かわいいひと
ひどいひとのつづきで新臨死ねたです。
苦手な方はご注意ください。
ひどいなぁと、思った。
こんなひどいことに付き合ってくれるなんて、意外と自分は愛されていたのかもしれない
「ねぇ、ウサギさんよりもっとなんかいいの作ってよ。出来るだろ?」
「ええ、新羅がやれよ。俺が見舞われてるんだから」
「だって俺より君の方が器用だろう?出来る人がやった方がいいに決まってる。俺は君の手元を眺めることに専念するよ」
「……大したものはできないよ。」
「君の手が作るものならなんだって興味深いから大丈夫。ほら、」
「………」
触れる、離す、目を細める。
ナイフを手渡す一連の動作に、それだけで涙が落ちそうになる。
落ちそうになるだけで済んだのは、これが初めてではないからだ。
いちにちめ、いっかいめ
もういいから帰ってと言って、
でも新羅は帰りたくないと言って、
だから涙は新羅の白衣に滲んで溶けた。
ひとつきに一回、
約束のとおりに新羅は俺をいちばんにしてくれて、俺だけを見てくれて、俺をしあわせにしてくれる。
もう、片手じゃ足りなくなった。
「静雄がね、桃缶のジュースがおいしいって。静雄に教えられたものを君がおいしいと言うのは少しばかり妬けるけれど、背に腹は変えられないからね。」
じゅうにかいめ
つまり、最期のおねがいから一年。
潮時と、潮時にしないといけないと
これ以上は、自分が限界だった
「ねぇ新羅、本当はさ、全部嘘なんだ。からかっただけ。セルティ以外に愛を囁くお前がみたかっただけ。セルティが独占していたものを自分に向けられたら自分はどうなるんだろうって知りたかっただけ。それで、それでさ、もう十分に楽しんだから、もういいかなと思ってさ、だから、だから」
「これは、医者も看護師も病院も巻き込んだ、俺の遊びだったんだよ。」
「一年も悪かったよ。まさか本当に付き合ってくれるとは思わなかったんだ。お前は曲がりなりにも医者だし、なんなら俺の主治医だし、いつまでも元気な俺を見て、いつ気付くだろうなって、いつ俺を見放すかなって楽しみにしてたんだ。なのに、一年も……さすがに、俺も悪いと思ってるよ。ごめん。」
「………臨也」
「ほんとうに、どうしようもないねきみは」
触れる、包む、わらう
なんでそんな顔してんのお前
「きみといれる時間が長くなるのに、怒るわけがないじゃないか」
「冗談でも、からかってても、俺は君が俺を選んでくれて、傍にいてくれて、本当に心からしあわせなんだよ」
「新羅」
「うん」
「やめてよ」
「やだよ」
「いきたい、ねぇ、いきたい」
「いきたいよ」
「なんで、」
なんで、こんなひどいことするの
ああそうだ、俺が望んだんだった。
最期に一度だけと思ったから
後悔はそれだけだと思ったから
ありえないことだと、諦めていたから
「ねぇしんら、俺のいのちに価値なんてないのに、お前がいてくれるのはセルティへの想いだとわかってるのに、ねぇ、ごめん、ごめん新羅」
「お前に愛されたくて、まだ生きたいと足掻いてしまうよ」
一度目でやめればよかった。
たぶん、それが正解だった。
こんなに未練になるなんて、
こんなに、好きだったなんて
刻んで、挿れて、飲んで
縋れる総てに縋り付いてそれでも確実に身体は自分の意思で動けなくなっていって
笑う新羅に合わせて笑顔を作るだけで
すぐ傍に座る新羅に届けるために声を出すだけで
震えが止まらないほど、弱くなってしまった。
「なら、いきてよ」
「俺のために、生きてよ」
ぽろぽろ、流れるのは自分の涙だけで
見上げた新羅はこわい顔をしているだけだ。
ひどい、ひどいひと
ひどく、やさしいひと
「いきて、いいの」
「いきて、ほしいよ」
「……ひどい、なぁ」
お前に言われたら、それが嘘でも俺は逆らえないよ。
あとひとつき、あと数百時間、
次にお前と会える日まで、どんな手を使っても生き延びたくなってしまう。
面会時間が終わった瞬間に身体中に繋がれる管も、もう入る血管が少なくなってきた。
あといっかい、もうあとひとめだけ、たったひとことだけ
(俺だけを見てる、お前に会いたい)
せめて、あと
end
2013/06/16
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