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メモリーオブ騎士学校vol.2



*会話文多め
kobakoの内容(メモリーオブ騎士学校_夏の肝試し編)のまとめ+αです。



 ◆◇◆◇◆◇

<剣道場:朝>

「──うわッ!」

 散漫となっていた意識が引き戻ったのは、規則的に鳴っていたはずの快音が鈍くくぐもって聞こえた時のことだった。
 目先では天井から縄に括りつけられた丸太が振り子のように大きく揺れ、歪な軌道を描いてこっちへ向かってきている。咄嗟のことで防御の姿勢を取ることすら出来なくて、

「い、ってぇ!!」
「うお! 大丈夫か、リンク!?」

 硬い丸太が、勢いよくリンクの右肩へと直撃した。

 苦鳴を上げてその場に膝をついた姿を見て、すぐ側で見守っていた騎士長兼この剣道場の主──イグルスが駆け寄る。
 怪我をするほどではなかったものの、なんとも格好悪い様を見せてしまった。

 イグルスは蹲るリンクを軽々と引っ張り起こし、苦笑する。

「どうしたんだ? 今日は随分調子が悪そうじゃないか」

 日頃自主練に付き合ってくれているからか、不調は気づかれていたらしい。もしくは一見してわかるくらいにぼうっとしてしまっていたか。

「何か、考え事か?」
「あ、いや……」

 何気なく向けられた問いに、出かけた言葉は喉奥でつかえて留まる。
 リンクは数秒悩んで、やがて小さく首を振った。

「……大したことじゃないんだ」
「そうか」

 歯切れの悪い返答に、イグルスはすんなりと頷いた。
 気を遣って深入りしないでくれたお礼をリンクが言うと、彼は表情を崩さず「構わんよ」と顎を引く。

「だが、集中が出来ていない時に剣を振ったら怪我にもつながるからな。ここ最近は毎日通っていたし、今日くらいは早めに上がってもいいんじゃないか」
「……そうだな。そうするよ」

 力強く肩を叩かれて頭を掻く。
 確かにそう言われると、最近は珍しく早朝の自主練を続けられていた。このまま幼馴染の言う“寝坊癖”が治れば良いが、自信はあまりない。
 なんて益体もないことを考えていると、イグルスが不意に口を開いた。

「……剣は正直だからな。心が迷えば太刀筋は乱れる。それを乗り越えたなら、さらに揺るぎない力となるはずだ」
「…………」

 おそらく島内で最も長く剣と向き合ってきた彼の言葉は不思議な説得力に満ちていた。彼自身が培ってきた経験がそう思わせているのだろう。
 リンクは改めて姿勢を正し、一礼をする。

「ありがとう、イグルスさん」
「おう、またいつでも来い」

 剣道場から出て見上げた今朝の空は、雲一つない晴天だった。


 ◆◇◆◇◆◇

<騎士学校前広場:午前>

 ──その時わたしは、大きな図体と大きな声にいきなり絡まれていた。

「だぁかぁらッ! 見にいきゃわかるっての!! 本当にでっけぇ魔物が墓んとこ歩いてたんだよッ! 」
「うーわーもう、バド声大きすぎ……頭割れる……」
「おめぇが信じてねぇ顔してっからだろ鳥ナシ! 思ってっこと顔に出過ぎなんだよおめぇ!!」
「信じてるってば、スカイロフトに魔物がいるってことは。……どーせくっついておっきくなったチュチュだとは思うけど」
「あんなレベルじゃねぇっての! 人間の倍くらいは背丈があって、でっけぇ羽が生えたやつだよ!」
「……背丈がとてつもなくおっきい男の人が肩にロフトバード乗せてお墓を徘徊してたとか」
「それはそれで怖ぇよ!! 何なんだよお前のその想像力!?」
「……ていうか、信じるとしても何でわたしに言うの。確かめるならいつもみたいにラスとオスト連れて行けばいいのに」
「決まってんだろッ! 夜の寄宿舎抜け出すと先生に叱られっからな! 脱走だけは一人前のおめぇにバド様を手伝わせてやるんだよ! ありがたく思え!」
「今夜は却下」
「ああん!? 何でだよ!!」
「…………知りたい?」
「な、なんだよその顔……」
「今夜は──ゼルダちゃんと、パジャマ、パーティ」
「んなッ……!!」
「前々から企画をしてせんせいにもゼルダちゃんのお部屋にお邪魔するお許しをいただいて睡眠バランスを整え……そして、ついに今夜、その時が来るのです。そんな待ちに待った瞬間をわたしが手放すなんて、あるわけ、ない」
「くっそ腹立つ顔してやがるッ……!! ていうかこいつ一番ゼルダに近づけちゃいけねぇやつな気がしてきたぞ……!?」
「どうとでも言えば良いです、わたしは今夜を死守するためなら何でもするし、ましてやその予定を肝試しなんかで潰すなんてッ……!」
「──肝試し?」
「へ」
「お?」
「バドとリシャナ、肝試しなんてするの? いいじゃない! 今の時期にぴったりで!!」
「ぜ、ゼルダ……?」
「ゼルダちゃん、いつからそこに……!?」
「たった今来たところ。二人が楽しそうにお話してたから。……ねぇ、それでその肝試しっていつするの? わたしも一緒に行っていい?」
「うぇ!?」
「きょ……きょ今日ッ!! してぇって! 話してた! んだよッ! ゼルダと鳥ナシ、寝巻き祭すんだろッ!? アウール先生に許可取ってっつってたから夜に抜け出すにはちょうど良いってかなんつーか!!」
「は、バド、待っ、」
「わあ、すごくドキドキするわ! それ!」
「ゼルダちゃん!?」
「見つかってお父様に怒られないかだけ、すごく心配だけど……わたしも一度、夜のスカイロフトのお散歩してみたい! もちろん、肝試しもね?」
「よ、よよ夜のスカイロフト、危ないよ……!? 魔物とか不審者とかその他諸々……!」
「うん、ちょっと怖いけど……でも、」
「でも?」
「……リシャナがいつも見てる夜の景色、わたしも見てみたいの」
「────」
「だめ、かしら……?」
「……ゼルダちゃん」
「うん」
「──ゼルダちゃんは、わたしが絶対守ります」
「ありがとうリシャナ!! バドも、今夜よろしくね?」
「お!? お、おおおおう!! 任せろぃ!!」

 ──そんなわけで。
 ちょろいわたしとバドがゼルダちゃんのお願いに即行で屈したことで、暑い夜の肝試しツアーは開催されることとなったのだった。


 ◆◇◆◇◆◇

<騎士学校の教室:午後>

「──というわけなの! だからリンクも一緒にどうかしら?」
「肝試しって……それ、夜にするんだよな? 」
「ええそうよ! だから、リシャナみたいにお部屋からこっそり抜け出すの!」
「ぬ、抜け出すって、ゼルダ、校長に見つかったらたぶんすごく怒られるぞ……? そもそもどうやって抜け出すんだ?」
「ふふ、リンク。わたしもみんなほどじゃないけど運動神経は良い方なんだから。心配しなくても大丈夫よ」
「いや、それも心配だけどそれ以外でもいろいろと……」
「わたし、思ったの。みんなで騎士学校の外で遊んだことってあんまりなかったなって。そう考えたら、思い出作りたくなっちゃって」
「思い出……」
「本当はリシャナとお泊まりする予定だったんだけど、リシャナもまた今度でいいって言ってくれたから。それにせっかくみんな集まれそうだから……ね?」
「はぁ……わかった。一緒に行くよ」
「本当!?」
「寄宿舎を抜け出すなんて初めてだからあんまり手伝えないかもしれないけど、危ないと思ったら絶対に言えよ?」
「うん。ありがとう、リンク。ふふ、すっごく楽しみ」
「ああ……(リシャナは大丈夫だろうけど、バドはすごく怒るんだろうな……)」


 ◆◇◆◇◆◇

<騎士学校前広場:夜>

「何で、おめぇが、いんだよ、ああッ!!?」
「バド声大きい、衛兵に見つかる。なんとなく流れ的に予想出来てたでしょ。──リンク君が来るって」
「なんか、悪いな……ゼルダに誘われてさ……」
「ううん全然。……パジャマパーティーは無事別日に持ち越しになったからわたしは何だって大丈夫」
「ぱ、パジャマ……?」
「いやこっちの話。でも、リンク君もよく抜け出せたね。バドもすんなり脱出してるし……。男の子部屋の方が夜の警備薄かったりするのかな?」
「どうだろう。……というより、リシャナがよくやってるから普段は警備の人もそっちばっかり意識してるとか?」
「……リンク君鋭い。たぶんそれだ」
「うるぁ!! 無視すんな!!」

「それにしてもゼルダちゃん大丈夫かな。校長先生に見つかってなければいいけど……」
「一応部屋出るの手伝うか聞いてみたんだけど、一人で出来るって言い切られてさ」
「ああ、たしかにゼルダちゃんに言い切られたら何も言い返せないよね。可愛いから」
「はんッ! それがオレ様とおめぇの差だよリンク!!」
「バド声大きい」
「おめぇがゼルダの助けになりにいかねってんならオレが先に行ってやる! ゼルダを抱えて窓から颯爽と飛び降りるバド様をしっかり見とくんだなッ!」
「へ……ちょ、バド!? せっかく抜け出したのにまた戻るの!?」
「お、おいバド、もう少し待ってみてから……!」

「──わ、風、強い……足つかな、きゃあッ!!」
「え……ぶぎぇッ!!!」
「おおう!? ゼルダが降ってきたぁ!?」
「大丈夫か!? ゼルダと、それにリシャナも……!」
「わ、わたしは大丈夫……! それよりリシャナ、ごめんなさい! わたし、リシャナのこと思いっきり潰しちゃった……!!」
「だいじょぶ、柔らかかった、から……あと、良い匂い……」
「おめぇのその方向性間違った根性何なんだよ鳥ナシ……」


 ◆◇◆◇◆◇

<中央広場:夜>

「お父様が今日に限ってなかなかお話終わらせてくれなくて遅くなっちゃったの。本当にごめんね、リシャナ」
「んーん全然、怪我もしてないし。ゼルダちゃんが無事で良かった。……で、バド、集まったはいいけどこれからどうするの」
「言っただろ、墓にでっけぇ魔物が出るからそいつの正体暴いてやんだよ」
「ま、魔物? 肝試しって、魔物を探しに行くのか?」
「そーだよ、びびっちまったんなら今すぐに帰ってもいいんだぜ? リンク君よ?」
「こら、バド。どうしていつもリンクに突っかかるの。……でもバドが見た通り本当に大きくて羽の生えた魔物を見つけちゃったら、どうしたらいいのかしら」
「ふ、安心しろゼルダ。そんな魔物、このバド様が一撃で叩きのめしてスカイロフトに平和を取り戻してやるよ」
「魔物よりロフトバード肩に乗っけた不審者って可能性の方が高いと思うけどなー、わたしは」
「わかんねぇぞ、羽生えたでけぇ魔物の不審者って可能性もあんだろ」
「不審者にこだわる意味あるそれ?」
「なんせ、一瞬しか見てないオレ様にもやべぇ空気はびりびり伝わったからな。もしかしたら羽の他にも長ぇ舌でべろべろして人間なんか奴隷みたいにしちまって、言動もとんでもなくいかれた魔物かもしんねぇぜ」
「それ、すごく怖いわ……」
「たしかに、出来れば会いたくないな……」
「もはや不審者じゃなくて変態そのものだと思うけど……。……そんな魔物がいるなら、むしろわたしは会ってみたいかも」






 -----------------

<雲海の下:同時刻>





「…………っくし、」





 ◆◇◆◇◆◇

<墓場:夜>

「……何もいないけど」
「何もいないな」
「うるせぇぞ鳥ナシにリンク、黙ってもう少し待ってろ……!」
「もう少しって、三十分くらいこうしてるけど……」
「でも、この時間って昼間に比べてこんなに静かで人がいないのね。魔物は怖いけど、わたし、夜のスカイロフトもすごく好きだわ」
「へ、へへ、だ、だろぉ?」
「バドも脱走は初めてのくせに」
「るせぇぞ鳥ナシ! この件に関しては初めてじゃねぇおめぇのがおかしいんだからなッ!」
「それはごもっとも……」
「……なぁ、バドがその魔物を見たのってどういう状況だったんだ?」
「あ? あー……。……街のチビが親と喧嘩してオレ様んとこから帰ろうとしなくてよ。なんとか説得して、家までそいつを送った時に見たんだよ。そん時はチビがいたから正体確かめられなかったんだけどよ、帰りに見た時にはいなくなってた」
「……せんせいが昨日バドに外出許可出したのって、そういう理由だったんだ」
「んだよ悪ぃかよ!!?」
「……ううん、何も悪くなんかないわよ、素敵だと思うわ」
「え、へ……!?」
「バドが街の子たちに好かれる理由、わたしもわかるもの。すごく慕われてるって、お話聞くだけでも伝わってくるわ」
「ぜ、ゼルダ……へ、へへ、へへへ……」

「心の底から幸せそうなバドはそっとしといてあげて……リンク君、何か気になったの?」
「……夜のスカイロフトにこれだけ人がいないってことは、バドが見たのが人だったって可能性も低いのかなって思ってさ」
「……そだね。基本、騎士学校の生徒は先生の許可がないとこの時間外に出られないし、大人も滅多に出ようとはしないからね。衛兵もお墓はあんまり見回りに来ないし」
「やっぱり詳しいな、リシャナ」
「常習犯だからね……。でもそうなると、たまたまバドがその魔物を見たのがお墓だったってだけで、実は夜のスカイロフトを歩き回ってるのかも」
「え?」
「小さい魔物たちも普段は人間に怯えてるから島の裏や暗いところにしか出てこないけど、本来なら島中どこでも動けるはずだから。バドが見た魔物も、日差しがなくて、女神像の近くじゃなければどこでもいける可能性はあると思う」
「……リシャナ、魔物のこともすごく詳しいんだな」
「あ、え、んと……し、資料室の本で、最近読んだから……!」
「そうか。……リシャナの言う通り、仮に歩き回ってるとしたら余計にどこにいるのかわからないな」
「う、うん。少し知識がついてる子……こ、個体なら、警備の衛兵に見つからないよう隠れたりする、らしいし」
「なるほどな。……まだ時間もあるし、ここ以外も少しだけ歩いてみてもいいかもな。その方がバドも納得するだろうし、ゼルダも楽しそうだし。あと、」
「あと?」
「こうしてみんなでいろんな場所を歩くのは楽しいしな。冒険みたいでさ」
「────。……うん、わたしも」


 ◆◇◆◇◆◇

<住宅地:夜>

「ねぇ、リシャナってアウール先生といつもどんなお話するの?」
「え。……せんせいと?」
「ええ。わたしたちが見ている先生の姿とリシャナが接している姿、きっと違うと思ったから」
「んー、何か違うかな……? あんまり変わらない気もするけど……」
「ずりぃよな、先生が後見人だったらテストの答えも教えてもらえんだろ? どーせ」
「せんせいがそれくらい甘かったらわたしも良かったんだけどねぇ。……たぶんだけど、学校にいる時よりも厳しいと思う」
「そうなのか? 意外だな。滅多に怒らない印象しかなかったよ」
「うん、リンク君の言う通り怒りはしない、かな。……脱走がバレた時以外」
「それは、そうだろうな……」
「今はさすがにそうでもないけど、後見人なりたての頃は過保護ってくらい厳しかったよ。寄宿舎の門限破ったら怒られるし、剣技の授業でちょっと危ないことしたら怒られるし、服の裾捲っても怒られるし」
「おめぇ、昔っからそんなことしてたのかよ鳥ナシ……」
「……あと、行っちゃいけないとこもいくつかあった」
「行っちゃいけない……? それって、魔物がいる場所のことかしら?」
「うん、それもだけど。……主に、ロフトバードがよく集まる場所」
「────」
「わたしも後々気づいたんだよね。ロフトバードに狙われないよう、せんせいがわたしを遠ざけてくれてたんだって」
「きっと、門限のことも剣技のことも、リシャナが心配だったからよね。……やっぱり、アウール先生ってすごく優しい先生だと思うわ。わたし」
「……そうだな。授業の時以外も、よく見てくれてるしな」
「……うん。本当、いつか胃に穴が空いちゃうかもってくらいよく見てるし、過保護。──わたしには、充分すぎる」
「……リシャナ?」
「何でもない。……あ、ほら、リンク君、ゼルダちゃん。あの高台から街見下ろした景色、わたしのオススメ」
「わあ、本当!? リンク、見に行きましょう!」
「え、おいゼルダ、転ぶなよ……!?」

「──で? これまでに見たことないくらい深刻な顔してるけど。……変な髪型」
「うっせぇな!髪型は今関係ねぇだろ! じゃなくて……あ、あのよ、」
「何?」
「と、鳥ナシじゃなくて……あー、えー……、その、だな……」
「……。……いいよ別に。鳥ナシで」
「お、あ……?」
「慣れちゃったし、今さらバドに呼び方変えられても違和感あるし」
「……けどよ」
「……いつか、わたしに鳥が来るか……それか鳥ナシ以外の個性が出来たら。その時は別の呼び方で呼ばれるのを楽しみにしてる。……あとは、バドが鳥ナシって言ってくれないとわたしも変な髪型って言えないし」
「言わなくていいんだよそれはッ! ……鳥が来ても、鳥乗りがヘタクソならいつまでも鳥ナシって呼んでやっからな」
「そこはご心配なく。わたしにはアウールせんせいっていうずるーい味方がいるから」
「お前が胸張るとこじゃねぇだろうよ、鳥ナシ……、……あ?」
「……? バド、どうし、」
「み──見つけたァッ!!」
「へ」
「あの魔物だッ!! 間違いねぇ!!」
「ど、どこ……!? 全然見えない……!」
「あの吊り橋んとこだよ! 女神像の方に逃げやがった!!」
「…………げ」
「うぉいリンク!! いつまで調子乗ってゼルダの隣いやがるッ!! とっとと追いかけんぞ!!」
「お、追いかけるって、本気……?」
「んだよ鳥ナシ!? 置いてくぞッ!!」
「……何でもない。……頑張る」


 ◆◇◆◇◆◇

<街の高台:夜>

「うわぁ、本当に綺麗……! 見て、湖に夜空が反射してあそこにも空があるみたい!」
「本当だな。…………」
「……ねぇ、リンク」
「ん?」
「気分転換、出来た?」
「──。気づいてたのか?」
「幼馴染だもの。毎日見てきた顔がいつもより暗かったら、誰だって気づくわよ」
「……そっか」
「何か、悩んでるの?」
「……そういうわけじゃないんだ。ただ、この間の卒業式から、ずっと考えてることがあってさ」
「考えてること?」
「……卒業した、後のこと」
「……前に言ってたわね。騎士になるか、先生になるか悩んでるって」
「ああ、アウール先生にも相談したんだ。先生は焦らず考えたらいいって言ってくれたよ。……でもさっきのリシャナの話を聞いて、やっぱり先生ってすごいんだなって思った」
「うん、そうね」
「卒業した後も剣技を続けたいからってぼんやりした気持ちで騎士か教師を考えていたからさ。本当にそれでいいのかって、少しわからなくなったんだ」
「リンク……」
「……ゼルダは、騎士学校を卒業したら、どうするの?」
「わたし?」
「うん。ゼルダのことだから、考えてないことはないんだろ?」
「ん……そうね、ちょっとだけね」
「……聞いていい?」
「……いいわよ。特別」
「うん」
「わたしは。──わたしは、いろんな世界を見てみたいの」
「いろんな世界……?」
「ええそうよ、いろんな世界。スカイロフトでも、空でも……行ったことのない場所でも。まだ知らない世界を、この目でたくさん見てみたいの」
「…………」
「今日の夜のスカイロフトだってそう。いつも見ているはずの景色なのに、こんなにも違った世界が待っていた。空に比べてとっても小さな島の中でも、わたしの知らない景色がまだまだあるの。それってすごく、素敵なことでしょう?」
「……そう、だな」
「……それと、もう一つ」
「?」
「ずっと……ずっとみんなと、こうして一緒に笑っていたい。わたしたちが騎士学校を卒業して、大人になって、それぞれが全然違った道に進んだとしても。大好きな人たちに、ずっと笑っててほしいの」
「────」
「だからね、リンク。……リンクが悩んでいるなら、わたしも力になりたい。一緒に悩みたいの」
「ゼルダ……」
「もちろん、わたしだけじゃない。リシャナも、意地っ張りだけどバドも助けてくれると思うわ。きっと……ううん、絶対に」
「……。……そっか、そうだよな」
「ええ」
「……ありがとう。ゼルダ」
「うん、どういたしまして」

「──うぉいリンク!! いつまで調子乗ってゼルダの隣いやがるッ!! とっとと追いかけんぞ!!」
「えっ、バ、バド? 追いかけるって……」
「魔物だよ!! 女神像の島の方に向かってやがる!!」
「魔物!? 本当にいたのか……!?」
「行きましょ、リンク!」
「わ、わかった!」


 ◆◇◆◇◆◇

<女神像の島入口:深夜>

「くっそ見失った……! あんな図体しておいて逃げ足は速ぇのかよ……!」
「……けど、こっちもかなり速く走ってきたはずだから、まだそう遠くには行っていないんじゃないか……?」
「たまには良いこと言うじゃねぇかリンク! だったらこのままこの辺探して……、」
「はぁ……やっと、追いついた……二人とも、すごく足、速いんだから……!」
「ゼルダ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ちょっとびっくりしちゃっただけ」
「ぜ、ゼルダ……!! オレとしたことが……抱えて走りゃ良かったッ!」
「そこまでしてもらうのは悪いわよ。……うん、大丈夫、息も整ったわ。……あら? それよりリシャナは?」
「……そういえば。途中まですぐ後ろを走ってたはずだけど」
「ああ? なんだあいつ、こんな時に迷子……って、」
「……おい、つい……た……おえ」
「リシャナ!? だ、大丈夫……?」
「……だいじょ、ぅえ。全然へい、き、……げ」
「おいそれ以上喋んなよ! 今にも吐きそうじゃねぇか!!」
「は、吐かない吐かない……ゼルダちゃんの前で吐くなんてそんな醜態をわたしが晒すわけ……おえ」
「いいから喋んのをやめろ!!」

 *

「……ごめんゼルダちゃん、残ってもらっちゃって」
「ううん、大丈夫よ。わたしがいない方があの二人も魔物を探しやすいと思うし。それよりリシャナ、本当に大丈夫?」
「うん、だいぶ落ち着いた……」
「それなら良かったわ。晩御飯の何かがあたったのかしら?」
「う……うん、そのハズ」
「……それにしても、夜の女神像って近くで見るとちょっとだけ迫力があるわね。周りがすごく静かだから、そう見えるのかしら」
「昼間ですら威圧感あるしね。……ここまで女神像の近くに来て景色を眺めるなんて滅多にしないから、わたしも新鮮」
「そういえば、リシャナってスカイロフトの本島はいろんな場所を知ってるイメージがあるんだけど、女神像の島はあんまり探検したことないの?」
「……うん。こっちは危ない道も多いから、ほとんど立ち寄らないかな」
「そうなの……。……あのね、」
「ん?」
「前に噂で聞いた話なんだけど……ここって本島に比べて人がなかなか入らない場所でしょう? だから、島の誰もが知らない道が隠されているのかもって」
「知らない、道……」
「そう。それで、もしかしたら女神像にもまだまだ謎が隠されてるかもしれないって。例えば中に入れるとか……後は、島の中にも秘密の入り口があるのかも、とか」
「…………」
「その噂を聞いた時、ちょっと怖いけど少しだけわくわくしたの。わたし、まだまだ知らないことだらけだなって。だからわたしもリシャナみたいに、いろんな場所を冒険してみたいわ」
「…………可愛い」
「え?」
「あ、ううん、なんでもない! そういうことならパジャマパーティーの時に作戦立てて、また来よう? 今度は二人だけで、夜の探検するつもりで」
「わぁ、すごく楽しみ……! よろしくね、リシャナ」
「う、うん、ぜひ、喜んで……!」


(…………)

(──女神像の島の、隠された入り口)

(何だろう。──この既視感)


 ◆◇◆◇◆◇

<女神像の島:深夜>

「ちくしょお! 逃げ足が速ぇやつだな本当に!!」
「ここまで一直線に走ってきたけど……女神像の裏手に逃げたのか?」
「だな。したらリンク、おめぇ右から行け。オレ様は左から行って、挟み撃ちにする」
「……わかった」
「あとは……これ持ってろ」
「へ、これって……木刀か?」
「おうよ。もともと魔物退治に来てたんだ。トーゼンの準備だろ?」
「そ、そうだな。……あの魔物に通用するのかな」
「あん!? オレ様の作戦に文句あんのかっ!?」
「いや……うん、やるよ」
「んじゃ、魔物の姿見たらビビッて逃げんじゃねぇぞ! 出来るだけ大きく悲鳴上げて、オレ様が合流するまで震えて待ってろ!」
「(こっちが先に魔物を見つける前提なんだな……)」

 *

 バドの指示通り、リンクは女神像の周りを右回りに進んでいく。
 夜の女神像の島を一人で歩くのは、これが本当に初めてということになる。
 辺りは騎士学校周辺や市街地に比べやけに冷え切った静寂に包まれていて、時折吹き付ける風の音が獣の唸り声のようにも聞こえた。

 果たして、本当にこの先にバドが言っていた魔物がいるのだろうか。魔物がいたとしたら、こんな木刀で太刀打ち出来るのだろうか。
 背中にじっとりと嫌な汗が浮かび、歩調は無意識にも遅くなる。それでも徐々に女神像の背に近づき、息が詰まってくる。

 そうしてあと数歩で女神像の裏手が見える場所にまで足を進めた──その時だった。

「ッな……うわ!!?」

 片足が地に着く、すぐ直前。唐突に右足首へ何かが巻きつき、強い力で引き寄せられたリンクの体は無抵抗のまま地面へとひっくり返された。
 そのまま体勢も立て直せずずりずりと体を引きずられ、島の下層に続く獣道へと誘われた。

「ッ……離せ!!」

 もう片方の足で何度か蹴りつけるとようやく拘束から解放され、すぐさま立ち上がったリンクはその正体を目の当たりにする。

 そして、目にしたのは──、

「なんだ、これ……!?」

 真っ黒なモヤのような姿をした、“何か”だった。


 ◆◇◆◇◆◇

<女神像の島裏手(下層部):深夜>

「黒い、煙? いや、霧……?」

 ──それは黒く、暗く、影のようにつかみどころのない姿をしていた。

 表情どころか体すらない、モヤと形容する他ない生きた暗闇。それは何かをしてくるわけでもなく、ただただそこにある。存在している。

 何事もなくいきなり遭遇したのなら、ただの見間違いか錯覚だと判断しただろう。だがそれはついさっきリンクの足首を掴んでここまで引きずり寄せた。目的を伴った意志のようなものを孕んで。

「──!」

 真正面から対峙しそれを観察していると、今までその場から動こうとしなかったモヤにわずかな動きが見られた。
 それは自分が引きずり下ろした獲物から、ふと興味を失ったかのようにゆらりと一度波打った。と思えば、どこかに向かってゆっくりと動き出したのだ。その行き先は──、

「上に、向かおうとしてる……!?」

 動きはとても遅いが、それはじりじりと上層部へと向かっている。
 そしてその様を目にしていたリンクの頭に、ふとある予感が過ぎった。

 ──このモヤは、もしかしたら上にいるみんなのもとへ向かおうとしてるんじゃないだろうか。
 それどころか、この島を出て街の方へ向かおうとしてるんじゃないか、と。

 根拠はない。ただの勘で、ただの思いつきだ。けれど何故か、その予感が頭の内側でけたたましく警鐘を鳴らし続けている。
 ──あれは、みんなのもとに近づけちゃいけない存在だと。

「……っ、」

 木刀を握る手に力が籠る。が、同時に冷えた緊張感が体を支配した。
 あんな得体の知れない存在を、自分が止められるのだろうか。あれがもし反撃をしてきたら、自分は無事でいられるのだろうか。
 様々な不安と憶測が頭の中をぐるぐると掻き乱して、今にも足が竦みそうになってしまう。

 ──でも、

『──大好きな人たちに、ずっと笑っててほしいの』

 耳奥に残る鈴の声音が、その時確かにリンクの背中を押して、

「仲間に手を出したら、許さないッ!!」

 ──暗闇の中心を、鮮やかな一閃が迸った。


「…………あ、」

 無我夢中で木刀を振るった後。
 冷たい夜風が頬を撫で、止めていた呼吸を再開させた。

「消えた、のか……?」

 周囲に首を巡らせてもあの黒いモヤはどこにも見当たらない。先程までぞわぞわと体に纏わりついていた悪寒も、幻だったかのように消え去っている。
 辺りには、元の厳粛な夜の静寂が戻ってきていた。
  
「…………」

 リンクは長いため息をつき、足の裏の感触に現実味を持てないまま踵を返す。
 上ではバドが待っているだろうし、ゼルダやリシャナも心配しているはずだ。そうやって奇妙な冷静さを持つもう一人の自分がここから去ることを促していた。

 何も考えられないまま足を進める。そして島の上層へと続く獣道へ踏み入った──瞬間。

『────』

「え……?」

 刹那の感覚に目を見開き、再び背後へと振り返る。
 そこには、何もない。さっき見た時と何も変わらない夜の景色だけが、じっと黙ったまま居座っているだけだ。

 しかしリンクは、体の奥底でざわめく気配をはっきりと感じ取っていた。

「……誰の、声だ?」

 ぽつりと落とした疑問に、答える者は誰もいなかった。


 ◆◇◆◇◆◇

<女神像の島入口:深夜>

「リンク君とバド、遅いね」
「本当。どこまで探しに行っちゃったのかしら」
「あんまり深追いしすぎて衛兵に見つからなければいいけど……。──っ!?」
「きゃっ! な、何の音!?」
「あの岩場の陰、何かいる……?」
「ま、魔物かしら。それとも、人?」
「────。……ゼルダちゃん、ここで待ってて」
「え……?」
「何がいるのか見てくる」
「そ、それならわたしも……!」
「バドとリンク君が戻ってきた時に誰もいなかったら驚くだろうし、一人で大丈夫。……脱走常習犯に任せておいて」
「リシャナ……。……気をつけてね」
「うん、ありがと」


「……やっぱり」
「────」
「こういう湿ったところなら、いるのはチュチュだよね」
「────」
「本当はこんなところにいないはずなのに……。迷子になっちゃったの?」
「────」
「……あ、そっちはだめ」
「────」
「……すごくゼルダちゃんの方に行きたがってるみたいだけど、だめだよ」
「────」
「ごめんね、今日は君たちの味方になれないの。諦めて本島の方に帰りな。衛兵に見つからないように」
「────」
「……ゼルダちゃんはわたしが守るって、今夜は約束したから」
「────、」
「だから、ごめんね。……今日は、魔物じゃなくて人間でいさせて」
「──。────」

「あ」
「……いっちゃった」
「…………」

「(……何で、女神像の近くにチュチュがいたんだろう)」
「(バドとリンク君が今追っているのも本当に魔物だとしたら……魔物が女神像に近づきすぎてる)」
「(……体がざわざわする。さっきの吐き気もいつもよりしんどかったし……何かが変だ)」

「──あれ」
「……あの壁のところに穴なんて空いてたっけ」

「(……何だろう)」
「(何でこの光景、こんなに既視感があるんだろう)」
「(……少しだけ、見るだけなら、大丈夫なはず)」

「……行こう」


 ◆◇◆◇◆◇

<女神像の島(下層):深夜>

「────」

 それは、暗闇にぽっかりと開いた穴だった。
 女神像が立つ地面から島の下層へと下り、剥き出しになった岩の外壁。そこにその穴は空いていた。
 入り口の高さはちょうどわたしの背丈と同じくらい。月明かりはこの場所にまでは届かず、穴の奥は真っ黒に塗り潰されている。先に何が待ち受けているのか、どこに続いているのかもわからない。

 島の外壁に空くこのような横穴は特に珍しい訳ではない。スカイロフト本島でもよく見かけるもので、動物が巣として空けたものであったり自然発生的に空いたものも多い。

 いずれにせよ、中に入れば先に何があるのかすぐにわかるはずだ。……わかるはず、なのだ。

「────」

 だと言うのに、わたしの足はその場から一歩も踏み出すことが出来ずにいた。

 同じような横穴に潜り込んだことは今までの脱走の中で何度もある。待ち受けていたのは大抵が魔物の巣やただの行き止まりだった。
 目の前のこの穴もそれらと何ら変わりないのだから、今さら怖気づく理由もないのに。

「……何が、あるんだろう」

 無意識に落とした呟きは残響を宿し、穴の奥へ奥へと呑み込まれる。導かれたのはわたしの声だけのはずなのに、胸奥がざわざわと疼く。

 暗闇が怖い訳ではない。一人が怖い訳ではない。奥に魔物がいたとしても、たぶん怖くない。……なら、わたしは何を怖いと思っているのだろう。
 首筋に冷たい汗が伝い、見えない枷をつけられたかのように足は動かせない。

 そして目先の闇に完全に捕らわれてしまったわたしは──唐突に耳へ飛び込んできた物音に、思わず肩を跳ね上げた。

「へ……」

 視線を下ろせば、その音の正体はすぐに理解出来た。
 柔らかい質感を持つ、透き通った丸い体をずるずると引きずる小さな魔物。さっきどこかへ去ったはずのチュチュだった。

 まだここにいたのかと呆気に取られながらも、わたしはひたすらに這い進むチュチュに目を奪われてしまう。
 まるでどこかに引き寄せられるように、一直線にある方向を目指すチュチュの姿を見て──、

「ッ……だめ!」

 その体が穴の奥へ導かれていると察し、わたしは反射的に手を伸ばした。
 が、わたしの手がチュチュの身を捕まえることはなかった。水に浸したような温度と感触だけを残し、わたしの手は半固体の体を通り抜けてしまったのだ。

 それ以上どうすることも出来ないまま、わたしの視線だけを受けてチュチュの体は暗闇の奥へ奥へと吸い込まれていく。
 わたしはその姿を見遣りながら、追いかけるために穴の中へ踏み入ることは出来なかった。──何故なら、

「……わたし、」

 唇が震え、瞠目するわたしの目先に広がる暗闇。
 この先の光景が、先程から脳の片隅で疼いていた既視感と重なって、やがて一つの結論を導いたからだ。

「──ここに来たこと、ある?」

 少しずつ、少しずつ。奥へと引き込まれていくチュチュの後ろ姿を見送って。

 わたしの足を引き止めていたのは知らないはずの過去の記憶であったということを、わたしは思い知った。


 *


「──あぁッ! 見つけたぁッ!!」
「──ッ!!?」
「鳥ナシおめぇ! ゼルダ一人にして何ほっつき歩いてんだよ!」
「あ……バド?」
「ッたく! リンクといい鳥ナシといい好き勝手動き回りやがって!! 集団行動が出来ねぇのか!? ああん!?」
「だ、だから悪かったって……!」
「リシャナ! 良かった……魔物に襲われちゃったのかと思って心配したわ」
「ゼルダちゃん……? ……ごめん、そんなに時間経ってたんだ」
「リシャナは何してたんだ? こんなところで」
「あ、えと……変な物音がしたから、何がいるのか見に行ったんだけど、チュ……じゃなくて、ただの風の音だったみたいで。そしたら、そこの壁のところに変な洞穴、見つけちゃって」
「穴ぁ? んなもん、どこにあんだよ」
「……え?」
「暗くてわかりづらいけど……確かに何もないな」
「────」
「鳥ナシおめぇ、そう言っておいて夢でも見てたんじゃねぇの? さっきまであんな吐きそうな顔してたくらいだしよ」
「あ──、……う、うん、そうかも」
「本当? それなら、そろそろ寄宿舎に戻った方がいいんじゃないかしら。夜ももう遅いし」
「あの魔物ヤロウ、取り逃がしちまったしな。……くそ」
「あ、魔物、逃げちゃったんだ」
「ああ。何かがいる物音はずっとしてたんだけど、足が速くてさ。結局後ろ姿も見られなかった」
「そう、なんだ……」
「リシャナ、本当に大丈夫? ぼーっとしてるみたいだけど……」
「う、うん、だいじょ……ひぃんッ!?」
「うん、熱はないわね。でも、今日は帰ったらすぐに寝た方がいいわ」
「あ、あああ、ありがと、ございましゅ……」
「鳥ナシお前、デコに手当てられてする反応じゃねぇよそれ……」
「ふ、不可抗力なんだから仕方ないでしょ、ていうかバドにだけは言われたくないッ!」


 ──ふらふら、ふらふら。彷徨ったわたしを見つけた同級生たち。
 わたしは彼らに、嘘をついた。

 女神像に近づいた時からわたしの体を襲った倦怠感。
 穴を見た後彼らと合流し女神像を離れた頃には、そんなものはまるで最初から存在しなかったかのように消え失せていたのだ。

 それが消えたのはあの穴の先に広がる暗闇に既視感を抱いた時だったと、わたしは気づいていた。

 気づいていて、気づかないフリをしていた。

 怖いものは、見ちゃいけない。

 ──そう、言い聞かせて。


 ◆◇◆◇◆◇

<中央広場:夜明け前>

「……それにしても、だいぶ夜風が涼しくなってきたわね」
「暑い季節ももう終わりか。この間先輩たちの卒業式が終わったばっかりなのに、あっという間だな」
「今年は特に暑かった気がするし、わたしは早く涼しくなってくれた方が嬉しいかな。日差し浴びなくて済むし」
「さすがは貧弱だなぁ鳥ナシ。おめぇは暑い季節じゃなくても昼間はずっと引きこもってんだろうが」
「……その貧弱に剣技で勝てたことないくせに」
「あんだとぉ!?」

「でも、今日もすごく楽しかったから、暑さが残ってるうちに何か今の時期らしいことしてみたいわ」
「何かって、例えば?」
「例えば……空に火薬と火の魔石を打ち上げて爆発させてみるとか」
「綺麗……だと思うけど、ゼルダちゃん、発想が大胆ね……」
「一歩間違えたら火事になりそうだな……」
「あ! んならよ! オレ様が空に火薬ぶん投げる機械作ってやるよ!! したらその時はゼルダと一緒に、観て、みて……へへへ」
「じゃ、わたしはそのお手製ピッチングマシーンが変な方向に火薬飛ばして家が燃やしたりしないことを祈ってる」
「不吉なこと言ってんじゃねぇよ鳥ナシ!!」

「リンクは? 何かやりたいこと、ないの?」
「んー……少し先の話だけど、涼しくなったら朝の剣技の時間を増やそうと思ってるかな」
「あら。いつもお寝坊な誰かさんが、すっごく珍しいこと言ってるわね?」
「う……痛いところ突いてくるな、ゼルダ」
「ちゃんと起きれるなら、わたしも応援するわよ。……でも、どうしていきなり?」
「……少し、目標が出来たかもしれなくてさ」
「目標……」
「ぜ、ゼルダ!! オレも剣技の練習するからよッ! 応援! 応援してくれ!!」
「ちゃんと真面目に出来るならね? それと、ラスとオストにいじわるしないこと」
「し、しねぇよ! オレ様の剣技をみっちり教えて込んでやるだけだって!」

「……目標かぁ」
「どーせテキトーに生きてる鳥ナシには関係ねぇハナシだろ?」
「ううん……今決めた」
「あ?」
「次の剣技の勝ち抜き戦、今度こそ優勝してゼルダちゃんのクッキー食べる」
「ああ!? まだ諦めてなかったのかよおめぇ!」
「諦めてるわけがないでしょ。今までで一番悔しかったんだから」
「言っとくがな! 次優勝してクッキー渡されんのはオレ様だって決まってんだよ!!」
「そこばっかりは引き下がれないなー。どんな手を使ってでも、ゼルダちゃんのクッキーは、わたしが必ず守る」
「腹立つキメ顔だな!!」


「──ね、リシャナ」
「ん……何? ゼルダちゃん」
「今日一緒に見られた夜の世界、とっても素敵だったわ。リシャナがいつも見てる景色をわたしも見られて、嬉しかった」
「────」
「だから、絶対にまた誘ってね。……約束」
「……うん、約束」


 ◆◇◆◇◆◇

<寄宿舎の一室:夜明け>

 それぞれの部屋へ戻る友人たちの背を見送った後、自室に戻ったリンクはすぐさまベッドに寝転がった。
 開いた窓の隙間からは朝の日差しが漏れ出てきている。ついさっきまで夜の世界にいたからか、そこから覗く景色は元の日常に帰ってきたかのような安心感があった。

「……ふぅ」

 息を吐くと共に、全身の力が一気に抜け落ちていく。知らず胸の内で感じていた高揚感もだ。
 本当に、楽しい時間だったと思う。ゼルダから最初誘われた時は不安だったし、結局魔物の正体はわからず終いだった。それでもあんな時間を過ごしたのはすごく久しぶりだった。

 ──だが、今夜の思い出を振り返れば、その反対側で突き刺さった棘が存在を主張してくる。

「あのモヤ……」

 女神像の島で見た、あの黒いモヤ。
 正直、あれが現実のものだったのかどうか、定かではない。暗闇で何かを見間違えたのかもしれないし、夢だったと誰かに言われてしまえば簡単に信じてしまうだろう。

 が、それを裏付ける者はいない。
 対し、あれが現実に起きたことだという実感は他でもない自分の中にはっきりと残っている。

 ──そして、

「あの声……」

 最後に聞こえた、自分に向けられた誰かの声音。透き通った、体の奥底にまで響くような声は記憶の中に鮮明に焼き付いている。

「────」

 あの時感じた不穏な気配が気のせいじゃなかったのなら、あれと同じような存在と再び出会うこととなる気がする。それはおそらく一度だけじゃない。
 もし、その予感がいつか現実のものとなるのなら、

「それなら、今出来ることは──」

 あの時握った木刀──剣の感触を思い出し、それを強く強く握り締める。

 そうして朝を迎えて白む空を目に映しながら、リンクはもう一度だけあの声を思い出した。
 無色透明で、清かな声音。平板な口調でありながら、ずっとずっと何かを待ち望んでいたかのように真っ直ぐ自分に向けられた言葉。

 それは、確かにこう言っていた。


『──いつかの目覚めを、お待ちしています』



リンク君のお悩み遍歴についてはHD発売カウントダウンSS-アウールメモリーオブ騎士学校vol.1の順で追っていただくとより深くわかると思います。 >>備忘録