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メモリーオブ騎士学校vol.3



*会話文多め
kobakoの内容(メモリーオブ騎士学校)のまとめ+αです。



 ──アウール先生。
 騎士学校実技担当教師にして鳥乗りのプロ。褐色肌の美丈夫であり責任感の強い好青年。
 そのため生徒、街の住人、老若男女問わず信頼は厚く、ひそかに想いを寄せる女性も数知れず。同じ顔立ちをした双子の兄弟がいて、彼もまた騎士学校の教師。
 趣味は屋内菜園のお手入れ。最近は新種のオリーブの栽培に成功したとか。──そして、

「……せんせい」

 わたし、リシャナの後見人だ。

 ◆◇◆◇◆◇

「おかえりなさい」
「……リシャナ、人の部屋に勝手に入るなと何回言ったら、」
「衝立挟んで隣同士なんだから、自分の部屋にいるのと一緒ですー」
「はぁ……、……ここの本が読みたいなら貸してやるといつも言っているだろう」
「ここで読むのが好きなの。せんせいの部屋、落ち着くし」
「自分の部屋にいるのと同じだと言ったばかりだろう。消灯時間が過ぎたら、戻るんだぞ」
「はーい。……あ、せんせい、一個質問」
「何だ」
「この民族史の本の続きってある?」
「ああ、あるよ。この間上級生の授業で参考にしたから、学校に置いたままだな。……お前が読むには少し難しい内容だったと思うが」
「よくわからないところもあったけど、読めたところだけでも面白かったよ。……だからせんせい、続き読んだ後にわからなかったところ、教えて」
「……わかったよ。ただし、言いつけを守って夜中に部屋を抜け出さなかったらな」
「…………あい」
「……絶対に守る気がないだろう、その顔と返事」

 ◆◇◆◇◆◇

 やれやれという彼の困り顔を見るのはいつものことだった。
 困らせたいわけではないのだけれど、過保護なほどに優しすぎる彼の心配事は、わたしが外の世界に出る限り尽きはしないのだろう。だからと言って、夜の脱走をやめることはできないけれど。

 そこまで考えると、せんせいはよくわたしを見捨てずにいてくれるなと思う。
 後見人とは言うけれど、わたしの立場は親元を離れて寄宿舎に住む同級生と何ら変わりはない。違うところと言えば、もともと一人部屋だったせんせいの部屋に、衝立を立ててわたしが暮らしていることくらい。

 物心ついた時から親がおらず、寄宿舎の人々に囲まれて暮らしていたから、寂しいという感情もなかった。……というのは、せんせいが側にいてくれたからだろうか。

 ──ともかく、いつか胃に穴が空いてしまうんじゃないかというくらい、せんせいは責任感が強くて、優しすぎた。

 ◆◇◆◇◆◇

「……苦い」
「む……そうか。お前が以前そう言っていたから少しだけ甘みのあるものを選んだはずだったが」
「せんせいが普段食べてる野菜が苦すぎるんだと思う」
「というか、そう言うなら調味料使っていいんだぞ。あるのは知っているだろう」
「……だって、これはそのまま食べたいし」
「?」
「……アウールせんせいが屋内菜園で毎日お世話して育てた野菜だから、味わいながら食べたい」
「…………」
「から、頑張って、食べる」
「……お前は本当に、変なところが頑固だな」
「後見人と似たんですー」
「……そうかもな」

 *

「せんせいは、もしどこにでも行けるとしたらどこに行きたい?」
「……またいきなり妙なことを聞くな」
「この旅人の伝記読んでたら気になった」
「うむ、どこに……か。強いて言うならば、まだスカイロフトの人間が到達したことのない未知の島だな」
「……せんせいにしては珍しく夢のある答え」
「珍しくは余計だ。……私も夢くらい見るさ。この空には未だ発見されていない島がいくつも存在しているのだからな」
「発見されてない島かぁ……確かにあったら行ってみたいかも。わたしには縁のないお話だけど」
「そうとも限らないぞ。スカイロフトから鳥乗り以外で空を渡る方法も研究が進んでいるしな」
「先の長いお話……」
「……それに、」
「それに?」
「お前を乗せた状態でロフトバードが操れるよう、私も日々訓練を続けている。新しい島が見つかる頃にはお前も空を渡れるようになっているさ、一緒にな」
「せんせい……、…………」
「なんだ、その顔は」
「……こうやって女の子たちは男の人に翻弄されてしまうんだなと思い」
「人聞きが悪いな……」

 ◆◇◆◇◆◇

 アウールせんせいとの日常はゆるやかに過ぎていく。
 そんな日々に埋もれて忘れかけてしまうけれど、せんせいは教師という役割はもちろん、鳥乗りのプロとしての仕事も忙しい。
 例えば警備隊に夜の鳥乗りについて指導したり、天候が不安定な空の調査隊として駆り出されたり。
 そばで見ていて、忙しすぎて倒れちゃうんじゃないかと思うこともあるけれど、本人は忙しくしている方が性に合うらしい。

 そしてその日も、彼は新たな“お仕事”の準備に追われていた。

 ◆◇◆◇◆◇

「え、せんせい、明日丸一日いないの?」
「ああ。帰りは明後日の夕方になる」
「……ふぅーーん」
「……言っておくが、私がいない時に脱走したりしたら、一ヶ月間毎日授業準備を手伝わせるからな」
「む、相変わらず鋭い。……でも、泊まりってことはまた大精霊様? のところに行くってこと?」
「そうだ。大精霊──ナリシャ様がおられる島の付近は気流の乱れが激しいからな。天候の崩れがない日を狙わなければたどり着けないんだよ」
「せんせいくらいの鳥乗りが出来ないと危険なんだっけ。……空も意外に危ないんだね」
「そうだな。今のところ天候は落ち着いているし、おそらく問題はないだろうが」
「……うん」
「どうした?」
「えっと、その……ん……」
「……?」
「……気をつけてね」
「────、」
「…………」
「……ああ、ありがとう。良い子で待っていたなら、パンプキンバーに寄ってお前が気に入っていたスープを買って帰るからな」
「ん、じゃあ大人しく待ってる。子供扱いは若干納得いかないけど」
「大人扱いをするのは脱走をしなくなるか、騎士学校を卒業してからだな」
「む……」

 ◆◇◆◇◆◇

 大精霊様。いわゆる、空の守り神。
 その存在は話でしか聞いたことがなく、わたしにとっての女神像と何が違うのかはよくわからない。
 けれどスカイロフトにとって神聖な存在だから、アウールせんせいのような鳥乗りのプロが精霊様を祀ってる島まで赴き、お供え物をするのだという。

 アウールせんせいがいない時、わたしは彼の兄弟であるホーネル先生のところに行く。
 理由は特に無い……つもりだけど、後から思えばせんせいと同じ空気を感じて落ち着ける場所だったからかもしれない。

 ◆◇◆◇◆◇

「それで、今日はアウール先生がいないから、ここに来たということか」
「うん。……ダメだった?」
「全然構わないよ。今日は授業も無いからね」
「……そういえばさ、」
「ん?」
「ホーネル先生って、なんで学校ではせんせいのこと『アウール先生』って呼ぶの?」
「どうしたんだ、急にそんなことを聞いて」
「双子なのに『先生』って言うの、何か理由があるのかなと思って」
「うん……無意識だったけれど、言われてみればそうかもな。双子であっても、生徒たちの前では教師だからだろうな」
「ふうん……? あ、でもわたしの前では『アウール』っていつも言ってる」
「はは、たしかにそうか。……リシャナの場合は、学校の外ではアウールの被後見人だからかな」
「……? 何か違うの?」
「アウールが後見人ということは、兄弟である私にとっても同じ、『家族』だからだよ」
「────」
「だから、いつでもここには来て良いんだよ。アウールがいなくてもな」
「……ホーネル先生、そういうとこせんせいにそっくり」
「双子だからな」

 ◆◇◆◇◆◇

 ホーネル先生はわたしが参加出来ない鳥乗りの授業の時によく話し相手になってくれる。たまに腹の内が読めないけれど、すごく優しくていつも穏やかだ。

 彼が慌てるのは、校長に頼まれ部屋で可愛がっているレムリーがいなくなってしまった時くらいだろうか。
 その日も数分前まで部屋にいたはずのレムリーがいないことに気づき、慌てるホーネル先生のお手伝いをすることにした。

