25.バレンタイン



(*短い話にあるこちらの補足話と言えなくもないです)



@一年目

バレンタイン改め、反省会――

『ちょっといいかな?』といって呼びだした屋上で待ち人が待ちぼうけしている。その背中に向け声をかけた。
「佐伯くん!」
呼ばれて、佐伯くんは「あかり」と全く素の表情で振り返った。けれどすぐに周囲のざわめきに気づいて優等生モードを取りつくろう。
「あ、いや! やあ! どうしたの?」
それから周りを気にするように小声になる。
「なんだよ、なんか用か?」
「うん。はい、これ」と持っていた手提げを差し出す。
佐伯くんは一瞬驚いた顔になって、すぐ次の瞬間、また別の種類の驚いた顔になった。
「おっ……これってもしかして…………いや、何だこれ?」
「チョコだよ?」
佐伯くんはすごく難しい顔をして渡された手提げの中身を見つめている。ガサガサと袋から取り出して、改めてジロジロと見聞し、口を開く。
「……どう見ても水筒だろ、これ。チョコじゃなくて」
わたしは頷きを返す。
「うん。水筒に入ってるけど……でも、中身はチョコだよ?」
「…………ホットショコラ、とか?」
「う、うん……強いて言えば、そういう感じのチョコ、かな?」
「………………」
「………………」
「あかり」
「は、はい」
「一つ、いいか?」
「何なりと」
「失敗したのか」
「ごめんなさい」
つまり、チョコが固まらなかったのだ。どんなに冷やしても。冷凍庫に入れても。朝まで冷やして固まる方に賭けていたけど、固まってくれなかった。苦肉の策で水筒に入れてみたけど、どう見てもバレンタイン用のチョコには見えない。どう見ても失敗チョコ。それでも、手作りチョコを渡したかった。でも、
――やっぱり、こんなのじゃダメだよね。
渡しておきながら自己嫌悪にかられる。顔を伏せていると、ため息が降ってきた。自己嫌悪のあまり消え入りたくなった。
「そんな顔すんなよ」
けれど次の瞬間降ってきたのは、思いのほか優しい声だった。顔を上げる。声の通り優しく微笑んだ顔があった。
「ホント、嬉しいよ。ありがとう」
「佐伯くん……」
「捨てたりしないから、安心しろ。全部食べる……いや、食べるというより飲むのか、この場合」
「そ、そうだね……」
――受け取ってくれた……! あんなチョコなのに。わたしは驚いて佐伯くんを見つめてしまう。
「ま、でも取りあえず」
しばらく首を傾げたのち佐伯くんは言った。
「あとで反省会な?」
「うん…………」
――そうだね、反省会は必要だよね……。わたしは佐伯くんに頷きを返した。来年こそ、ちゃんとしたチョコ、渡したいな。




A二年目

「よし、じゃあ確認するぞ」
「はい先生」
「良い返事だ。去年の反省点は覚えてるな。はい、それじゃ復習をかねて復唱」
「湯銭するときチョコにお湯は入れない、です先生」
「その通り。溶かすときはあくまで熱で溶かす。水を入れて溶かしたら去年みたいな水増し薄味ホットショコラになります」
「はい、先生」
「で、次は今年の話。一つ先生から質問があります」
「何でしょう先生」
「どうしてこうなった」
「分かりません、先生」
先生、こと佐伯くんはため息をついた。これみよがしに。けれど原因はすべてわたしにあるので反発はしない。どうしてこんなに苦いチョコになってしまったんだろう? 二年目のチョコはおそろしく苦いチョコになってしまった。その反省会をしている。
「よく固めようとしすぎたんだな、たぶん」
「え?」
「で、焦がしちゃった、と。まあ、去年の反省を次に活かそうとした努力は認められる。……努力の方向は間違ってるけどな?」
「うん……」
「そんな顔すんなって。全部食べるから」
「こんなに苦いのに?」
「苦いチョコだって普通に売ってるだろ」
「でもこれは……」
「いいから。手作り、うれしいよ。……ありがとな?」
「佐伯くん……」
「まあでも、とりあえずレシピ教えてやるから、その……」
佐伯くんは気まずそうに視線を彷徨わせたのち、言った。
「今度うちに来ないか?」
ぼそぼそと小さな声で言われたお誘いの言葉に、わたしは頷きを返した。
「うん!」
佐伯くんのことだから、スパルタで教えてくれそうだけど、お誘いうれしいな。何より、また失敗チョコなのに、受け取ってくれてうれしい。そうして、今年もまた去年と同じことを思った。来年こそ、ちゃんとした手作りチョコ、渡したいな。




B三年目

実家に小包が届いた。じいちゃんからだ。宛名には俺の名前があって、何だろうと思いつつ、実家の自分の部屋で包みを開けた。綺麗にラッピングされた箱が入っていた。同封された手紙を読む。それから……少し泣きそうになった。捨てきれない想いがこぼれそうになって包みを胸に抱いた。
じいちゃんはあかりから預かったチョコを届けてくれたらしい。箱を開ける。手作りチョコ。飾り付けに素人っぽい拙さは残るものの、それは紛れもなく手作りチョコだった。
「……今年はちゃんと作れたんだな」
目の前にいない相手に向かって呟く。去年教えたレシピ通りに作ったらしいチョコレートは味が薄すぎる、とか、苦すぎるなんてことはなくて、ちゃんとチョコらしい味をしている。一人でもちゃんとやれるんだな、そう思いそうになる自分に嫌気がさす。あんな酷い去り方をしたのに、忘れないでいてくれた。まだ繋がっていようとしてくれている。そういうことに気づくべきなんだ。だから……今度こそちゃんと伝えようと思う。――ずっと好きだったこと。今も好きなこと。これからも、きっとずっと好きだということ。




2011.02.19
ハッピーバレンタイン!(日付すぎちゃいましたが)
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