変魂-へんたま- | ナノ

『死んだかと思った? 残念、もう死んでるんだな、これが』


「グァウッ!」
「ッ!」



完全に頭を持っていかれると思った。だが、熊が口を大きく開けている最中に、私は横に回転をした。それにより、熊の噛みつき攻撃を避けることが出来た。我ながら、今の動きは俊敏だったと思う。



「っ……」



ヤバい、この近距離で逃げれるはずがない。どうしようどうしようどうしよう。混乱して頭が真っ白になる。熊がゆっくりと腕を上げていることに気づき、私はハッとする。咄嗟にそこら辺に落ちている太い木の枝を手に取り、先の方を熊の目へ、ドッ、と突き刺した。



「グァァウ!」
――ドッ
「っい……!」



突然の目の痛みに、熊は暴れて、振り上げていた手で私を殴り飛ばした。咄嗟のことで体に力を込めて軽くガードするしか出来なかった為、私は軽く飛ばされる。殴られた腕を見ると、熊の爪痕で血が出てきており、その周りは少し赤い。今までに味わったことのない強い痛みと、流れてくる血の感覚に、私は頭がおかしくなりそうなのを感じた。狂ってしまいそうで恐い。



「ッ……、グゥウゥゥゥ……!」



悲痛な声をあげた熊は、目から血を流したまま何処かへ走って行ってしまった。どんどん熊の声が遠ざかっていく。その熊の声を聞きながら、私は木に背を預けてため息をつく。



「……恐かった……」



こんな感情おかしい。だって、私は既に死んでいる。死んでいるのに生きていて、生きているのに死んでいる。矛盾だらけだ。……早く帰ろう。きっと、誰かが心配してくれている。きっと。出てくる涙を乱暴に拭い、私は足を動かした。




 ***




護ると、手放さないと、そう決めた。それなのに僕は無力で、肝心なときには何も出来ていない。そんな自分にムカついて、でもムカついてる場合じゃなくて、複雑な心情に胸がムズムズするのを感じる。眉間に皺が寄るのを感じつつ、脳裏には冬さんの姿。ボーッとしているのに、僕に気づけば薄ら笑ってくれる。……大丈夫。きっと、冬さんはまだ生きてる。



「あり? いさっくん、そんなに慌ててどうした?」
「っ小平太! 大変なんだ!」



忍術学園から出る為の門へ向かいながら走っていると、小平太率いる体育委員会がバレーをしていた。僕は事情を話すべく、小平太の元へ駆け付ける。「冬さんが熊に殺されそうで……!」と説明しても、小平太は「熊?」と首を傾げるだけ。
ああ、もう、なんて説明したら良いか……!



「左近と三年生達、冬さんで薬草摘みの道中、熊に会ったらしくて! 冬さんが囮に!」
「何ッ!?」



頭が混乱するが、なんとか小平太に説明することが出来た。小平太は僕の話に「マズいな」と眉間に皺を寄せる。そんな時、後ろから複数の足音が聞こえてきた。後ろを振り向くと、保健委員と三年生達が此方に走ってきていた。数馬と左近はいまだ泣いているようだが、乱太郎と伏木蔵が力を貸している。



「小平太先輩、お願いします! あの人を助けてあげてください!」
「早くしないと、あの人死んじゃう……!」



今日初めて冬さんと会ったであろう三之助達から出た言葉に、僕は少し驚く。小平太も少々驚いているようで、「落ち着け」と三年生達に言う。



「場所はそう遠くは無いんだな?」
「は、はい! でも、あの人は学園と反対方向へ熊を引きつけたので、現時点ではどうか……」
「そうか……」



顎に手を当てて「ふむ」と何やら考えを巡らせる小平太。そして「仕方がないな」と言い、持っていたバレーボールを隣に居る四郎兵衛へと手渡した。



「場所が分からないなら探す! いけいけどん……どー、ん……?」



本来なら元気よく「いけいけどんどーん!」と言っていたであろう小平太の台詞は、徐々に小さくなっていった。しかも、小平太は僕の後ろを見て唖然としている。否、それは小平太だけでなく滝夜叉丸、四郎兵衛、金吾も同じことだった。「どうしたんだろう?」と思いつつ後ろを振り向こうとした瞬間…――、



「だーれだ」



何者かの手によって、僕の視界が遮られてしまった。それと同時に、乱太郎や左近達が驚きの声をあげ、僕は安心感がどっと出てくるのを感じた。今の声、きっと間違いない。



「冬さん……」



僕の目を手で覆っている人物の名を愛称で呼ぶ。すると、後ろから「ピンポーン」という能天気な声が聞こえた。ふと、手が退けられて僕の視界が見えるようになる。その瞬間、僕は後ろを振り返った。



「只今帰還しましたー、なんつって」



そこには、いつもの様に薄らと微笑んだ冬さんの姿があった。



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