 ホーネル先生と別れると、わたしは最も心当たりのある中央広場へと向かう。昼間のレムリーは比較的温厚なため、よく広場の子どもたちと遊んでいるからだ。

 するとそこにいたのは、でっかい図体の同級生だった。

 ◆◇◆◇◆◇

「あぁん?」
「……あ」
「んだよ鳥ナシかよ! こんなところでふらふらほっつき歩いてんじゃねぇよ! オレ様が通りづらいだろーが!!」
「わーお理不尽……。なんか機嫌悪い? バド」
「ああ!? 悪かねぇよ、んなもん!! ッ、痛ぇ……!」
「? どしたの?」
「ちっ……。さっき、食堂のババアがあのでけぇ樽を無理やり運ぼうとしてたから、代わりに持ってやったんだよ。そしたらこのザマだ。ついてねぇ……!」
「ばばあ……って、ヘーナさんか……。……それにしても」
「んだよ!?」
「……バドは本当に、バドだよね」
「ああ!? 喧嘩売ってんのか鳥ナシ!?」
「うんにゃ、ぜーんぜん」

 *

「バドにーちゃん、こないだ作ってくれた剣、折れちゃった……」
「あぁ? 木製だからあんまり固いとこぶつけんなッつったろ!? 怪我してねぇだろうな!?」

「バドお兄ちゃん……レムリーがわたしのお人形、もっていっちゃったの……」
「何でこんなたっけぇとこ逃げ込んでやが……ッいってぇ!! 引っ掻くなァ!!」

「バドニイちゃん……かぼちゃ、きらい……」
「まだ一回も食ったことねぇだろ? 食べてみりゃあオレ様みたいにでっかくなれるかもしんねぇぞ!」
「……それはヤダな」
「何でだよッ!!」

「──バド」
「ああくそ、また逃げやがった……あ? んだよ鳥ナシ」
「レムリー探してる間、街の子に『バド兄ちゃんにこれ渡しとけよ鳥ナシ!』って言われて預かってきたんだけど」
「あん? ……あー、アイツまた駄賃に家の野菜採ってきたのかよ。親父さんに礼言っとかねぇとな……」
「…………」
「な、何だよその目は」
「……なーんでも」

 ◆◇◆◇◆◇

 その後、わたしは先生のお手伝いをするため、バドは盗まれたお人形を取り戻すため、一緒にレムリーを探すこととなった。
 可愛らしい見た目をしているけれど、レムリーの本質は魔物と同じだ。だから中央広場から逃げてしまったとすれば、建物の裏や暗い木陰などに逃げ込んでいる可能性が高い。

 そう当たりをつけたわたしはバドと共に騎士学校の裏庭に訪れた。
 そしてそこで待ち受けていた光景は──、

 ◆◇◆◇◆◇

「まさかの告白現場……相変わらずリンク君はモテるねぇ。ね、バド」
「鳥ナシ……おめぇオレ様に喧嘩売ってんだろ……」
「とか言いながらバドも一緒に覗き見してるじゃん、あの光景」
「ちげぇっての! オレ様の通る道であの野郎が告白なんかされてんのが悪ぃんだよ!!」
「バド、しー! ……あ、リンク君、困ったまま黙っちゃった。相手の子も戸惑っちゃってる……」
「どーせ断り方に悩んでるんだろーよ? ッたく、うざってぇ」
「それにしても、そのうちスカイロフトの半分以上の女の子から告白されそうな勢いで呼ばれてるよね、リンク君。たしかにかっこいいもんね、剣技も優秀だし優しいし」
「んならお前も告白しにいきゃいーだろうよ。お前がリンクとくっつきゃゼルダはオレ様と結こ、」
「それはわたしが許さない。バドには絶対にゼルダちゃんは譲らない。から、バドがリンク君の方に行って」
「何でお前とオレが張り合わなきゃなんねぇんだよ、ややこしすぎんだろ……」

 ◆◇◆◇◆◇

 野次馬根性丸出しのわたしたちは、丁重にお断りをして泣かれるリンク君の姿までばっちり見届け、その場を後にした。
 もともと斜め加減だったご機嫌をさらに損ねたバドは、途中で子分のラスを見つけて別行動に。引き続きレムリーを探す傍ら、ラスはたっぷりと憂さ晴らしに付き合わされるのだろう。

 そうして騎士学校をぐるりと一周し、街中を抜けて路地裏へ。建物と建物の隙間や物陰を覗き込みながら彷徨っていると、こんな暗い場所に似つかわしくないワンピースを纏った人物と遭遇した。
 その人物とは──わたしと同じくレムリー捜索を引き受けた、ゼルダちゃんだった。

 ◆◇◆◇◆◇

「あっ、ゼルダちゃん! レムリーそっちいった!」
「任せて! ……えいっ!」
「ミィ!」
「ふふ、やっと捕まえた」
「ナイスキャッチ、ゼルダちゃん! ホーネル先生のとこ、連れて行かないとね」
「ええ。先生、すごく心配してたものね。きっと安心してくれると思うわ」
「半日いなくなっただけで憔悴してたもんね。レムリーを室内で飼うってなかなか難しいと思うけどなぁ」
「そうね……いくら先生のお部屋が広くても、レムリーにとっては外の方が何倍も広いものね」
「(そっか、ゼルダちゃんは夜のレムリー、見たことないのか)。……あ、そういえば」
「?」
「この間資料室で見つけた本にレムリーと似た動物が載ってて。その鳴き声が少し変わってたんだよね」
「あっ、その本ならわたしも読んだわ! たしか、『にゃあ』って鳴き声よね?」
「………………」
「? ……リシャナ?」
「……ゼルダちゃん、今の鳴き声、もう一回」
「えっ、……にゃあ?」
「…………ゼルダちゃん」
「え?」
「……レムリーと一緒に、わたしの部屋、行こうか」
「え? え?」
「ミィー」

 ◆◇◆◇◆◇

 ゼルダちゃんのお持ち帰りは、惜しくも再び遭遇したバドに全力で止められる。
 そうして保護したレムリーをホーネル先生に引き渡し、慌ただしい一日は終わりを迎えた。

 自室に帰り、何故か今日は脱走する気になれず早々に寝床に入る。それでもなかなか寝付くことは出来ず、人の気配がない隣室をじっと眺めていた。
 普段もあまり物音はしないけれど、今日はいつも以上に静寂が濃く感じる。
 心にぽっかり穴が空いたような、寂しいような。よくわからないモヤモヤとした感情に絡め取られて、わたしはそこから逃げ出すようにお布団の中に潜り込んだ。

 ◆◇◆◇◆◇

 翌日。その日は苦手な太陽の光が遮られた曇り空だった。そんな日は少しでも長く外に出ていたくなってしまう。

 いつもより少しだけ元気なわたしは、何の目的もなく中央広場に訪れた。授業もないし、このまま湖の方へお散歩をしに行こうかと足を進めた時。

 わたしが見つけたのは、山のような大量のかぼちゃに埋まったクラネ先輩だった。

 ◆◇◆◇◆◇

「……歌姫、ですか?」
「うん、そうよ。今夜パンプキンバーでちょっとしたお披露目会があるの」
「お披露目会……。クラネ先輩が運んでたこの大量のかぼちゃって、それと何か関係があるんですか?」
「これはその時に振る舞われる料理の材料らしいわ。まさかこんなにたくさんあるとは思わなかったけど。リシャナが手伝ってくれて、本当に助かったわよ」
「さすがにあのかぼちゃの山を一気に運ぼうとしてるところを見かけたら、手伝いますよ……。それでその歌姫さんのお披露目会に、クラネ先輩はキコア先輩と二人仲良く参加すると」
「べ、別にキコアくんはたまたま一緒にお手伝いを頼まれただけよ! せっかくだから、その後一緒に見ようって誘ってくれただけで……」
「大丈夫です、クラネ先輩。わたしとゼルダちゃんは影ながらお二人を応援しています」
「あっ、やっぱりゼルダに言いふらしたの、リシャナだったのね!? まったく、変な噂流さないでよね……!」
「変な噂じゃないですよー。……あ、キコア先輩だ」
「えっ!!?」
「すっ……すまないクラネさん!! こんなにたくさんのかぼちゃを一人で運ばせてしまって……! 自分はなんて、罪深いことをっ!!」
「き、ききキコアくん……! そんな、キコアくんにはキコアくんの仕事があったんだから、何も悪くなんかないわ!」
「いや、事前に手伝いの内容を細かく聞いておけばよかったんだ……! こんなことで罪が軽くなるとは思わないが、せめて今夜のお披露目会、甘いお菓子をご馳走させてくれ!!」
「キコアくん……。……罪なんて思ってないけど、でも一緒にお菓子を食べるのは大歓迎よ。今夜、楽しみにしているわ」
「クラネさん……!!」

