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『土井先生のキャラ崩壊は誰特でもない、そうだろう』


走ると髪の毛が揺れる。この時代の女性より短いとはいえど、胸元くらいまである長さだと、さすがに鬱陶しいかもしれない。伊作に髪紐でも貸してもらおうか、どうしようか。とりあえず、今は土井先生の方を優先せねば。



「はー、やっと着いた……」



走り続けていると食堂に着いた。学生の頃からろくに運動をしてこなかったから、少し運動しただけでも息切れがする。胸元に手を当てると、心臓がバクバクいっている。学生の皆、今のうちに運動しといた方が良いよ。うん、割と真面目に。
食堂に入り、土井先生が居るか探す。ふと、受付カウンターに居る食堂のおばちゃんが「あら、冬ちゃん」と私に声をかけた。



「おはよう」
「おはようございます! 朝から食堂のおばちゃんの顔が見れるなんて、私はなんて幸せな女……!」
「うふふ、大袈裟ねえ」



おばちゃんの顔を見てウットリする私。おばちゃんは嬉しそうに笑った。あ、そうだ。「土井先生いますか?」と聞くと、おばちゃんは部屋を見渡して「あそこに居るみたいね」とどこかを指さした。どうやら探してくれたらしい。おばちゃんが指さしたのは、廊下側の一番奥の席。土井先生は竹輪と格闘しながら、山田先生と一緒に朝餉を食べていた。おばちゃんが土井先生の行動を見て「竹輪美味しいのにねえ」と苦笑している。おばちゃん、それ私も思います。



「土井先生に用事?」
「はい、急用らしいです」
「あら」
「ではおばちゃん、また後で私も朝餉食べに来ますね」
「ええ、待ってるわ」



軽く手を振ると、おばちゃんも手を振ってくれた。そのことに嬉しくなりつつ、私は土井先生の元へ向かった。



「土井先生、お食事中すみません。少しよろしいですか?」



土井先生に声をかけると、土井先生と山田先生が私へと顔を向けた。「ゴホンッ」と咳払いをしつつ恥ずかしそうに竹輪を皿の上に置く土井先生。竹輪と格闘していたところを見られていたのがそんなに恥ずかしいか。



「えーと、君は……」
「あ、申し遅れました。神田冬紀です。”冬さん”もしくは”冬ちゃん”とお呼びください」



無表情ながら淡々と言う私に、土井先生は「あ、ああ」とキョドりながら返事をする。



「それで、用件は?」
「はい。至急火薬倉庫の中に羊羹が無いか調べろ、と学園長先生が」



私の言葉に、土井先生が瞬時に白目をむいた。山田先生は「学園長先生ぇ……」と項垂れてしまった。……土井先生には気の毒だが、私の仕事はこれで終わったわけだ。ということは、庭の掃除をしなければいけない。



「では、私はこれd――」
「――ちょっと待った!」



踵を返して土井先生達と別れようと思ったが、土井先生に腕をつかまれた為それはかなわなかった。まさか止められるとは思わなかった為、少し驚いてしまう。振り返って土井先生の顔を見ると、土井先生は真剣な表情(少し青ざめている)で私をジッと見ていた。「なんですか?」と聞いて土井先生が何かを言っているが、正直何を言っているのか分からない。



「竹輪を食べてくれェェェェエエエ!」
「なんだこの人ォォオ!?」



う○こしたいのに我慢しなきゃいけなくてお腹も顔も苦しい人の顔になってるんだけど土井先生。私の腕にしがみついて離れない土井先生の頭を、私は片方の手で必死に剥がそうと鷲掴みにする。ぐぐぐぐ、と押しても土井先生は離れてはくれない。山田先生でさえも他人の振りをしようと「ごちそうさまでした」と言って席を外れた。



「竹輪無理なんだよォォオ! 食べてくれよォォオ!」
「誰!? この人誰!? キャラ崩壊どころじゃないんだけど!」
「急用って言ったよな!? なら竹輪食べてくれ! 頼む! これ食べないと探しにいけないんだ!」
「ひああ!? 胸触った!? 今胸触った!? おばちゃぁぁぁん! 助けてぇぇぇええ!」



「成敗!」としゃもじで土井先生を撃退した食堂のおばちゃん。私は思わず「おばちゃん大好きっ」と言いながらおばちゃんへと抱きついた。
その後、頭から血を流して気絶している土井先生を放置し、私は次の仕事をやるべく食堂を出た。全国の土井先生ファンにごめんなさい。



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