いろんなものをプレゼント



「そういやアンタ、プレゼント何あげんの」と新名くんが訊いてくるから、わたしは新名くんと嵐くんが使ったタオルを籠に放り込みながら「Tシャツだよ」と答えた。今日は嵐くんの誕生日だ。当人は特別メニューで追加の走り込みに行っている。新名くんが確認するように聞き返してくる。

「Tシャツ?」
「ドライメッシュのやつ。汗をかいてもすぐに乾くよ」

ついでに言うなら、真っ青なやつ。折り紙の“青”色みたいに本当の本当に真っ青なブルーにしてみた。そういう色が好きだって当人から聞いたことがあったので。
わたしの返答に新名くんは天を仰ぎつ、目を眇めつ、うめき声を上げた。

「うーーーん、まあ……あー、そっか。うん、らしいっちゃ、らしい、けど、なー……」

でもなぁ……と口ごもる新名くんに、わたしはもしかしてとてもおかしなプレゼント選択をしてしまったのかな、と流石に不安になった。

「ダメ、かな? ドライメッシュTシャツ」
「や、いいと思うよ? 思うけど……」
「何?」
「何かさ、意外性がないじゃん」
「意外性?」
「サプライズっての? あっと驚くような要素が皆無じゃん。嵐さんにスポーツ用品とか」

新名くんの台詞を聞いて少し考え込む。考え考え、声を絞り出す。

「……サプライズは無理に用意しなくても良いんじゃないかな?」

お祝い事なのだし。そんなクラッカーでびっくりさせるような要素なんていらない気がする。ましてや、相手は嵐くん。あまり意外性を狙っても喜ばれなさそうな気がするのだけど……。

わたしの台詞を受けて新名くんは断固として首を横に振った。ご丁寧に体の前で手のひらを出して振って見せる。STOP!とでも言いたげな仕草。

「いーや、大事なんだって、サプライズ。ガツーンとびっくりさせて印象づけなきゃ、ダメ」
「そうかなあ……」
「そうだって。考えてもみなよ。相手は、“あの”嵐さんだぜ。フツーに好印象のフツーなプレゼントなんか渡したって気づきゃしないから、アンタの気持ちに」

新名くんが突然言い放った台詞にわたしは驚いて、思わず持っていた籠を落としそうになった。

「……気持ち!?」
「回りくどいアプローチなんかしてたらダメだって。嵐さんみたいな人にはさ、もっとはっきり分かりやすいくらいの態度で向かった方が良いんだよ。でなきゃ、いつまでたっても部活のキャプテンとマネージャーのままだぜ」
「あの、新名くん、話が少し飛び過ぎだと思う……」

んなことないよ、と嘯く新名くんを困り目で見つめる。第一、もうプレゼントは用意してしまっているのに。鞄の中で潰れないよう、そっとしまい込んだプレゼントのことを考えて、少し憂鬱になった。今更変えようもない。
肩を下げたわたしを見て、新名くんが、ふっと表情を緩めた。

「ま、言っても、もう誕生日当日だし? プレゼントは変えようがないよな」
「うん……」
「そんなアンタに耳寄り情報。これさえあれば、激ニブな“あの”嵐さんもイチコロだから」
「う、うん?」
「特別に教えてやるよ。ちょい、耳貸して」
「うん……」

ちょいちょい、と人差し指で促すような仕草に釣られて耳を寄せた。



★☆★



夕焼け空を渡っていくカラスの親子たちを目を細めて眺める。まだ日中の暑さは厳しいけど、日が沈むのも早くなって、朝晩は随分と涼しい。もう秋なんだなあ、と実感してしまう。隣りを歩く嵐くんがぽつり、と呟いた。

「早いな」
「え?」

何のことだろうと聞き返して見上げると、嵐くんは空の向こうに飛んで行ったカラスの群れを見据えながら続けた。

「もう秋だ」

嵐くんの言葉に、わたしは一度大きく瞬きをして、改めて視線を嵐くんと同じ空の向こうに向けた。「そうだね」と相槌を打つ。「もう、秋だね」

そうして、否応でも、今日が何の日か思い知らされてしまう。九月八日。嵐くんの誕生日。今日一日、朝練、日中、放課後の部活動の時間……夕方まで幾らでも渡す機会はあったはずなのに、まだ嵐くんへのプレゼントを渡せずにいる。朝練の終わりに聞いた新名くんのアドバイスが頭の中でぐるぐると回る。

“回りくどいアプローチなんかしてたらダメだって”

そうなのかなあ、と思ってしまう。うーん、でも、そうなのかも。わたしはあまり、男の人のそういった機微は把握してるとは言えないし、かつて“伝説のナンパ師”として名を馳せた(という)新名くんはそういうこと、詳しそうだし。嵐くんは……嵐くんは、とても真面目な普通の男の人だから、こういうのはどうなのかなって思わなくもないけど……。

