を失う。

練習した、味見もした、失敗するはずがない。だけど、だけど…

絶対においしいっていうという確信があるから余計に緊張するのは、本当にシズちゃんに喜んでほしいからで。

こくん、とシズちゃんがグラタンを飲み込むのといっしょに自分も唾を飲む。

どうだろう、

覗き込んで全身が硬直した。え、わ、うわあ



「    」

あいたくちが、

唇がふるふると震えて、なにか言いたいのはわかるんだけど、シズちゃんの口からはなんの音もしない。

ああなにこれ、
なんだろうこれ、

ぎりぎりまで潤った瞳が自分を映して不安げに揺れた瞬間、胸のなかでなにかがぱちんと音をたてて弾けた。

「むりしないでいいよ」

わかってる、
わかってるから、
大丈夫だよ、シズちゃん


「言葉にできないくらい、おいしいんだろ?」


ああどうしよう。しあわせすぎてたまらない。

ぽろぽろとシズちゃんの瞳から綺麗な涙が溢れる。

シズちゃん、ねぇシズちゃん、どうしよう、どうしよう

鳴りやまないの
気持ちが溢れるの

無意識に自分の指がシズちゃんの目元を拭う。ぱちりとまばたきにあわせてまた涙がこぼれ落ちて手のひらを濡らした。


「好きだよ、シズちゃん」


「大好き。」

恋人らしいことってさ、
できるできないじゃなくて勝手に身体が動くものなんだね。

俺がちゃんと恋人になるつもりなんてないと知っていて、それでも受け入れてくれた君の気持ちを軽々しく分かるだなんて言えないけれど


(おまたせ、シズちゃん)


こんなにもはっきりと言えるよ。

君のこと、好きなんだ。





end

赤い実、はじけた





2012/08/18

ミクさんのでした。



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