ないものねだり



並んで歩けば、同学年か年上…………少なくとも年下には見られないと思うんだ。オレはオレで年の割に大人びて見えるらしいし。この人はこの人で、年の割に幼い……って言うのは、あんまりかな。どこか、のほほんとした雰囲気があって、兎に角、年上には見えない。最初に会った時から、その印象は変わらない。

けれど、この人が一学年上だって言うのは、厳然とした事実だ。次の春には、この場所から巣立っているはずで。別に四六時中そのことを考えてる訳じゃないけど、考えると気が重くなるのは事実。

そういう訳で、休日に私服で会う時は少し気が楽だ。普段の鬱屈から解放されるって言うの? 傍目には年上だの年下だのと言ったアレコレからは無関係だろう。それだけでも今は気が楽と言えば楽。

「新名くん、はい、これ」
「へっ?」

すとん、とベンチの隣りに座りこんだかと思うと、美奈子さんは缶ジュースを差し出してきた。両手に一本ずつ。片方をオレに差し出している。

「オレに?」
「うん、新名くんに」
「い、いいよ、そんな! つーか、悪いし……! ってか、払うし!」
「いいよ、そんなの。わたしが飲みたかったから。ついでだよ」

ポケットからコインケースを出そうとするオレを美奈子さんが遮る。急かすように缶を差し出された。

「早く。ぬるくなっちゃうよ」
「ごめん……あんがと」
「いえいえ」

そうして頑として代金は受け取ろうとしない。ほとんどいつものパターン。知らないうちに気遣われている。
オレはこれまで、年下キャラみたいなものは演じたことが無かったから、どうにも、この位置づけが落ち着かない。与えるよりも与えられる……。何だろう、座りが悪い感じ。
そもそもの話、さっきポケットから出そうとしたコインケースだって、この人からのプレゼントだったりする。

「……懐かしいな」

ぽつり、缶の縁に唇を当てながら美奈子さんが喋った。

「“はばたきミックスジュース”」

軽く缶を掲げるようにして、ちらりと隣りに座ったオレを見上げる。それだけで、この人が何を言わんとしているのか、オレには分かる。

「“カーノジョ! 暇?”」
「〜〜〜〜頼むから、それ、ホンっト勘弁して……」

思わず突っ伏しそうになるオレに対し、美奈子さんはあくまで楽しそうに笑っている。

「オレにとっちゃ、結構暗黒時代の思い出だし……」
「そうなの?」
「そうだよ……まさか、年上とか、思わなかったし。まさか、同じ高校に通うことになるなんて、思わなかったし……」
「ね、奇遇だね」

美奈子さんはあくまで屈託がない。なんだろうなあ、もう。

「わたしも、思わなかったなあ」
「え?」
「新名くん、大人っぽかったから」
「……過去形?」
「まあね」

造作なく頷く先輩。それは……やっぱ、そうか。いつものモヤモヤがぶり返してくる。仕方ない、だって、事実だ。この人は1コ上で、オレは、1コ下。

「ヤダなぁ……」
「どうしたの? 急に」
「イロイロ。悩めるお年頃なの」
「よーし、お姉さんが相談に乗ってあげよう」

軽く自分の胸を叩く仕草。自分で振っておいて、地雷踏んだ気分。

「……年下ってさ」
「うん?」
「損だと思う」
「そう? お兄ちゃんも大変だと思うよ?」
「そっかなあ……」

――大変だった記憶はあまり無いけど。

思わず小声で呟いたら、美奈子さんは「それは新名くんがいいお兄ちゃんだったからだよ」と言って目を細めた。意図的ではないにしても、こっちの意図とは話題がずれてしまっている。オレが言いたかったのは、兄弟間の話じゃなく、先輩とオレの話だ。

「ちょっとうらやましいかも」
「ん、何が?」
「兄弟がいるの。わたし、一人っ子だったから」
「いたらいたで、いろいろあるんスけどね〜」
「でも、賑やかで楽しそう」

美奈子さんは屈託なく笑っている。目を細めて、微笑ましいような顔でオレを見つめている。……何となく、嫌な予感。もしかしなくとも、先輩はオレのこと“弟分”か何かととらえているんじゃないかって。
そんなの、あんまりだ。

