『覚悟するのは死か生か、はたまた消滅か』
冬さん、ピーンチ!
なんて呑気に言っている場合じゃない。現在、危険なことに熊に追いかけられ中。木に隠れて息を潜めているが、熊はすぐ近くで私を探している。これはヤバイ。いよいよ私は死ぬかもしれない。隠れているものの、熊は「グルルル……」と唸りながら、一向に帰る素振りを見せない。なにがなんでも私を探し当てるようだ。熊に襲われてお陀仏なんて私は絶対嫌だぞ。
「…………」
ドキドキと激しく脈を打つ胸辺りに手をやり、目を閉じる。思い浮かぶのは、伊作と三郎の顔。そして、無事に帰っているか分からない三年生達と左近。このままじゃ私は熊に殺される。
でも、もしかしたらそれで良かったのかもしれない。あのまま全員死ぬよりも、私だけ死んだ方がマシだ。……どうせなら、大好きな皆に殺されたい、っていう望みもあるけどね。
ふと、熊の足音がだんだん私の方へ近づいてくるのが聞こえた。私の居場所がバレたのだろうか。顔を動かさずに、視線を横へと向ける。
「――ッ!?」
そこには、ドアップの熊の顔があった。私の目線と熊の目線が交わる。それと同時に、熊は「グワァッ」と口を大きく開ける。
――…あ……、死んだ……。
***
忍術学園へと帰ってきた。
恐怖に涙を流しながら入門票にサインする俺達に、小松田さんが驚いて「どうしたの!?」と聞いてきた。でも、そんな余裕など今は無い。入門票にサインをした後、俺達はすぐに保健室へと向かった。一刻も早く、知らせなければ。先頭をきっていた数馬が、勢いよく保健室の障子を開けて「伊作先輩ッ!」と言いながら中に入って行く。俺達も、数馬に続いて入る。
「み、皆、どうしたんだい? そんなに泣いて、何かあったの?」
「い、いさ、く、せんぱっ……! 冬さんが、冬さんがっ……!」
涙を流しながら言葉を言う数馬は、きちんと話せていない。俺達の様子に何かあったと悟った伊作先輩は、数馬の頭を優しく撫でながら「ゆっくり話してみて」と言う。数馬は涙ぐみながらも、コクコク、と何回も頷く。
「道中、にっ、熊、が出て……! 冬さんが、囮に……!」
必死に訴える数馬の言葉に、伊作先輩だけでなく乱太郎と伏木蔵も「え」と目を丸くした。そして、数馬と左近が泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい……!」と何度も謝る。だが、今の伊作先輩に慰める余裕は無いらしく、ただ唖然としていた。しばらしくして、伊作先輩が弱々しく口を開く。
「……行かなきゃ、僕が助けに行かなきゃ……」
感情が無いように呟かれたその言葉は、まるで狂っているかのように感じられた。伊作先輩は、それほど三人目の天女のことが好きなのだろう。伊作先輩は弱々しく立ち上がり、小走りで保健室を出て行ってしまった。その姿を見て、俺も伊作先輩のあとを追うように足ち上がる。
「お、おい、三之助?」
「俺、行くよ。不本意だけど、あの女には借りができちまったしな」
「……僕も行く!」
「俺も!」
「っ、お、俺も行く! ほら、数馬も行くぞ!」
俺の言葉に、左門達が次々ど同行を名乗り出る。しかし、数馬はいまだに泣いている。そんな数馬を、作兵衛が無理矢理立たせて腕を引っ張る。俺達の様子を見て、「左近先輩、私達も行きましょう!」「このまま泣いてても仕方ありませんし!」と、乱太郎と伏木蔵も左近を立たせる。それを確認し、俺は走って保健室を出て伊作先輩を追った。後ろに左門達が着いてくるのが分かる。
願わくば、あの人が無事でありますように…――