花結び



(*こちらのお話の対になります)
(*大変な矛盾点がありますが、どうか寛容なお心で目を瞑ってください)





わたしを好きだと言ってくれた人は雨の軒先で、ぽつりぽつりと告白してくれた。初めて出会った日と同じ場所で。
雨だれのような告白を聞きながら、わたしは後悔していた。もしも時間が巻き戻って、最初からやり直せるなら、わたしたち、どうにかなったのかな。
そんなこと、望むべくもないけど。





わたしは疲れていた。
……とは言っても、疲れるほど何かを頑張っていた訳じゃないけど。アスリートを目指して運動を頑張ったわけでもない。勉強は……それなりに頑張ったかもしれない。でも、何かになりたくて、明確な目標があって、勉強していたわけじゃない。部活もアルバイトもしていない。

ただ、休日はよく外に出かけた。用事は無くても、街を歩いた。そうして、平日に疲れきって、学校で居眠りしているのも、何かがおかしい。けれど、街に出ることは止められなかった。その結果として、疲れをためている。悪循環。大体、外出したって会いたい人に会える保障もない。そろそろ偶然に頼ることに、疲れてきていた。





そうして三年目の春。ついに卒業する日。
疲れ切って、いつの間にか、乗り込んだバスの中で眠ってしまっていた。夢に見るのは、何だかひどく穏やかで幸福な光景だ。


人で賑わう店内、何だかよく分からない不思議な食感のバーガー(バンズにうどんは向いてないかも、と呟くと、そうだね、という頷きが向かいから返る)、そうして、わたしの向かいにいるのは、

「赤城くん」
「ん、何?」

わたしは何だか、とてもうれしくなってしまって、笑いかけてしまう。頭を振りながら、言う。

「何でもない」
「何? 気持ち悪いなあ」

彼は片眉を上げて苦笑する。相変わらず、余計なひと言が多い。相変わらずな彼に苦笑を返す余裕が無くて、わたしはムッとした顔をしてしまう。

「あ、怒った。さっきは笑っていたのに」

彼が何かを発見したみたいに、やけに楽しそうに、けれど不思議とあっけらかんとした様子で言う。

「君ってつくづく見てて飽きないよ」

この台詞を、一体どう受け止めればいいのかな。決して褒め言葉には聞こえない。
けれど、向かいに座る赤城くんの顔がやたらとうれしそうだから、“別にいいかなあ”なんて、思ってしまっている。

「赤城くん」
「何?」
「何か、お話して?」

随分と唐突な申し出。彼は驚いたように片眉を上げ、でも理由を問い返すことはせずに、言葉を続ける。

「じゃあ、知ってる? はば学に伝わるこんな話」

「聞かせて」とわたしは彼にお願いをする。





――とと。
上半身が前のめりに傾いだ。目が覚めると、まだバスの中だ。うっかり寝てしまっていたみたい。そうして、辺りを伺うと、全然見覚えのない光景になっている。“降りなきゃ”と思った瞬間、実際に口に出していた。

「すみません! 降ります!」





――どこだろう、ここ。

歩き回った街並みには、全然見覚えが無くて、途方に暮れてしまう。どうしよう。全然知らない世界に入り込んでしまったみたい。
それでも、どこか高台に行けば、場所がはっきりするかも、と小高い丘を登った。

そうして、

「教会?」

山の上に綺麗な教会を見つけた。ステンドグラスが夕日を受けてキラキラと輝いている。いつか聞いたおとぎ話を思い出す。


――昔々、あるところに、愛し合う王子様とお姫様がいました。
けれども、愛し合う二人は結局、離れ離れ。
王子様はお姫様に必ず帰ってくることを約束し、お姫様は王子様を待ち続けることを心に誓う。


昔々、どこかで聞いた懐かしいお話と少し重なる。細部や登場人物は異なるものの、お話の造形はとても良く似ていて、不思議と懐かしい。

わたしは聞き返す。

「ね、二人はまた会えたのかな?」

「そうだなあ」と目の前の彼(小さな少年ではない、同じ年ごろの、彼)は、少し考え事をするように、天を仰ぐ。

「この話の結末は誰にも分からないんだ。残念なことにね。……まあ、諸説はあるみたいだけど、はっきりとしたことは分からない」
「二人が出会えたか、分からないの?」
「ま、そういうこと」
「……何だか、ひどいお話に聞こえるなぁ」
「仕方ないよ。分からないものは、分からないんだ。……でも、そうだなあ。これは、一つの可能性としてだけど……」
「?」
「二人は出会えたんじゃないかな? いろいろありましたが、二人は結局再会して、ハッピーエンド。めでたしめでたし。お話の終わり方って、大体そういうものじゃないかな。ま、これは僕個人の意見だけど」

