「エンドレス」-1P
「分からない。考えたくありません」
「ニア?」
「どうしたんです?大丈夫ですか?」
周囲のあらゆる声が、ニアの神経をまるでからかう様に逆撫でた
虫の居所の悪さを露呈させ、指に絡めた柔らかな白い髪をブチブチと音を立てて引きちぎる
極度のストレスを感じるとニアはこうして自分の髪を傷付けた
最近その回数が、彼をLとして支える周りの人間の目から見ても極端に増えたことは明らかだった
「ニア、大丈夫?ここのところ様子がおかしいわよ」
見兼ねたリドナーが彼の手を掴んで止めに入る
「何も考えたくない」
ニアは腕を断りなく触れられたことに不快を示し、語尾を強めて一言放ち、彼女の手を払いのけた
「ニア…あなたはLなのよ。分からない、考えたくないを繰り返すばかりでは、指示を仰(アオ)ぐ私たちもどうしていいのか分からないわ」
心配をしてみせてもニアは苛立ち、鬱積した何かに打ち負かされて、また髪を引っ張ってはちぎり始めた
23才の彼は何色にも染まらず、頑(カタク)なで孤高だった
周囲の誰一人にも心を開かず、自分の美徳に反する目の敵を粉々に打ち砕く、散弾のような言葉を放つ以外は寡黙で常に厳(イカメ)しい表情がこびりついている
Lとしての役目を担う以外の時間は全てを遮断して自室によそよそしくこもり、姿を見られることを嫌がった
キルシュ・ワイミーの創った孤児院で過ごした幼少時代から独りで過ごすことが多かったが、メロが死んで以降、明らかにその傾向は顕著になっている
リドナーは、メロが亡くなって以降の彼を変化を内心気にかけていた
元々体が丈夫ではないニアの顔色は、このところひどいもので蒼白とし、最近の一ヶ月は特に食事の回数も減って時折見えない何かと遭遇したように宙を見つめ思想に耽(フケ)ることが多くなっていた
「……」
どんな指図も嫌うニアの性格に配慮して諭(サト)してみたが反応はなかった
気の済むまで髪を痛めつけてから彼は床に座り込むのをやめ、のろのろと立ち上がった
華奢な体に寄り添えないパジャマの布地が肌を滑り床にしな垂れる
それをだらしなく引きずりながら、構う様子もなく"かつてのL"に似た猫背で歩み、扉の向こうに消えてゆくニアの背を、リドナーは声を押し殺して見送る他なかった
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