「美奈子?」

名前を呼ばれてハッとした。嵐くんが怪訝そうな顔をしている。

「どうかしたんか?」
「う、ううん……! あのっ、嵐くん!」
「何だ?」
「あのね、お誕生日、おめでとう」

動揺して声が裏返ってしまっていたけど、言えた。嵐くんは、少しビックリしたように目を大きく見開いて、それから、ふっと眼を細めて笑ってくれた。

「……ああ。ありがとう」

嵐くんのその笑顔を見たら、頭の芯が沸騰するように熱くなった。否、もう沸騰していたのかもしれない。ほとんど反射的に次の台詞を口にしていた。新名くんのアドバイス通りの言葉。言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ、ダメ、かなあ、と一日中頭を占領していた台詞だ。

「あ、あのね、嵐くん?」
「ん、何だ?」
「プレゼントは、わ・た・し」

『言う時はさ、こうね。こう……上目づかいで、手を体の前で組んで、心持ち、前かがみで……』
『へ、変な格好じゃない?』
『んなこた無いって。オレを信じて? な?』
『う、うん……』
『効果はバッチシ。保障すっから』

さて、その効果。

「……………………」

嵐くんはたっぷり10秒沈黙していた。わたしはというと、居たたまれない。指定のポーズのまま固まってしまっている。わたしのバカバカ、印象最悪だよ……!

「…………分かった」
「えっ」

重い、長い沈黙の末、嵐くんは口を開いた。

「新名の差し金か」
「えっ」

どうして、と声を上げたわたしを見下ろし、嵐くんは少し表情を和らげた。

「だって、おまえ、言いそうにねーもん。あんな台詞」
「そ、それは……」

うろたえるわたしを見て、嵐くんはおかしそうに吹き出した。

「顔、真っ赤」
「だ、だって……!」
「言う前から、真っ赤だったけどな」
「えっ」
「一大決心って顔して、何言い出すんだって思った。驚いた」
「ご、ごめんね……」
「おまえが謝る必要ねーだろ。いや……」

嵐くんが少し考え込むようにして、黙り込んだ。

「……うん、そうだな。あんま、ああいう台詞は言わない方が良い」
「えっ」
「本気にするバカがいる」

――そしたら、危ないだろ。

目を真っ直ぐ見据えられて、そう言われた。夕日の名残が、夜の薄紫色に溶け込んでいく。もう随分と暗くなってしまった辺りの光の下で、嵐くんの表情がよく見えなかった。そのせいか、わたしは嵐くんの台詞の意図が図れなくて、まごまごしてしまった。……本気にするって、それは、他の人のこと? それとも……嵐くんも?

意識した途端、耳のすぐ横で心臓が鳴っているみたいに、ドキドキしてしまった。本当に聞きたい質問を口にすることが出来ないまま、わたしは鞄からプレゼントを取りだした。まるで、質問を誤魔化すように。

「嵐くん、これ、誕生日プレゼント」
「お。こっちが本当か」
「うん、そう」

嵐くんの屈託のない反応にわたしも思わず笑顔になって頷いた。差し出した包みを嵐くんは受け取ってくれた。中を確認して、嵐くんは「おっ」と声を上げた。「どうかな?」と訊いてみる。

「ちょっと気になってたんだ、これ」
「ホント?」

聞き返したわたしに頷きを返して、嵐くんは「大切に使わせてもらう」と言ってくれた。良かった、すごく喜んでもらえたみたい……。胸をなでおろしつつ、でも、まだ少しドキドキの余韻が残っていた。聞けなかった質問と質問の答え、いつか、ちゃんと聞ける時が来るかな。いつか、時が来たら。



★★☆



「新名」
「あっ、嵐さん! チィース!」
「単刀直入に聞く」
「ん、なんすか?」
「おまえ、美奈子に何か入れ知恵したか」
「…………え〜っと、何のことかサッパリ……」
「10秒待つ。10秒以内に白状しろ」
「いや、白状も何も、知らなし…………ちょ、嵐さん、目が本気(マジ)なんスけど……!」
「本気だからな」
「え、ちょ、ジョーダン、ただのジョーダンですってば……!」
「よし、10秒経ったな」
「…………あ、嵐さん、話分かるぅ! あーマジでダメかと思った……」
「見てろ、10秒だ。10秒でお灸を据えてやる」
「えっ、ちょ、待……! つーか、話聞いて……ぎゃー!」





[title:にやり様/110909](日付すぎちゃいましたが)嵐さん、おたおめでした……!

<< >>

[HOME]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -