19.ホワイトデー



「は〜い」

チャイムが鳴った。ドアを開けると佐伯くんが立っていた。もう陽も沈んで割と遅い時間。どうしたんだろう? 不思議に思って顔を見つめると、佐伯くんは少しバツが悪そうに目を伏せた。

「ゴメン、突然来て」
「ううん、別に。どうかしたの?」
「ああ、まあ、その、特に用って訳じゃないんだけど……」
「?」

何だろう? 歯切れが悪い反応。こういう佐伯くんは久しぶりに見るかも。
佐伯くんが後ろ手に隠していたものを差し出した。

「これ、おまえに」
「わたしに?」

差し出された包みを受け取る。綺麗にラッピングされた小さな箱。佐伯くんが付け加えるように言う。

「お返し。このあいだの」
「お返し?」

わたしは首を傾げる。

「わたし、何かあげたっけ?」

佐伯くんが呆れて口を開く。

「いや、それはボケすぎだろ……」
「ボケてません。このあいだ? このあいだっていつのこと?」

佐伯くんがこれみよがしにため息をついた。首筋に手を当てて、仕方なさそうに言う。

「二月」
「二月?」

訊き返してみたけど、佐伯くんはその一言だけで察しろよというような顔をしてる。仕方なしに考えてみる。二月? 二月に何かしたっけ?

「あっ」
「やっと気づいたか」
「卒業祝い、とか?」
「違うだろ!」
「痛っ」

出た。おなじみのチョップ。久々なので尚更痛い気がする。

「大体、卒業式は三月だろ。二月の礼って言ってんだからおかしいだろ。そのボケは」
「もう、分かりにくいよ。佐伯くん……はっきり言ってよ」
「…………3月14日」
「?」
「ホワイトデーだろ、今日」
「えっ」

思わず、佐伯くんの顔と、受け取った箱を見つめ返してしまう。お返し? ホワイトデーの?

「……なんで、そんなに驚いてるんだよ」
「だって、もらえると思わなかったから」

わたしが呆然として呟くと、佐伯くんは仕方なさそうに目を細めて笑った。

「バレンタインにチョコ渡しに来てくれたんだろ? じいさんから聞いた」
「佐伯くん、知ってたんだ……」

二月のバレンタイン。実家に帰ってしまった佐伯くんにどうしてもチョコレートを渡したくて、ふらふらと珊瑚礁まで来てしまったわたしのチョコを佐伯くんのおじいさんが預かってくれた。そのときおじいさんが言ってくれた優しい一言に、すごく元気づけられたんだった。おじいさん、本当に瑛くんに渡してくれたんだ……おじいさんを信用してなかったということじゃなくて、自分で手渡せなかったから、なかなか実感が湧かなかった。
佐伯くんが優しく微笑んで言った。

「チョコ、ありがとな。うれしかった」

二月来、ずっと聞きたかった言葉。途端に、目頭が熱くなったわたしの顔をみて、佐伯くんが驚いた様に言った。

「な、泣くなよ……」
「だって、うれしくて」

届けたかった想いがちゃんと届いていたこと、ちゃんと帰ってきてくれたこと、こうして目の前にいてくれることとか、そういう色々なことが、うれしくて、うれしくて。

「佐伯くん、ありがとう」

あふれてきた涙でじわじわとかすむ視界のまま、言った。見えにくい視界の先で佐伯くんが「うん」と頷いた。

「分かったから、泣くなよ?」くしゃり、頭を撫でられる。

「どうせなら、泣き顔よりニヤニヤ顔が見たいからさ」

ぱちぱち、瞬きをすると滴が落ちて視界がはっきりした。佐伯くんのにやりとした天の邪鬼な笑顔が見えた。「もう」と唇を尖らせてしまう。

「せめて、にこにこって言ってよ」
「怒るなよ」笑いながら佐伯くんが言う。不意に距離が詰まった。尖らせた唇に何か柔らかいものが触れた。

「さ、佐伯くん、いまっ……」
「これも、お返し」照れているのか、仏頂面でぼそぼそと言う。「その、これまでの」
「もう!」

至近距離で見つめあって(というより、睨みあって)、結局二人で吹きだしてしまった。まるで子どもがにらめっこしてるみたい。

「佐伯くん、なんだか、積極的だね?」
「せ、積極的とか言うなよ……」
「だって、前はこういうこと一度もしなかったでしょ?」

デートのときとか、わたしがふざけて悪戯しても。佐伯くんは気まずそうに視線を逸らしたのち、言い訳するみたいに言った。

「……まあ、卒業したし、それに、告白もしたし?」
「そっか。じゃあ、これからよろしくね」
「まあ、よろしく。……なんか、おかしくないか。この会話」
「おかしいね。でも、これからは一緒にいてね? 約束」
「……うん」

佐伯くんが頷いてくれる。

「ずっと、そばにいような。このあいだも言ったけど、もう離さないから」

わたしの手の中にはホワイトデーのお返し。確かな存在感でそれは手の中にある。
一年目はクッキーだった。二年目はホワイトチョコケーキ。三年目は一体何だろう? 何だって、うれしい。何だって、佐伯くんはおいしく作れちゃうだろうし、何よりそばにいてくれることがうれしいから。



2011.03.14
二人の3年目のホワイトデーに。


(*短い話の「チョコレイト戦争」と「25.バレンタイン」の連作といえなくもないかもです)
<-- -->

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -