「マットの告白」−その後
ルームメイトから考えもしなかった告白を受けたその夜、メロはなかなか寝付けずにいた
Lとの別れから間もないせいもあったのだろう
マットの慕情を知ったところで何がどうなる訳でもなかったが、こういう時、メロは自分の煩わしい部分(疎ましくも自分の心が神経質で揺れやすく繊細であること)を呪った
それは強がりな彼が周囲にひた隠していた一面であったが、時折こういう不具合となって彼自身に噛みつくのだった
メロは何とか眠ろうと格闘したのちに諦めて、短く静かに溜息を吐くと起き上がって、暗い中ベッドの左側に備わった枠に乗り上がり、鍵を外して窓を開け放った
時計の針は午前二時半を指していた
身震いするほどの寒さはなく、二月に入ってからのウィンチェスターは昼夜を問わず毎日のように雨続きだったが、空を見上げると一面に大小無数の星が美しく輝いていた
(L…)
メロは厚さ30センチに満たない窓辺にかっちりとはまり込み、すぐ脇で眠るマットに注意を傾けながら、膝を抱えて離れた国にいるLを想った
失敗した精一杯の引き留めは、メロの心に失恋のような傷跡を残してしつこく虚無を生み続けた
食事もあまり喉を通らず、大きな不安から何をしていてもキリキリと胃が痛んだ
今回Lが介入したキラによる事件の様相はただならぬもので、メロはいいようのない不安を感じていた
彼から捜査に携わる旨を知らされた時、それがLがLとして存在する意味だとはいえ、何としても阻止しなければならないような、さもなくば最悪の事態になるような、そんな気がしたのだ
「風邪引くぞ」
足元から聞こえた声にはっとして、メロは振り返った
眠そうにしながら、脇のベッドでマットが寝返りを打って彼を見た
「悪い…起こしたな」
「っていうか、起きてた」
メロの言葉にマットは薄ら笑った
「なぁメロ…眠れないのか?」
「ああ…ちょっとな」
「昼間に俺がキスしたせい?」
「…。あのな。お前、自意識過剰だろ」
メロの厳しい返事にマットは肩をすくめた
それから立ち上がり、同じ窓から身を乗り出して空の色を伺った
すぐ傍に寄ったメロの髪から、レモングラスとベルガモットの良い香りがした
「おい…あんまり寄るなって」
つられて顔を向けると、迷惑そうにメロが身を引いた
「何で?意識する?」
「はぁ?だから、そういうことじゃなくて」
マットはおかしそうにしかし半分真面目に呟き、メロがそれを一蹴した
「お前とキスしたせいで色々と想像してしまって、眠れないな」
「何だと……やめろよ」
「仕方ないだろ?風呂上がりに太ももを晒して目の前を歩かれれば、想像もするさ」
彼が発する筈はないだろう思わぬ言葉に、メロはぽかんと口を開けた
「馬鹿か!?」
「でもそれよりも、今みたいにLのことを考えてるお前を見るとたまらなくなるんだ。変だろ。他の誰かのことを考えて欲しいわけないのに」
「……」
つまらなそうに言ったマットを相手に驚いて言葉を失っていると、じりじりと距離をつめ始めた彼に追いやられて叫ぶ
「わ…ま、待て、おい、落ちるって!」
「落とすかよ」
「!」
独り言のように呟き、マットは突然回した両腕でメロの体を強引に抱きとめて窓辺から引き降ろし、自分の方へ向かせた
「……」
暗がりの中、ベッドの上で抱き合うように密着したままで差し向けられるマットの真剣な眼差しに、メロは目を合わせたまま固まった
「…… 何かすると思ってる?」
メロの瞳の奥の一縷の怯えを見抜いた彼は静かに問いかけた
メロは答なかったが、見開いたその目が、何もしないで欲しいと告げていた
「出来るわけないよ。そんな風にお前を傷付けて満足するなら、何年も想ったりしない」
マットは気持ちを落ち着かせるように低い調子で言い、外気で冷えたメロの頬を優しく撫でた
その手が本当に優しくて安心したのか、メロは目を閉じて彼に従い、緊張の糸を解いた
マットはその様子を確認すると、開いた窓をばたりと閉めてブラインドを下ろした
「俺と一緒の部屋は嫌か?」
「…… 別に…。それはない」
マットの問いに、メロはうつむいて答えた
「…。俺は…お前に拒否されない限り傍にいるし、誰かの代わりっていうのは望まないけど、寂しい時も傍にいるから…。」
慎重な言葉を受けて、メロはマットに視線を張り付けた
「別に寂しくなんかないし。……。
だから、要するにおまえは僕のことを変な目で見てるけど、このままルームメイトを続けるのかってことだろ?おまえの勝手な妄想なんか知らないし、僕に無理矢理何かをする勇気もないんだ。別にいいよ、このままで。それに部屋を変えろって言ったって、ロジャーが首を縦に振るわけがない。あの爺さんは、おまえに僕の面倒見を押しつけたいんだからな」
「面倒見?」
マットは意外そうに言った
「ワタリと話しているのを聞いた。僕は性格に難有りだから、おまえが鎮火役に丁度いいんだってさ。同じ部屋に押し込んでおけば、自分が介入すせずに済むから楽なんだって。それにロジャーは僕がLになることを望まない。反りの合わない僕がLになって、自分がワタリの代役を務めることになる事態を回避したいんだ。ロジャーは、僕よりニアがLになればいいと思っているからな」
「……。そうか」
マットは関心の無い声で呟いた
「……。おまえって本当無関心だよな。そういうところ」
ああ、と変わらず薄い反応で返す
「俺にはLの後継者がどうのってことより、お前と一瞬にいられるかってことの方が重要だから。自分がLになりたいとも思わないし、ロジャーの思惑なんて、別にどうでもいい」
ああそう、とメロは呆れたように肩をすくめ、話を切り上げた
「……。ニューヨークのことだけどさ。お前が先にここを出て…その後、俺はお前の後を追いかけて行っても構わないんだよな?」
「……」
了解を請うような言葉に、メロはちらりと彼を見た
「どの道、ロジャーが僕を追跡するようにおまえを仕向けるだろう。僕がLの後釜である以上、どこにいたって監視の目は付きまとう。アイツにとっておまえは、僕の臭いを嗅ぎつける一番鼻の利く都合のいい犬なのさ。だから来るなら命じられる前に来い。自分の意思で、僕の元へ」
マットは忠誠を誓うような目で、じっとメロの目を見つめた
メロは、普段誰とも視線を合わせようとしない彼が自発的に向き合おうとする唯一の相手だった
「誓うよ。俺は自分の意思でお前の元へ行く。守るから…メロ」
宣誓を受けてメロは頷き、ルームメイトの意を承諾した
生みの親から受けた仕打ちが心の底に根付いているメロは、他人の拒絶に対して人一倍敏感だった
だから自分と向き合おうとするマットと対顔しその本気を見抜いた時、メロには彼を拒絶することが出来なかった
自分がLを求めるようにマットも自分を求めているのだと思うと、ほんの僅か息衝くメロの中の腐りかけた慈愛の念がゆり起こされ、突き放すことに待ったをかけたのだった
「マットの告白」ーその後
THE END.
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