「クラネせんぱーい、かぼちゃ、重たいなぁー、肩が外れそうだなー……おーい……」

 ◆◇◆◇◆◇

 お手伝いを済ませた後にパンプキンバーに向かう先輩たちを見送り、わたしは着の身着のまま騎士学校に隣接する剣道場へと向かった。
 お日様が見えない天気だからかすこぶる調子が良く、剣を振りたい気持ちになったからだ。

 そうして剣道場に到着すると、先客がいた。短い金髪に空色の瞳。木刀を片手に鮮やかな太刀筋を見せるのは、やっぱりリンク君だ。

 わたしは彼と他愛もない話を交わしながら、しばらく剣を振ることにのめり込んだ。

 ◆◇◆◇◆◇

「ねえリンク君」
「ん、何?」
「わたしたちの寄宿舎って、なんで実質相部屋なんだろうね」
「い、いきなりだなリシャナ。なんでかなんて、考えたことなかったよ」
「そっかぁ。……昔より生徒が増えたらしいし、壁作る予算が無かったのかなぁ」
「どうなんだろうな。それ以前に古い建物だし、そういう造り替えが出来なかったとか?」
「たしかに、その可能性もあるね。でもいいなぁ、みんなは生徒同士で相部屋だもんね」
「ああ、リシャナはアウール先生と相部屋だもんな。やっぱり怒られたりするのか?」
「んー、普段はせんせいも気を遣ってくれてるのか不干渉っていうか気配すらあんまり感じないんだけど……でもそう思って脱走したりしたら、翌日正座させられて真顔で問い詰められる」
「……ごめんリシャナ、ちょっとその光景見てみたいって思った」
「ううん、大丈夫。いっそのこと見て欲しい」

 *

「そういえば、リシャナはアウール先生が剣を振るところ、見たことあるのか?」
「それが、一度もないんだよねぇ……。見せてってお願いは何度もしてるんだけど」
「そうなのか……」
「ただ、教師になる時に剣技の試験は受けてるはずだから、きっと振れるんだと思う。わたしの予想では、その辺の衛兵より強いくらい」
「授業で話を聞くだけでも、それはなんとなくわかるよ。あんまりイメージは出来ないけど」
「せんせいは騎士って柄じゃないもんね。卒業するまでに一度くらいは見せてほしいなぁ。木刀片手に荒ぶるせんせい」
「それは……見たいような見たくないような……」

 ◆◇◆◇◆◇

 リンク君と話しながら、思い出す。
 わたしにとっての剣技の始まり。それも、せんせいがきっかけだったということを。

 あれは数年前──たしか、せんせいがわたしの後見人になって間も無くだったと思う。
 自身の血のことを知って、部屋に閉じこもってばかりだったわたしがようやく外の世界に出られるようになった頃。何事もやる気のしなかったわたしをせんせいが誘い、二人で騎士長先生に会いに行った。

 ◆◇◆◇◆◇

「ほらリシャナ、挨拶」
「…………ハジメマシテ」
「ははは、話に聞いていた通りだなアウール! 本当にお前にだけよく懐いているようだ!!」
「い、いやイグルス先生、私に懐いているのではなく、こいつが他人慣れしていないだけです。ようやく部屋の外に出られるようになったので……」
「……せんせい、引きこもりの話禁止」
「なに、他人慣れしていなくても外に出るのが久々でも、剣技を学ぶ上では何の支障もないぞ! 剣を持ったなら、皆等しく『騎士』の仲間入りだ!」
「──『キシ』」
「リシャナ、いつまでも私の背に隠れていないでそろそろ出てこ、」
「『キシ』って、」
「ん? どうしたんだ?」
「……夜に見回りして、魔物を斬ってる人だよね」
「…………、」
「ああ、そうだな。騎士学校を卒業し、衛兵の職に就いた者はそのような仕事もしている」
「……せんせい、やっぱりやめる。剣技に興味はあるけど、『キシ』になるならやっぱりしない」
「お、おい、リシャナ……!」
「ふむ。……たしかに、『騎士』という役割が廃れた今のスカイロフトにおいて、実際に行える仕事は見回りと魔物の討伐がほとんどだと言えるかもしれないな」
「……やっぱり」
「しかし、だ。リシャナ君。本来の騎士の生き方は決してそれだけにとどまらないものなんだよ」
「……?」
「遠い昔、騎士の多くは女神様に身命を捧げ、その身を守るために剣を振るっていた。……しかし全ての騎士がそうであった訳ではない。家族や友人、想い人を守るために戦っていた者も大勢いる。自身の願いを叶えるために戦っていた者も数知れない」
「…………」
「皆いずれも、理由を持って剣を振るう。それがどんなものであれ、剣は人を選ばない。ならば、たとえ女神様に仕えていなくても、人間でなくても……魔の者であっても、剣を持つ者は皆等しく『騎士』と言うべきだ。だから君は、魔物を斬らない騎士──否、魔物を守る騎士にだって、なっていいんだ。それが悩み抜いた上で導いた結論ならば」
「────」
「なに、そう難しく考えなくとも良いさ。君と同じ年頃のやつは、想い人の前で格好つけたいからという理由で剣技を始めたぞ。……ああそれから、最近教師になったばかりの誰かは、兄弟と張り合うために剣技を始めていたな。今では鳥乗りに首ったけのようだが」
「い、イグルスさん!! 俺の話はいいですから!!」
「……せんせい、一人称戻ってる」
「ははは! お前もまだまだだな、アウール!!」

 ◆◇◆◇◆◇

 あの日せんせいに剣技を学んでみないかと言われなければ、きっとわたしは外の世界に馴染めないまま自分だけの城に閉じこもっていたと思う。……そう考えると、余計に早く帰ってきてほしいという気持ちが膨らんでしまった。

 リンク君と別れ、一人寄宿舎への帰路をたどる。
 ヒュウ、と風音が高く鳴り、体ごと連れ去ってしまうほどの風が吹き抜けていく。
 昨日に比べて、今日は風が強い。天候が乱れつつあるからか、空にはロフトバードが一羽もいない。

「わ」

 島の縁に立って空を眺めていると、下から風が吹き上げ木の葉が舞い上がる。
 たしか、上昇気流ってやつだ。それもやはり、せんせいに教えてもらったものだ。
 上へ上へと巻き上がる風。目に見えぬ力は天にまで届けるように、木の葉を押し上げていく。

 わたしはそれを見つめたまま、せんせいと上昇気流について話したことを思い出す──。

 ◆◇◆◇◆◇

「──鳥がいなくても空を飛ぶ方法?」
「うん。せんせいなら何か良い方法知ってるんじゃないかなって思って」
「心当たりがないこともないが……、……お前、また何か企んでいるだろう」
「企んでな……くはないけど……でも、」
「……何だ」
「わたしだって一度くらい……空、飛んでみたい」
「…………そうだな。……危険なことはしないと約束出来るなら、試していいぞ」
「本当っ!?」
「絶対に約束を守るならな」
「守る! わたし、生まれてから一度もせんせいとの約束を守らなかったことないから! 自分がいつ生まれたのかしらないけど!」
「清々しいまでの大嘘を吐いたな……」

 *

「──ぱらしょーる」

 せんせいが発した聞き慣れない単語をたどたどしく繰り返す。
 机上に広がるのは古い図録。そこには布のようなものを両手で広げて、風に乗っている人物が描かれている。アウールせんせいはそのパラショールとやらを指差し、話を続ける。

「遥か昔、ロフトバードがいなかった頃の人々が使っていた道具だ。今でも鳥乗りの儀で優勝をした者に進呈されている」
「へぇー……」

 ロフトバードがいなかった時代、本当にこんな布で人が空を飛んでいたのだろうか。半信半疑ではあるけれど、せんせいが言うのだから嘘ではないのだろう。

「ただし、これを使いこなすには上昇気流をつかむための感覚を養わなければならない。その点は鳥乗りと同じだ」
「上昇気流……って、目に見えないのにどうやってつかむの?」
「いろいろコツはあるけれど、まずは上昇気流が発生しやすい箇所をいくつか覚えることだな。あとは雲の形を見極めること」
「雲?」
「雲が発生しているということは冷えた空気が露点に達しているということだ。つまり、特定の雲の下では気流が発生している」
「うへー……なんだか難しそうなお話……」

 先生モードになった彼のお話に思わず顔をしかめてしまう。
 けれどどこか生き生きとしているせんせいを見てるうちに、わたしも自然と風の強い日が待ち遠しくなっていた。

 ◆◇◆◇◆◇

「────」

 上昇気流のつかみ方。あれからせんせいに少しだけ教えてもらったけれど、話を聞くだけでは当然まだまだわからない。
 けれど、たしかにこれだけ風が強かったならわたしでも飛べそうな気が湧いてくる。わたしが纏っているのはパラショールではなく姿を隠すためのケープだけど、お試しだから細かいことは気にしない。

