Lily Bell > 作品一覧

微酔いセンチメンタル


巡回途中で急に振り出した雨は思ったよりも強く、ついてねぇなんて思いながら濡れる草を掻き分け駆け込んだ橋の下。幸いにも大きい橋の下だったので中央までくれば雨が吹き込んでくる事も無く地面もまだ乾いている状態だった。

そこでふと人の気配を感じ咄嗟に後ろを振り返るが誰も居ない。目線を地面に落とすと草の中に埋もれる橙色とも桃色言えない独特な色、だけどもよく見慣れた色の髪をした人影が視界に入る。

自分がすぐ側にまでいるのにも気づかずにチャイナは無防備にも寝ていた。隣に腰を下ろしてもまだ起きる気配は無く規則正しく胸が上下する。今は雨の音でよく聞こえないがきっと寝息も立てているに違いない。

雨によって外界から遮断されたと錯覚してしまいそうな異空間。耳に響くのは止みそうにない雨音のみ。ノイズとも取れるその音に心地よさを感じて意識が何処かに行ってしまいそうになり、コイツが爆睡していることに少し共感できた。

同じように草に埋もれるようにささ隣に寝転び目を閉じると橋に落ちる雨音がダイレクトに伝わってくる。これでは本当に寝てしまいそうだ、なんて思っているとコツンと腕に何かが当たった。と言っても此処には自分ともう一人しかいないわけで、何かがなんて白々しいのにも程がある。重くなりはじめていた瞼を開くと寝ていた筈のチャイナが額を腕に押し当てていた。

「良い夢見れたかィ?」
「…悪夢だったアル」
「それは残念だったな」
「ザマミロとか思ってんダロ」
「さぁ」

本当に悪夢だったのか、そう会話してる間でも腕に当てられた額は離れる事は無く口調も穏やかだった。なのでこちらもそう返してやる。
腕に当たる額を擦り当ててくるその姿はまさに小動物。これが恋人同士という甘い関係ならばすぐにでも抱きしめてしまっているだろう。
やり場のない思いを手に乗せて髪の毛に触れてみるとびっくりしたのかチャイナは一瞬こちらを見上げるがすぐに伏せてしまった。普段ならまず拳なり言葉なりが飛んでくるのだが今日のチャイナにはそれがない。そもそもこうやって身をすり寄せてくることだって有りはしないのだ。髪に乗せた掌を撫でるように滑らせてみても攻撃してくる気配は全く無い。

「…雨」
「ん?」
「嫌いだったんだけどネ」
「へぇ」
「なんか好きヨ」
「どっちだよ」
「音がね、落ち着くのヨ。包まれているみたい」
「ふーん」

無意識、なんて言葉は言い訳にしかならない。それで行動が起こせるほど子供じゃなかった。
未だに腕に擦り寄るチャイナを包み込む様に体を傾けもう片方の腕をその小さな体に回した。それでも逃げない自信があったから。案の定小さい体はより小さく丸くなり自分の腕にすっぽり収まった。

「…何してるネ」
「や、寂しいのかなって」

今だったら臆病な自分を奥に仕舞いこんでこのまま唇を重ねてしまうことも出来てしまうだろう。

「お前に慰められるほど落ちぶれてねーヨ…」

そう言うと小さく丸まっていた体は逆方向に転がり腕をすり抜けて、ふたりの距離はいつものそれに戻っていった。その間を風が通ると今まで触れあっていた温かさから一変、少し肌寒さを感じてしまう。

「なんだ、つまんねぇの」

背を向けるその体は未だに草の中に埋もれていて起き上がる気は全く無いらしい。距離が出来たとはいえ手を伸ばせば届く範囲にいるのはわざとなんだろうか。

「つまんないとは失礼アルな。さっさと私の前から消えるヨロシ」
「雨、止んだらな」

返事は無かった。その代わりにチャイナはくるりとこちらに寝返り白い手を伸ばしてくる。

「お前の手冷たいネ」

自分のより少し温度の高いチャイナの指は白くて細い。コレの何処からあんな馬鹿みたいな力がでてくるのだろう。絡んでくる指の行方が気になりその動きを眺めているとチャイナの頬がぷぅっと膨れた。

「オイ、なんか言えよコラ」
「あーあったかいからな、心が」
「どこがネ」
「…寝るんじゃねぇの?」
「こんな中眠れるわけないダロ?」

ぎゅっと手の甲をつねられた。こんな中、とはこの雨土砂降りの屋外のことか絡んだ指の事どちらの事か。

「じゃー子守唄でも唄ってやろうかィ」
「アホ、子供じゃないアル」
「そ?こんなに手ェあったけーのに」

絡む指をほどき両手で包み込むようにするとそこからじんわり温かさが伝わってくる。手が暖かいのは体温の高い子供かもしくは眠い時かのどちらかだと相場は決まっている、これに関してはコイツは両方当てはまるんではないだろうか。

「だから違うってば」
「無理すんなよ」
「してないっ!手離せヨ…こっちまで冷たくなるネ」

記憶が正しければさっきから人の指を弄り倒しているのはチャイナのほうだ。嫌ならさっき腕からすり抜けた様に振り払って逃げればいい。逃げられないほど強くを入れている訳ではないし、たとえそうであってもコイツの力なら容易に振り払えるだろう。
こうも口から出る言葉と行動が違っていると戸惑いを隠せない。そしてこの今の微妙な距離に期待を抱いてしまう愚かな自分。正体不明の寂しさにかまけてこの小さな体を再び抱き締めてしまっていいんだろうか。今なら…。

「チャイナに温めてもらおうと思ったのに」
「今現在進行形であっためてやってるネ、感謝するヨロシ」

そういいながら指の隙間を埋めるようにチャイナの小さなそれがまた絡んでくる。さっさとこの場を立ち去るのがいいんだろうと今更ながらに思う。

「全然足りねえよ」

絡んだ手を自分の胸に引き寄せ、チャイナの頬に手を伸ばす。

「お前、発情期アルか」
「んー似たようなもん」
「…!」

頬から肩に手を滑らせ引き寄せると簡単にその距離が縮まる。残るのは僅かな隙間のみ。ほどいた手を俯き加減のチャイナの頬に当て自分の方を向かせた。天気のせいかいつもの青い瞳は少し曇った色をしている。

「って言ったらチャイナが相手してくれんのかィ?」
「バッカ!!んな訳ないダロ、お前脳みそにカビ生えてるアルか」

そう言いながらも自分を睨みつけるその顔はほんのり赤く染まっていて、その表情に不覚にもドキッとしてしまった。なんて、口が避けても言えるわけがない。その代わりにゆっくり顔を近づけた。

「だったら聞くもんじゃねーぜ」
「カビだけじゃなくてキノコも生えてるアルか」
「そうかもなァ」

それは一瞬の事だった。
掠めるように唇に触れて、離れる。

「私、お前の事キライネ」
「俺もでィ」

寝転んでいた重い体を起こして服に付いた草を払い落としてるとチャイナがそう呟いた。雨はいつの間にか勢いを無くし、雲の隙間から太陽が差し込んでいてもう少しすれば止むだろう。

「じゃあ、私たち両思いアルな」
「それ意味違うから」

地面に置いてあった傘を開いたチャイナはそれを俺に差し出した。

「まだ少し降ってるから…入れてってやるヨ、マヨラーが探してんじゃネーノ?」

【終】

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -