変魂-へんたま- | ナノ

『あの子とあの人も苦労しているようで』


昨日は凄まじい一日となった。薬草摘みの道中熊に襲われ、怪我を負い、帰ったら三年生達と左近に大泣きされ、伊作に少し怒られた。たった一日で大変なことがいくつか起こったけれど、皆が心配してくれたのは素直に嬉しかった。



「冬さん冬さん、一緒に朝餉食べましょっ?」
「あー、今から庭の掃除しなきゃいけないんだ。ごめんね、左門」
「……むう……」



昨日の出来事により、三年生達から懐かれるようになった。私を見つければ駆け寄って来てくれる三年生達に、仕事で疲れていた身も心も安らぐ。「そういえば左門、よく私のところまで辿り着けたね」と私が言うと、左門を口を開けて「あ」と言った。なんだなんだ、と次の言葉を待つ。すると、どこからか何者かの声と足音が聞こえた。



「さもぉぉぉぉおおんんんん!」



この怒鳴り声、作兵衛に違いない。作兵衛の怒声に、左門は「やば」と言いつつ私の後ろに隠れた。そして、「作兵衛と三之助と食堂に行こうと思ったら、冬さんの部屋の前に居たんです」と説明してくれた。とりあえず「方向音痴は困りますねえ」と他人事のように言う左門の頭を軽く殴る。一番困ってるのは左門と三之助を探し回る作兵衛の方だろうが。



「冬さん、ご迷惑をおかけしてすみません!」
「いやいや、大丈夫。ほれ、左門持ってって」



そう言いながら、私は自分の背後に隠れている左門を作兵衛に差し出す。左門が「酷い!」と言っていたが、作兵衛には「有難う御座います!」と感謝された。うんうん、作兵衛はいつも頑張ってるね。少し涙をホロリしながら作兵衛の頭を撫でると、作兵衛は顔を真っ赤にした。可愛い奴め。



「あ、あの、冬さん、」



背後から女の子の声が聞こえた。同じ部屋で過ごしている朝倉小夜ちゃんだ。小夜ちゃんは部屋の中から顔だけを出し、私を控え目に見ている。どうしたのだろう。



「お話し中すみません、髪の毛をまとめる髪ゴムって持ってますか?」
「んー、今私がつけてるやつしかないけど……」



私の言葉に、小夜ちゃんは少しシュンとしながら「そうですか……」と返事をした。その姿が可愛らしく、私は自分の髪をまとめていた髪ゴムを取り、小夜ちゃんへと差し出す。



「良かったら私の使って」
「え!? で、でも、そしたら冬さんの髪の毛が、」
「大丈夫。私の髪の毛、小夜ちゃんより短いし」



そう言うと、小夜ちゃんは嬉しそうに微笑みながら「有難う御座います」と、私の髪ゴムを受け取った。ヤバい、その笑顔ストライク……!



「冬さん、これからお仕事ですか?」
「うん。あ、暇になったら私の漫画読んで良いからね」
「あ、はい。有難う御座います」



小夜ちゃんは素直にお礼が言える良い子だ。私に無い素直さが、少し羨ましかったりする。……小夜ちゃん私の妹に欲しいわァ。



「そういえば作兵衛、三之助は?」
「それが、アイツも迷子なんです」
「三之助は方向音痴だからなっ!」
「お前もな。作兵衛一人じゃ大変だろうから、私も一緒に探すよ」
「え、良いんですか!?」
「良いよ〜、作兵衛の為なら頑張るよ〜」



「うふふ」と笑いながら言うと、作兵衛は顔を赤くしながら「ありがとうございます!」と言った。あれ、さっきからお礼言われまくってる気が。大したことしてないのに。



「じゃあ小夜ちゃん、私達は行くね」
「はい、いろいろと頑張ってください」
「うん、ありがと」



癒される笑顔で手を振ってくれる小夜ちゃんに、私も笑いながら手を振って歩き出す。手を振る反対の手には左門の手が繋がれている。作兵衛に負担をかけさせない為に、私が左門を逃がさないようにしなくては。うむ。




 ***




「はあー、やっと見つけたあー」
「うー、疲れた……」
「老化ですか?」
「テメェぶっ殺すぞ」



左門と手を繋ぎながら、作兵衛と共に三之助を探していると、三之助を庭の池付近でボーッとしているのを見つけた。作兵衛が慌てて三之助の腕を掴み、三之助の動きを封じた。やれやれ、迷子探しがこんなにも疲れるとは思わなかった。



「さあ、食堂行くぞ、お前等」
「おー、ちょうどお腹空いてたところなんだ」
「御飯っ御飯っ」



作兵衛が、三之助と左門の手を繋ぎながら歩き出す。自然と、私の手から左門の手が離れた。少し寂しさを感じるが、まあ仕方ない。三人の後ろ姿を見送りつつ、私は「仕事やんなきゃ」と呟く。



「冬さん、今時間大丈夫ですか?」



後ろから声をかけられ、私は後ろを振り向く。そこには吉野先生が居た。私は慌てて「はい、大丈夫です」と返事をする。すると、吉野先生がホッとした表情を見せる。



「あ、庭の掃除は?」
「あ、すみません、まだです」
「そうですか。早急に土井先生に伝えて欲しいことがあるのですが、私と小松田君は学園長先生に呼ばれていて……、頼んでも良いですか?」



……庭の掃除がまだだけど、早急というのなら仕方ない。「良いですよ」と言うと、吉野先生が笑みを浮かべて「良かった」と言った。



「土井先生に”火薬倉庫に学園長先生の羊羹が無いか調べて欲しい”と伝えてください」
「……学園長先生どうしたんですか」
「……ヘムヘムに見つからないように羊羹を火薬倉庫に隠したらしんですが、食べようとした時には既に火薬倉庫には無かったようで」



吉野先生の言葉に、私は片手で顔を覆った。吉野先生は吉野先生で深い溜め息をついている。それだけの事で土井先生を使うとは、学園長先生は相変わらずのようだ。



「実は学園長先生に呼ばれているのは、小松田君が羊羹を食べたという疑いがかかっているからなんです……」
「……陰ながら応援してます」
「……有難う御座います……」



儚く微笑む吉野先生の姿が、今にも消えてしまいそうだ。大丈夫か、この人。その後、吉野先生はやつれた顔で「では、早急にお願いしますね」と言ってフラフラと歩いて行ってしまった。それを見送った私は、「後で吉野先生の肩を揉んであげよう」と心に誓いつつ、土井先生を探すべく走り出した。そうだ。今の時間帯、人が多いであろう食堂に居るかもしれない。



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