 根拠不明の自信に捉われて、わたしが向かったのは騎士学校の屋根の上。脱走の時の経験を活かし、壁を伝って難なく到達。
 いつも飛び降りている二階の高さよりは少しだけ地面が遠いけれど、なんとか着地は出来るだろう。

 せんせいには危険なことをするなと言われた。だから試すのは一度だけだ。
 両腕を横に広げて全身で大気の流れを感じて、強い風が吹き抜ける時を待つ。
 そして一際大きく風が吹き抜けた瞬間、わたしはケープを広げ、思いっきり足を踏み込んだ。

 当然、わたしの体は重力に従い地面に向けて落ちていく。
 ──そう思っていたはずなのに、さらに強い風がその風を食らうように吹き抜け、数瞬わたしの体が重力に真っ向から逆らった。

 予想外の動きにわたしの思考は真っ白になる。そして強風によって目標の着地地点から大きく逸れたわたしが投げ出されたのは、地面が途切れた空の上。

「や、ば……!」

 停止した頭でもそれがすなわちスカイロフトからの落下を意味していると理解して、本能的に体をひねる。
 しかしどれだけ手を伸ばしても、地面には手が届かない。

 そうして成す術もないまま、わたしの体は雲の海へと吸い込まれていって──、

「──リシャナッ!」

 瞬間。誰かが名前を呼ぶ声が耳に届く。
 そう認識すると同時にわたしの体はその誰かに抱えられ、再び上空へと舞い上がった。

 動揺する頭でも、声を聞くだけでわかった。
 わたしを助けたのが、ロフトバードに乗った、アウールせんせいだということに。

 ◆◇◆◇◆◇

 せんせいはわたしが乗ったことでイヤイヤと暴れるロフトバードをなんとか着地させ、わたしを素早く安全な場所に避難させてくれた。

 空から落ちかけた恐怖と暴れるロフトバードに対する恐怖。二つの恐怖が重なりわたしの体はカタカタと小刻みに震える。
 ロフトバードに離れるよう指示したせんせいはそんなわたしの手を握り、その後落ち着くまでずっとそばにいてくれた。

 ◆◇◆◇◆◇

「……ごめんなさいでした」
「まったく、落ちずに済んだから良かったものを……」
「さすがに反省してます。怖かったです」
「だろうな。しばらく大人しくしておけ。……それで、何故こんな日に屋根から飛び降りるなんて真似をしたんだ」
「…………えっと、」
「…………」
「……上昇気流、って、教えてくれたよね。せんせい」
「ああ、この間のことか」
「今日は風も強いし、もしかしたらわたしも空を飛べるのかなって思って」
「…………、」
「じ、自分でもバカだなって思ったよ。でも試してみる価値はあるかなって思って、それで……!」
「バカだなんて思っていないよ。以前伝えた通り、ロフトバードとの共存をしていなかった時代にそんな研究がされていたそうだからな」
「……うん」
「ただし、やるなら私かホーネルが見ている時にしろ。一人で試すには危険すぎる」
「……信じてくれるの? 上昇気流で人が飛べる確証なんてないのに」
「挑むことは決して悪いことではないよ」
「…………せんせいのお人好し」
「自由奔放な被後見人を持つとそうなるのかもな」
「むー……」

 ◆◇◆◇◆◇

 その後せんせいは約束を破ったことをきっちり叱り、わたしはしっかりと反省をした。

 それから、自分自身で意外だったけれど、怖い思いをたくさんしたはずの空にこれまで以上に興味が湧いた。
 もし空を飛べるようになったら、友達と一緒に飛んでみたい。パンプキンバーに行って歌姫を見てみたい。そして、せんせいと一緒に未知の島に行ってみたい。
 そんな夢を、初めて見た。

 わたしにロフトバードが来ることはきっとない。
 けれど、それでもわたしの未来の希望を信じてくれる人がいるから。

 空を諦めたくないと、少しだけ思った。

 ◆◇◆◇◆◇

 ──アウール先生。
 騎士学校実技担当教師にして鳥乗りのプロ。褐色肌の美丈夫であり好青年。心配性で、働き者で、頼りになって、島のみんなに信頼されている。
 さらに同じくらい優しい双子の兄弟がいて、趣味で作った野菜はいつも苦い。

 そして、

「おかえり、せんせい」

 わたし、リシャナの大切な『家族』だ。



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