「……ないものねだりってヤツ、かな」

オレがどんなに大人ぶってても、一学年差という事実は何気に重い。同学年なら違った。同じ学年なら、図書室で勉強に詰まっている先輩を励ますだけじゃなく、分からないところを教えてあげることだって出来たはずだ。どんなに成績が良くたって、一年先の予習までは流石に手が回らないし。同学年なら、美奈子さんが北海道旅行から帰ってくるのをやきもきしながら待つことだってなかったはず。来年は来年で、旅先で似たようなことになっている自分を容易に想像出来る。高校生活でたった一度きりしかないイベントも、美奈子さんと一緒じゃないなら、特別な意味なんて無いよ。そういうことが、何て多いんだろう。何より……同じ学年なら、一緒に卒業できたはず。まさか美奈子さんに留年してもらう訳にはいかない。

「…………どうしたって、置いてかれるもんなぁ」
「えっ?」

美奈子さんの聞き返しの声に、我に返った。えっ、オレ今、口にしてた? つーか、どこまで? 焦って、隣りの美奈子さんの顔を見たら、きょとんとした顔をしている。ヤバイ、これは……かっこ悪い。控えめに言って、すげえかっこ悪い。

「ゴメン! 今のナシ!」
「新名くん」

美奈子さんがオレの名前を呼んだ。一音一音、はっきりと口にして。いつものニコニコ顔とは違う。怒っている訳でもないけど、何かを手探りするような顔だった。

「……もしかして、わたし、勘違いしてた、かな?」
「………………」

この人は、妙なところで勘が鋭いから、困る。

「うん、まあ、そんな感じかも、です」
「そう…………あのね、新名くん」
「は、はい」
「言いたいこと、たくさんあるけど……これだけ、言わせてね」
「うん……何?」
「新名くんは年下なのがイヤなのかもしれないけど……年上だって、いろいろ悩み事があるんだよ」
「えっ」

さっき美奈子さんが上げた聞き返しの文句とそっくり同じ声が自分の口から出た。――えっ? 今、何て……。

「新名くん、大人っぽいから、ときどき自分が年上だってこと、忘れちゃいそうになるんだよ。もっと先輩っぽくしなきゃ、って、いつも思ってるのに」
「美奈子さん……」
「それに、考えても、どうしようもないこと、考えちゃうし……」

はばたきミックスジュースを見つめながら、ぽつりぽつりと美奈子さんは喋った。まさか、先輩がこんなこと悩んでたなんて。

「同い年なら、もっと一緒に過ごせたかなー、とか」

オレと、同じようなこと、悩んでたなんて。

「……美奈子さん!」
「っ! な、何?」
「美奈子さん、いや、美奈子ちゃん!」
「えっ、新名くん、いま……」

ぱちぱちと何度か瞬きをする先輩を遮って言う。ここで言わなきゃ、未来永劫、言う決心なんか付きそうにない。

「オレ、もっとアンタと一緒にいたい」
「新名くん…………」
「だから……どんどん誘って。オレ、滅多なことが無い限り断らねぇし。つーか、オレからも誘うし。だから……」

言いながら、顔がどんどん熱を持っていくのが分かった。やばい。今、すげえかっこ悪い顔してる。でも、そんなこと、気にしてなんかいられない。

「オレともっと一緒に過ごして下さい」

ほとんど一方的に宣言して、頭を下げて手を差し出した。何かもう告白でもしてるみたいな心境。顔は見えないけど、逡巡してる気配がした。

「…………わたしも」

おずおず、とした声だった。

「わたしも、新名くんともっと一緒に過ごしたい、です」

先輩の、オレより一回りは小さな手が、オレの手を握った。

「だから……こちらこそ、宜しくね」

顔を上げたら、午後の日差しに照らされた、先輩の柔らかい笑顔が真っ先に目に入った。

「オレも、宜しくお願いします。その……」

少し、口ごもって、決心して言う。さっきは勢いで言えたけど、まだ勇気がいる。

「……美奈子ちゃん」

美奈子さん……いや、美奈子ちゃんは、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。日差しが眩しいような笑顔をこさえて、「何か、くすぐったいなあ」と苦笑する。オレは「いいじゃん」と洩らす。なけなしの照れ隠し、のようなものだ。

「その方が、同い年っぽいじゃん」

先輩は1コ上で、オレは1コ下。一年の差って、やっぱデカイよ。どうしようも出来ない差ってヤツ。先輩を好きになってから、オレの頭ん中はないものねだりでいっぱいだ。近い将来の話、先輩が卒業したら、オレには先輩なしの味気ない一年が待っている。それでも、さ。そんな一年もビクともしないくらい、たっくさんの思い出を今、作っておきたいんだ。先輩と、君と。




2011.11.27
*(日付詐称にもほどがありますが)ニーナくん、おめでとうございました。

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