彼の妙にあっけらかんとした語り口に、わたしはというと、開いた口がふさがらない。何だか、身も蓋もない言い方。でも、彼の言い方はさておき、その意見には賛成だった。

「それは素敵な結末だね」

離れ離れになってしまった二人は、きっと再会を果たして、めでたしめでたし。末永く幸せに暮らしました。

――終わりのない、悲しいお話の結末も、そういう風に終わることが出来るものだって、信じられたら……きっとそれは、とても素敵なことだ。それ以上、望めないくらい、幸福なことだ。


おとぎ話から抜け出したきたような教会のドアノブに手をかける。
それは驚くほどすんなりと開いて、薄暗い建物に一筋、光が通る。
ドアが軋む音を聞きながら、その中に一歩、足を踏み出した。

床は一面、明るい夕日の光を受けて輝く色とりどりのステンドグラスの色に染まっている。鮮やかな床を一歩一歩歩くうちに、おとぎ話の世界に入り込んでしまったような気分になっていった。ふわふわとして、何だか現実味が薄い。
ステンドグラスを見上げると、そこには王子様とお姫様の姿があった。
ここはもしかして――、と思ったところで、キィ、と扉が開かれる音がした。振り返ると、そこには、

「赤城くん?」

ずっと会いたかった人の姿があった。





海辺を歩く。二人並んで。
そこはわたしのホームグランドのようなもので、どうしても懐かしさがこみ上げる。そうやって、この場所を隣り合って歩くうちに、わたしの中の箍が外れる。

「赤城くん」
「ん、何?」
「赤城くん、赤城くん、赤城くん」
「ん? どうしたの? 聞こえてるから、そんなに繰り返し呼んでくれなくてもいいよ」
「……一回じゃ足りないもの」
「どうして?」
「ずっと会いたかったの。いろいろあって、ケンカ別れした後、すごく後悔したよ。そのときの感情で言い合いになって、台無しにしちゃって。でも、また会いたいって、ずっと思ってた」

また会いたかった。偶然に偶然が重なって、再会を繰り返して。でも、あんな魔法みたいな偶然はもう続かないのかもしれない。会えない間、ずっと不安だった。
こうしてまた会えた今は、うれしさがこみ上げて、名前を呼ばずにいられない。彼が目の前にいることを確認したくて堪らない。

「赤城くん」
「うん?」

ハンバーガーショップで、初めて名前を教えてもらった時のことを思い出す。
あの日、名前を呼べることが、知り合えたことがうれしくて堪らなかった。
何度も、意味もなく名前を呼んだ。

「赤城くん」
「……うん」
「会いたかった」

うそ偽りない言葉を一つ、正直に打ち明ける。
赤城くんはその日ずっと浮かべていた優しい笑みを少しだけ崩して、「……参ったな」と呟いた。片手で顔を覆う。その目尻が夕日のせいか、赤く染まって見えた。

「いつも意地っ張りな君から、そういう台詞が出るとさ……結構、来るものがあるね」

……相変わらず、一言多い。

「もう」と声に出して、わたしは呆れてしまう。あれっ、という顔を彼はしてみせる。

「もしかして、また一言多かった?」
「そうかも」
「……ごめん。こんなときに」

少ししおらしくなって彼が謝る。その様子が憎めない感じだったから、さっきのこともすっかり帳消しになってしまう。

「あのさ」と彼が声をひそめて言う。

「僕も君に会いたかった。たぶん、君が考えている以上に。さっきも言ったけど、ずっと好きだったんだ。初めて会ったときから」
「…………うん」
「さっきの言葉でも、今の分でも、君に全部伝え切ることなんて出来そうにないから、また言うよ。僕は君に、とても会いたかった」

そう言って彼はわたしを抱きすくめた。耳を寄せた胸の音は言葉よりも雄弁に彼の心を語っている。
「わたしも」と、彼に伝わるように、胸元で、そっと囁いた。






[2011.05.12-11.17]
花送りの対。いつか書き上げたかったハッピーエンドバージョン。花送りと抱き合わせで、赤城くん攻略と花送りを書くきっかけを下さった千谷野さんに(一方的に)捧げたいのでした(こっそりと)。

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